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フランソワの幻想即興曲

 もうかれこれ45年以上、ショパンの幻想即興曲の演奏というとサンソン・フランソワのものをずーーっと聴いてきた。
 高校生のころには彼以外のレコードを集め始めると、フランソワの演奏が、ずいぶんと他のピアニストとは違う弾き方をしているというのが分かった。つまりフランソワ節と言われるやつで、この曲の演奏も例外ではないみたいだ。
 
 
 まず、この曲のABAという構成で、フランソワはAの部分はダンパーペダルをほとんど使っていない。だから音が濁らず聴こえている。私のようなアマチュアの下手くそは誤魔化すためにペダルを誤用し、音を濁らせてしまうのだが。
 
 彼のそのノンペダルのマルカート奏法によるフィンガーテクニックで聴くと、一連のパッセージは一房の葡萄みたいに音が一粒ずつはっきりしていて、乾いた果実がポロポロとこぼれているようだ。
 曲の途中からのオクターブの跳躍から始まる分散和音の部分でもペダルは一部分しか使っていないようで、ここから始まる演奏は、左手の最初のバス音・・・・ 自分はこのバス音が好きで、フランソワの演奏を聴くたびに一緒にこの音をハミングして歌い楽しんだものだ。このバス音は男性の音域にマッチしていて歌いやすい。・・・・
 ・・・・は、指ペダル奏法で、三連符の八分音符の音価を四分音符1拍から2拍分ほど押したまま伸ばして弾いてる。ペダルを踏んでいるように思わせるトリッキーなテクニックだ。
 
↓この先生によるチュートリアルのノンペダル演奏で指ペダルが使ってあります。
 
 中間のショパンとサンドが手に手を取り合ってデートしている甘い部分は、かなり速めのテンポで、しかもほとんど強い音のフォルテで、「このパートは早く終わらせるに限る」と言わんばかりに弾いている。
 ここは、ふだん違うピアニストによる遅いテンポでコッテリ歌わせた演奏を聴き慣れている人にとっては、粗削りで少し乱暴に聴こえるだろう。しかし、自分はかねてから、この甘い中間部分は繰り返しがシツコクて少し長いと思っていたので、ハイテンポでアッサリと流しているフランソワの演奏が、ちょうど良い感じに聴こえる。
 
 そして、全体を聴き終えると、なにか再び立ち上がれることの出来ない諦めの境地、地球の終末の日の最後の演奏みたいな、やるせなさを覚える。
 
 全体的に、フランソワのショパンはこの幻想即興曲だけでなく、ノクターンやワルツ、マヅルカ、ポロネーズなどでも頽廃的なもの、諦念、厭世感が漂っている。フランソワの酒、タバコを愛し、ときにはドラッグにも手をつけていたらしい彼の人生と、40代でポックリ逝ってしまった天才ピアニストの最期を想うのも、そう感じる一因かもしれない。
 
 現代の若いピアニストによる猛スピード爆奏と、歌わせ過ぎの華麗な演奏とは次元が異なる何か独特の世界がフランソワの演奏する幻想即興曲にはある。

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