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第七の封印

洋画メモ、NO,120、NHKBS

1957年、スウェーデン、白黒スタンダード、96分、デジタルリマスター版

監督: イングマール・ベルイマン、 撮影: グンナール・フィッツエル、 音楽: エリク・ノルドグレン、

出演: マックス・フォン・シドー、ベント・エケロート(死神)、ビビ・アンデショーン

 ベルイマン作品だから、また煙に包まれたような気分で観終えるかと予想したけれど、案外、観るのが面倒くさくなって再生を止めることなく、お終いまで観れた。96分というダレない尺の長さで娯楽的場面もあり、硬くならず観れる作品になっているためだと思う。

 神の存在をテーマにするのはキリスト教徒でもない自分にとっては、依然小難しいことだけど、別にベルイマンは信者だけに観てもらいたいつもりで制作したのではないだろう。分からなくても無理に理解しようとする必要はないと思う。

 まず、リマスターされた映像の美しさ、レンズの描写力に目を見張る。荒れた海、曇り空、森の木々、衣裳の織り目など、最近撮影したように感じる再現性のすばらしさ。

 中世・北欧の自然、風俗、空気感をしっかりと描写してくれる。この当時からスウェーデン映画の撮影レンズはいいものを使っていたようだ。

 それにひきかえ、いつも自分は指摘するけれど、1950年代の東宝のスタンダードサイズのミッチェル・カメラレンズ(望遠)ときたら、これでベルイマンが好んで撮影する森の中を撮ると、樹木の枝や葉はワームホールでも現れたごとく、グルグルと渦を巻いて空間が歪んでいるように見えてしまうだろう。あんなレンズでは、とてもベルイマン作品の撮影には使えるものではなかった。

 旅芸人たちとそのシーンはフェリーニ「道」のザンパノ一座をモデルにしたか。彼らの生活でも舞台でも、なかなか面白く魅力ある小芝居を見せてくれて、固いテーマ内容の映画をほぐしてくれる。

 深い森の中のシーンというのは、黒澤「羅生門」の影響だと思われる。後の作品「処女の泉」ではベルイマン自身が「羅生門」に感化されたと語っている。

 マックス・フォン・シドーは最初から馬面・長首・シカメっ面で、相棒と共に常にブツクサと不平をたらしていて、観ているこちらも滅入ってしまうが、旅芸人一座の美人妻と可愛い赤ん坊の出会いでは幸福感を現す。ホッとするシーンもちゃんと用意してあり均衡がとれている。

 意外とお笑いシーンも結構あるが、傑作なのは一人のオチャラケた旅芸人の命を死神が奪うところはツッコミどころ満載。 そのシーンの最後のカットでは、ベルイマンが「すんまへんな」とペロッと舌でも出したかのようにホンモノの可愛い栗鼠が「ジャン・ジャン」という感じで画面に現れる。だいたい、顔パンパン中年オヤジで白オシロイ顔の死神だってちょっとコミカルに見えるのだが。

 ラストシーン前では皆、やってきた死神を涙を流して憧憬の眼差しで迎える。これから死の世界へと連れていかれるのにどういうことなのか。ここがまた考えさせるところ。

 街の通りで旅芸人が楽しい音楽とともに面白舞台を演じていると、それを遮るように虐げられたキリスト像を抱えた「死の行進」一行が現れる。流れる音楽は例のテーマ。

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・グレゴリオ聖歌「怒りの日」

 これはクラシック音楽でも古くからさんざん使われていて、「またこれか」と思ったが、映画では「第七の封印」が最初ではないだろうか。以後、死神や悪魔が現れるオカルト物、終末物には定番のテーマ・モチーフとなってしまった。

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