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バッハの壁

 60年ほど前、ジェット機が音速に近づいたときに発生する問題を「Machの壁」と呼んでいたけれど、こちらは「Bachの壁」です。

 ピアノ愛好家ならば、バッハの平均律クラヴィーア曲集第一巻一番のハ長調プレリュードは弾きやすくて奥深くて誰でも愛奏していますわな。このアベ・マリアは、やろうと思えばペダルを使って指一本でも弾けてしまうほどのシンプルな構成で楽譜も読み易いので、大人の初心者にもよく発表会のプログラムとして人気があります。

 さあ、それで、ペアになっている同じハ長調のフーガも弾かねば曲集の流れとして収まりがつかないと、ページをめくってみると・・・・これが難曲なんであります。

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↑の最初のメロディーが形を換えて右手・左手、その真ん中と曲全体を追っかけていきます。第一小節のこの動機は各所に隠し絵のように繰り返し現れてきます。これがこの曲の醍醐味なのですが、この演奏がまずむずい。メロディーを浮き立たたせるには、かなり練習しなければなりません。しかも楽譜を見ると一見、右手で弾くように解釈できても、実際に弾いてみると、左手が補助するものであったりする。また、その逆もあったり。

 ということで、過去にはなんとか始めたものの、途中でイヤになって弾くの諦めたものです。「こんなもの音のパズルではないか、これを練習して意味があるのか」と捨て鉢な考えになったものです。これは私の思うに「バッハの壁」でありました。まあ、この壁を乗り越えなければ「平均律」に入っていけない・・・・という言い訳で、これより易しそうな他の曲もほとんど手つかずでレコード鑑賞だけのものとなっていました。

 しかし、棺桶に三分の二突っ込んだ身となると、過去のやり残しがどうしても気になる。それで思い切って曲のおしまいまで弾いてみることにしました。すると結構面白く、また哀愁のある忘れられないメロディーもあり、以後、終世愛奏したくなる曲の一つになってしまった。これでようやくバッハの壁は一つ越えられたかもしれない。

 私の好きなフレーズは・・・↓の一番上の2小節。

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 ここがなんとも切ない気分なのです。全体の流れとはちょっと違う異色の2小節。レコード鑑賞ではモヤモヤとした意志の無いフレーズだなと感じていたのに、弾いてみると身に迫ってきます。なにかショパンの曲のような哀愁も漂う。

 また、終わりに向かって解決させるフレーズも好きです。お終いまで弾いてくれてヤッタネー、聴いてくれてアリガトネーと、お祝いの花火を打ち上げたようなカンジ。

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↑右手、指が届かない4拍あたりは1の音を弾いた瞬間、ソステヌートペダルを踏んで解決。

 弾いていて気が付いたことは、このように手の小さい人には困難な箇所があることで、これは校訂された楽譜によって解釈が違うけれど、自分で運指を工夫して解決するのも楽しみのひとつ。例えば・・・

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 ここの2→1の運指になっているゼンオンの楽譜・・・・多分チェルニー版・・・・ では、10度に楽々届いたリストのような巨大な手でなければ弾けない。しかし、ウイーン原典版の校訂では1→1となっており、9度になんとか届く人でも弾ける解釈になっている。これが一般的な指使いだろう。チェルニー版の2→1の運指は理想でしかない。

 てか、小指から人差し指までで、9度音程を弾くなんて、どうやっても不可能でんがな。ピアニストでもラフマニノフかリヒテルくらいしかこう弾けないでしょう。チェルニーはナニ考えてまんねん。

追記: 晩年のベートーベン、チェルニー、シューベルトなどが活動していた時期のピアノの鍵盤の幅は現代のものより狭かったようですが。

バッハは自筆原稿・・・・たぶん妻のアンナ・マクダレーナが清書したもの・・・・に一切指使いを指定していないので、このように、あーだこーだと解釈するのもまた楽しい。

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