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2014年4月

CB1100起こす

CB1100. NO、29

2014年4月17日、ほぼ5か月冬眠させていたCB1100を起こした。

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↑バイクのシートって結構お高いので、毛布やら布団圧縮シートやらで覆っていました。

 この環境でも冬の間、-10度くらいまでの空気に曝されますが、バッテリーも外さないで置いていた結果。

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↑セルボタン一発で始動。「ドリュリュリュリュ」と頼もしく安定したエンジンサウンドを奏でてくれる。まあ、冬の間バッテリーは取り付けたままでよいという結論に2年間の経験で達しました。ただし、分厚い毛布を掛けておりましたが。

 はいはい、ゴミは捨てません。先日、この下にカモシカの親子が佇んでおりました。

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↑赤男爵で点検とオイル交換。前輪タイヤと後輪ブレーキパッドが減っているという。シャーナイので注文。約32000円か・・・。尚、タイヤはブリッジからダンロに換えることにした。減り具合はどんなものでしょうか。

 店長に新型CB1100EXのABS付と下取り価格から引いたお値段を見積もってもらうと指5.6本ほどだという。「ま、考えとくわ」。

 冬の間、暖房の効いた車を運転していて、「やっぱりクルマが一番だな」という思考に90パーセント占有され、バイクなど5パーセントぐらいしか想いがいかなかったけど、小一時間ほどイレブンを操ると、とたんに70パーセントくらいに頭の支持率がバイクへとアップする。

 やっぱゼニ喰うけどヤメラレンネ。

 

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高山祭ぶらぶら

 高山市に住んでいながら、高山祭は数十年も見物したことがなかった。

 これは東京の人が東京タワーに行かないのと同じ心理が働いているため。それに人ごみが好きではないし、群衆の流れやエネルギーには逆方向に動くという、反重力的アマノジャクの性格も影響しているためです。

 でも、まあ、天気が最高に良かったので、久しぶりに電子写真機持ってブラッと散歩がてら市内観光してみました。

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↑2014年4月15日、中橋の桜はやっと開花が始まりました。最低気温-1度、最高気温23度。火災警報継続中。

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↑4月16日

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↑4月18日

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↑中橋を渡る獅子舞。3月31日に改修が終わったこの橋は、橋のたもとに傾斜ができて、どうしても渡れない山車が1台ありました。

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↑陣屋前。ゲェージンばっかり。英語、フランス語、ドイツ語、(スペイン語、ポルトガル語)・・・このふたつの言葉は区別つかず、・・・広東語、タイ語、北欧語、ロシア語が耳に入ってくる。

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↑カラクリの山車。仕掛けはアニマトロニクスと同じ。

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↑本町通り。500メートルほど下ると的屋が店を開いている。

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↑以上、陣屋前はこのあたりで撮影しました。城山からズーム。

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↑えび坂方面。 いい天気でよろすい。ゲェージンばっかり。歩いている人の半分は外国のお客様。

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↑山車の一つ、麒麟台の彫刻。一枚の木から彫られた最高傑作。いつもこれの前に立つと右手がムズムズする感覚に襲われる。危ないので早々に立ち去る。

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↑国分寺通りにあるレストランの看板。高山も今やミシュランガイドに載っているし、将来は世界遺産も 視野に入れているということらしい。大勢のゲェージンがこの前を通っている。

ちゃんと辞書を引いてスペルの確認をしてください。

 

 

 

 

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日本の特撮は世界一だ!!!

・・・・・と大きな声でお叫びになった御仁がおられた。

 今から35年ほど前だったか、日本テレビ「ほんものは誰だ」という土居まさる司会の番組でのことである。

 その、プログラムの内容は、3人の紹介者のうち、だれが特撮のエキスパートであるかを当てるものであったが、正解により素性が明らかになったその特撮スタッフが、日本の特撮の一例として・・・

 (多分にそれは、いかに日本の特撮技術がスゴイかという意思表示を感じさせた)

 ・・・スタジオでミニチュアをセットし披露したデモンストレーションは、円谷特撮で「ゴジラ」から延々と行われてきた以下のお馴染みのカットの再現であった。

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↑1954年、「ゴジラ」

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↑1956年、「ラドン」

 このミニチュアの戦闘機に火薬を装填したミサイル(ロケット弾?)を発射させ、ワイヤーでガイドさせる特撮が、デモとして再現、紹介されていたのだが、これが意外であった。

 はっきり言って自分は、円谷特撮映画を見始めた少年のころから、この特撮が、今さら、これ見よがしに再現するほどにスゴイ特撮だとは感じていなかったからである。

 いや、それどころか、飛行機のミニチュアの造りと撮影は雑でオモチャっぽいし、ミサイルをガイドするワイヤーははっきり見えてしまっているし、ミサイルの発射・飛行方向がランダムでいい加減で動きがチョコマカしているので、円谷特撮のなかでも自分にとっては見たくない、嫌な特撮カットだったのである。

 この、当時、既に「スターウォーズ」や「未知との遭遇」のsfxが巷で話題になっているときに、番組に出演した日本の特撮スタッフは、過去の使い古した特撮技術を「ゴジラ」から四半世紀近く経ったテレビ番組のスタジオで、相変わらず雑なミニチュアモデルを使い、ワイヤーを張ったミサイルを「パン・パン・パン」と飛ばして見せてくれたのである。得意げな顔で・・・。

 当時、自分は高校生だったか浪人生だったかは憶えていないが、これにはあきれてしまい、顔が赤くなるのを感じたことだけは憶えている。

 「円谷特撮でも他に優れたものがあるではないか・・・例えば高圧ガスの噴出を利用した爆発水柱など・・・、どうして今さら、こんなのを・・・・」という心境だった。

 そして、番組終了間近、回答者席のゲストの一人がこう叫んだのである。

 「日本の特撮は世界一だ!!!」・・・・

 こう、大きな声で、お叫びになった御仁は、実は桂小金治さんであった。

 「ああ、日本人の標準的な特撮というものの見方、評価はコンナものなのかな」と、当時自分は感じた。と同時に「井の中の蛙、大海を知らず」という言葉も頭をよぎった。

 私は桂小金治さんになんの遺恨もない。たぶん、ああ叫ぶよう、放送作家が番組の台本に書いたのかもしれない。

 最近、松竹「抱かれた花嫁」を観て、寿司職人を飄々とこなす小金治さんの演技力に感嘆して、もっと小金治さんの出演している映画を観たいと思っている。

 

 

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