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ウルトラQのことなど

「子供たちはこれを観てないと、

  翌日、学校で友達との会話に入れなかった。」 

   -- 西條康彦 --

 テレビで「ウルトラQ」の放映が始まったのは50年前の1966年1月2日のお正月で、自分は小学校1年生だった。

 雪国であるこちらの学校の冬休みは期間が長いため、1話「ゴメスを倒せ!」と1月9日放映の2話「ゴローと五郎」の放送は冬休み中だったことになる。12日ごろ冬休みが終わり学校が始まると教室内のクラメートたちの集まりでは「ウルトラQ」の話で持ちきりだった。

 しかし、自分は彼らの話の集まりに参加できず、机に座ってじっと彼らの興奮している話し声を聞いているだけだった。なぜなら「ウルトラQ」を観ていなかったから。いや、観せてもらえなかったからである。

 そのわけは、以前にも書いたけど、絶対君主である父親がNHKの7時のニュースを観るためテレビを独占していたからだ。もし、「ウルトラQ」が7時半の放送だったらリアルタイムで観れたかもしれない。

 が、しかし・・・・うちのオヤジが怪獣ものは毛嫌いしていたので、これまたチャンネルを切り換えくれず、観れなかった可能性が高い。

 親父はテレビで観るSF・特撮物は大好きで、円谷作品でも特に毎年お正月に放送される映画「宇宙大戦争」は好んで何度も観ていたが、同じSF作品でも、不意に画面にカイジュウが現れると・・・・「妖星ゴラス」でトドラが現れるシーンなど・・・「ヘヘヘー」と小馬鹿にしたような笑い声を発し、即座にチャンネルを換えることが常だった。オヤジの頭にはキグルミ怪獣イコール子供だましという式が成りたっていたようで、したがって息子である自分にも見せるべきマジメなものではないという信念だったのだろう。

 ということで、オヤジは「ウルトラQ」も子供といっしょに観て、大人の鑑賞にも耐えられるSF特撮作品だという判断には至らなかったみたいだ。オヤジよ、怪獣の全く出ないエピソードもあったんだけどな、アレには。

 親父には生前、1954年「ゴジラ」をどのように評価していたか訊いてみたかったものだ。

 さて、「ウルトラQ」は放送開始の半年?ほど前からテレビで予告編のCMを流していた。これははっきりと覚えている。それには「宇宙からの贈り物」の1シーンを使っていて、ナメゴンが洞窟内に現れ、二つの伸びた目ん玉から点線のような光線を発するカットがあった。  

 これが子供心に怖くて強烈な印象を与え、番組への期待感を盛り上げるものだった。自分は放送開始1作目はこのナメゴンのエピソードだと心待ちにワクワクしていたが、当日は「ゴメスを倒せ!」が1作目となっていて、上記の通り、とうとう観れなかったが、後で「あれ、どうしたの」と不思議に思った記憶がある。

 これは、ウィキペディアによると、直前に変更となる事情があったようで、当初はやはりCM予告通りナメゴンの篇が1作目となるはずだったらしい。

 今は御高齢となられた当時の制作スタッフの皆様。子供というのは、案外こういう細かいことにも気付くもんなんです。

 自分が「ウルトラQ」や「ウルトラマン」を心置きなくテレビの前で観れたのは、数年後の夕方の再放送でのことだった。オヤジが帰宅する時間前である。

 オヤジと自分が夜、一緒に観た唯一の円谷プロテレビ作品は「マイティジャック」で、これにはカイジュウは一切出てこない。同じくカイジュウが出ない「怪奇大作戦」も観れなかった。オヤジの趣味ではなかったらしい。

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