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ボディ・スナッチャー/恐怖の街

洋画メモ、NO,123、NHKBS
1956年、アメリカ、80分
原題: Invasion of the Body Snatchers.
監督: ドン・シーゲル、 撮影: エルズワーズ・フレデリックス、 音楽: カーメン・ドラゴン
出演: ケヴィン・マッカーシー、ダナ・ウィンター
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 尺が80分と短いのは、他のB級映画などと3本立てくらいで上映するためだと思うけれど、この作品はB級扱いできない上質な仕上がりになっている。SF映画のなかでも名作として数えられている。宇宙生命体が人類に成りすますというSF物の元祖的作品。
 
 が、しかし。脚本は破たんしている。
特に観客は終盤のベッキーがニセモノに変貌するシーンで「アレーーーー????、やっぱりこうなるのーーー?」となってしまう。
 
 これは、まず、前半からして、ニセモノがホンモノとどうやってすり替わるのかという疑問から、その展開への期待を抱かせるのだが・・・・結局何も説明がなく経過する。ニセモノは素っ裸でサヤから生まれるというのに服なんかはどうするんだ?。
 
 生まれたニセモノは、ホンモノのボディをどうやって抹殺し、始末するのかという疑問から、その展開の期待・・・・これも結局何も説明がないが、地下室にあったビニールシートに包まれたベッキーのニセモノらしきものが、ひょっとしてすでに殺されたホンモノかもしれないと思わせるシーンのみで終わる。
 
 その納得しないモヤモヤした気持ちで観続けていると、どうやら今度はホンモノが睡眠後、目覚めるとニセモノに替わるらしいということで、観客は「エー?、そうなんすか、ニセモノのボディはどこいっちゃったの?」となる。
 
 という具合でストーリーに一本の筋が通っていない。
 
 この解決法、後ほどのリメーク作品ではどうやっているのか見てみたいものだ。
 
 時代がら、共産主義・社会主義への不安感を感じさせる。ニセモノたちは個性を抹殺され均一化されても悩みの無い世界「この世の楽園」をホンモノたちに訴える。自由の国、アメリカ人の主人公たちはそれに反発する。
 
 映画的には最初の5分からグイグイと観客を画面に引き付けさせるものがある。なにかヒッチコック的なゾクゾクさせる手法も感じる。大勢のヘンな奴らに追いかけられるというのは、後のゾンビ映画に影響させたかもしれない。
 
 階段を使った撮影が多い。これもヒッチ風。
 
 スーパースコープという横長サイズの画面で、実際はシネスコと同様、35ミリフィルムに圧縮されていて、さらにトリミングして拡大されているみたいだが、特に画質の粗さは感じなかった。
 
 ベッキー役のダナ・ウィンターという、細身でもナイスバディな美しい女優さんをこの映画で憶えた。
 
 助監督だったサム・ペキンパーが地下室の水道屋のオヤジでチョイ役出演している。自分は彼のツラを知らなかったので、ネット情報で分かった。監督のシーゲルも出ているそうだが、これもどこにいるのか分からない。
 
 TV「タイムトンネル」で所長だった俳優が初めと終わりに出ている。
 
 
 
 

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