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フランソワのショパン・バラード1番

 フィギュアスケートの羽生さんが演目にショパンのバラード1番をしばしば使っているおかげで、この音楽はクラシックファンでない方にも耳になじむピアノ曲になったと思う。

 自分がこのバラード1番を愛聴し始めたのは18歳の青春まっただ中の時で、たまたま家にあったこの曲のレコードを掛けて聴き、なんとロマンチックで劇的な展開の曲なのかと驚き、大げさにいうと衝撃を受けたものでした。

 衝撃というのは、映画もテレビも無い19世紀に、どうしてこのような史劇映画のようなストーリー性を感じるビジュアル的展開の音楽が出来たのかというもので、この疑問は後に19世紀以前は、劇映画やテレビドラマのかわりにオケ付演劇やオペラが親しまれていたのだと納得できるまで不思議に感じたものでした。

 その最初に聴いたバラード1番のレコードの演奏がサンソン・フランソワの録音で、これはフランソワの演奏録音でも、まあまあ音質のいいものでした。・・・・思うにフランソワは良い録音スタジオや良いレコードカッティングに恵まれていないように感じる。

これが、その演奏。

 彼の演奏で特に感嘆、興奮したのがこの部分、3拍子系から4拍子(2拍子)に変わり、まさに劇的クライマックスとカタストロフィーヘの展開。映像では6分23秒当たりから。

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プレスト・コン・フォーコ・・・・・ものすごく速く炎のように。

 フランソワはまったくこの指示通りに弾いている。どのピアニストの誰よりも速く弾いている。ここはもう悪魔が乗り移ったとしか思えない狂気の演奏。炎というのは地獄で燃えている炎なのかと思える。

 後に聴いた他のピアニスト、例えばホロヴィッツのカーネギーホール実況録音のこの部分はテンポも遅く、ガチャガチャ鳴って、まるで皿を床に叩きつけて割っているような演奏で、フランソワで聴き慣れた自分には、これはこれでショックを憶えたものでした。

 フランソワのこの悪魔が憑りついたような演奏・・・・ところが、↑の楽譜の9小節目からハッタメタの演奏になってしまう。まるで精も魂もつきてしまったように。ここからの演奏はアシュケナージの丹精な演奏のほうが素晴らしいと感じてしまう。

 まあ、全体的にフランソワの演奏はテンポが速いうえ荒削りに感じる。しかしツィメルマンのを聴くと歌わせ過ぎ(彼の入魂ハミング音まで聴こえる)でこちらまでも息がつまりそうで、フランソワの演奏が懐かしくなるのである。

 でも、やっぱりフランソワは天才肌のピアニストですな。この導入部分もそう感じる。

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ここをフランソワは

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 のように八分休符を無視しC音を伸ばす弾き方をしている。

つまり楽譜ではショパンの指示はバス音の後、

「ん、それではね」・・・というお話の始まりが、

「えー、それではね」・・・

 というふうに弾いているのだ。これはテンポ・ルバートと言えばルバートなんだろうけど、まず他のビアニストは恥ずかしくて?こういうマネはできない。これも天才の成せる技なのだろうか。彼の師匠であるコルトーのこの曲の演奏はどうだったかちょっと記憶にないけれど。

 実は自分はフランソワのこの弾き方が正当だと、楽譜も読めなかった18歳当時は信じていて、その後聞いたアシュケナージの楽譜どおりの演奏で、これが正しい弾き方なのだと分かり、これまたショックを受けたものでした。

 こういう彼の弾き方を巷では「フランソワ節」と呼んでいることは2.3年後になってから知った。

 フランソワが逝去していることが、レコードの解説の一番最後にさりげなく記してあり、これもしばらく気が付かず、後で知ってショックだった。

 

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