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2013年10月

続・男はつらいよ

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邦画メモ、NO、88、BSjapan

1969年、11月15日公開、松竹

監督- 山田洋次、撮影- 高羽哲夫、音楽- 山本直純

ゲスト- 東野英治郎、山崎勉、佐藤オリエ(マドンナ)、ミヤコ蝶々(お菊)、津坂匡章、財津一郎

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 第1作目の公開が1969年8月27日で、アポロ11号が月着陸して1か月後あたりだった。

 が、この2作目は同年の11月15日公開で、約2か月の撮影・編集で制作されたことになる。これは早撮りといえるのか、日本の映画界ではごく普通のことなのか自分には分からない。

 なお、3作目は1970年1月15日・・・・お正月休みには間に合わなかった・・・・4作目は1970年2月27日公開だそうで、この間は、ほんとうに早撮りみたいだ。山田監督は映画の内容どおり、撮影もテンポが早くダンドリが良い。

追記: 4作目「新・男はつらいよ」は山田監督ではなかったですね。失礼。

 初期の寅さん映画の特徴なのだろうか、彼は、ほんとうにフーテンで、喋る言葉も完全にベランメー調。源公にも暴力をふるい、顔にアザをつけさせ・・・但しそのカットは省略されている・・・焼き肉店では狼藉を働き警察のお世話になる。後期の作品ではこういう無茶は無かったと思うが、これはまだ30代という若さ故か。

 東野英治郎が寅の恩師として登場。漢詩の解説をするところなど、なんとなく小津「秋刀魚の味」のヒョウタンを連想させる。

 山崎勉は病院の先生、マドンナの恋人役。黒澤「天国と地獄」ではインターンのまま警察に捕まって死刑になったが、別の次元ではまっとうな医者となり、いい嫁さんをもらった。その嫁さんになる人の佐藤オリエに寅さんへのグチを披露するところなどは、やっぱり刑務所・面会室での誘拐犯・竹内を連想してしまう。

 ミヤコ蝶々が寅さんの実母で、存命していたのか。ずっと死別していたと思い込んでいた。これも知らなかった。寅さんファンにブッ跳ばされそうだ。蝶々さんの大阪弁啖呵、ウマイネー。

 恩師の葬式の最中、寅さんは失恋してしまうが、その後の出棺の時点で、もう、おいちゃん一家、タコ社長もその事実を知っているのは説明不足でないか。

 寅さんが山崎勉と佐藤オリエが寄り添っているのを発見するカットに、源公も寅さんのバックに付け足せば、式の後、彼のオシャベリで皆に伝わったと観客も納得できると思う。

 でも、あー面白かった。

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CB1100称名滝に行く

CB1100、NO,27

 南米のギアナ高地のような急峻な谷間のなか、日本一の落差を誇るという「称名滝」には以前から行ってみたいと思っていたが、つい最近までこの滝は有峰林道小見線の断崖絶壁の奥地にあると勘違いしていた。地図で調べたら立山登山に向かう県道6号線の奥であった。

 高山から6号線に向かうには有料の有峰林道経由で有峰ダムを渡り、小見線を下るのが近い。ダムから下るこの道は30年ほど前、軽自動車で走ったきりで、もちろんCB1100で走るのも初体験。     

 記憶では酷道471号線のような離合も困難な1車線で、落石・雪崩の危険な道というイメージがあった。

 出発は9月29日午前11時。高山からは国府町から上宝町、そして神岡町・山の村の大規模林道を使う。いつもの山坂道をイレブンは3速で6千回転まで引っ張りビュン・ビュンと登っていく。

 実はこの一週間前、ここをKLX125で走ったばかり。これだと3速・6千回転では時速45キロくらいでエンジンがビービー呻るなか、ハンドルの振動を我慢しつつトロトロ走らなければならない。考えてみれば、CB1100は馬力もトルクもKLX125の9倍ある。走りの次元が違う。あっと言う間に峠に近づいて、その山吹峠の手前では沢に停車し水分補給。

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↑、うまい水です。登りカーブの途中なので後続車に注意。

 有峰有料道路・トールゲートで300円(普通車は1800円、ウレシーscissors)払って林道に入る。

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↑最初に見えてくる有峰湖。当日は快晴でした。

 この道、湖畔までは2車線の気持ちいい下り道だけど、いッたん湖に降りると1.5車線のタイトなカーブがシツコイくらいに現れ、それがキツネに騙されたように永遠に続くかのようだ。しかも湖面は木立に遮られほとんど見えないので飽きてくる。ここも対向車が怖いので3速ギアで40キロから50キロくらいのトロトロ走行。こんなんで、料金所からダムまではイレブンでも35分程度かかり、けっこう疲れる道です。

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↑ダムに近づくと見えてくる薬師岳。素人目には登りやすい山に見える。

 ダムの手前では小口川線と小見線とに分かれる二股があり、ダムに向かうと信号に停められる。ダムの道が狭いからです。

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↑この信号の待ち時間がまたクッソ長い。5分くらいに感じる。向こうからやってくる車両は、いつもたいてい2.3台程度。

 ダムを渡って小見線に入ると昔のイメージと違って2車線の気持ちのいい道。ビュン・ビュンと下る。

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↑トンネルの左に旧道があった。記憶は正しかった。やっぱり昔は酷道471号線クラスでした。

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・・・・↑こちらは、その酷道471号線、楢峠越え。昔の小見線の道も、こんなようなものでした。

 トンネルは全部で6つほどあったようだけど、そのうち2つは照明なしのマックラケのケ。イレブンのヘッドライトならなんとか走れるが、原付クラスやチャリでは恐怖だと思う。気を付けてください。

 道の要所・要所では旧道からの拡張工事があった。昔のまんまの道もまだありました。↓

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 右側には冬季、ダム関係者が使う雪崩除けの歩行者用トンネルがある。これも記憶していたまんま。左は絶壁。

 料金所の出口まではダムから15キロくらいのように感じた。時間も20分くらい。30年前は1時間ほどかかったように記憶している。

 料金所を出ると亀谷温泉街に入る。ここもかすかに記憶がある。

↓直ぐ目につく廃墟ホテル。

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 中に入りたい衝動にかられたが、お巡りさんに見つかれば不法侵入で逮捕もありうる。アブネーあぶねー。撮影後すぐパスした。

 亀谷温泉から県道6号線にはいる。この道はたしか制限速度40キロで、流れの先頭車がバッチリ法律を守っていて、くたびれた。十数分ほど走ると道は立山登山道に向かう有料の6号線と、称名滝に行く170号線に分かれる。この170号線がまた気持ちいい道でした。ビューンと走る。料金所があったけど通行無料でした。そこを過ぎると右側上空に見えてくるのが、コレ。↓

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 「失われた世界」にやってきました。テーブルマウンテンもどき。逆光の景色であったが、かえって不気味に見える。この渓谷の上には地図では6号線が走っている。上には展望台つーものはないのだろうか。上からも眺めてみたい。

 滝のレストハウスには2時ごろ到着。今日は日曜なので結構な車の数。結局ここにイレブンを置いた。

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 ここから滝までは徒歩の道。

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 で、滝までは行きませんでした。たしか1キロくらいの道のりだったはずで、ゴワゴワのライディングシューズでは歩きづらいからです。それに明るいうちに帰宅したかったので、ソフト食って、そろそろオイトマというところです。

 今回は有峰林道・小見線を走るのが目的だったので、称名滝はホンのついでというツーリングでした。滝を見るのは次回・・・・たぶん紅葉シーズンに4輪で行く予定。

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↑レストハウスの裏からズーミングで撮影した滝。右の最高落差の滝は水量が無く、水が落ちていない。

 帰りは逆のコース。ただし、6号線ではなく、途中から橋を渡り、反対の川岸に折れ、線路沿いの県道を走った。こちらのほうが通行量も少なく気楽でした。

 有峰湖を過ぎ、料金所出口までの帰りの途中、前回、KLX125でモンキと遭遇したあたりの登りはイレブンだと最高の気分で走れる。傾斜度は10パーセントくらいだろうか。ここも3速・6千回転で、そのまま離陸しそうな感じのすばらしい道。

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 飛騨市・神岡町・山の村でガソリンのメーターが一つ・二つになったので、森茂隧道・・・むかし、こんな名前だったような・・・・をくぐり神岡町内まで降りエネオスに入った。今回の燃費は結構回したのでリッター20キロくらいだろうか。でも、結局、いつも給油量は9リッターくらいなんですな。イレブンは。

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↑神岡町の道の駅「コスモなんとか」で。逆光のイレブン。

↓追記:10月13日、4輪で再訪したときのものです。紅葉は滝の上あたりでボチボチ始まっていました。

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コズミックフロント「地球脱出」・・・の問題点

NHKBSの、このタイトルのものを観た。

 超新星爆発した後の中性子星が、超高速移動する場合があることは大いに勉強になったが、番組で紹介された恒星間旅行の技術については古くから語られているのでSFファンやロケットファンには、そう珍しいものでもない。

 人間が一生の時間をかけて隣の太陽系をめざすには化学エネルギーを使うロケットでは無理で、核爆発エネルギーを利用するしかない。これには古くはオリオン計画、ダイダロス計画などがあった。

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↑ダイダロス号。これだってエンタープライズ号なみの大きさ。

  アメリカが制作したシミュレート番組では巨大な宇宙コロニーを宇宙船に使っていて、これにはちょっと驚いた。ダイダロス計画の宇宙船だと、乗組員はせいぜい数十人程度みたいだったから、10万人クラスの宇宙船を核爆発ロケットで飛ばすことになる。SF作家が番組に参加するとスケールが違う。

追記: ダイダロス計画は有人ではなく、無人による調査飛行だったと思います。

 番組では飛行中、宇宙船内で、いかに人間を数十年生存させるかという問題の解決方法を紹介していたが、宇宙放射線の対処法が触れられておらず、説明不足でちょっとガッカリした。

 それよりも疑問に思ったのは、めざす太陽系の惑星に到着したら、どうやって10万人以上の乗組員を新天地の惑星の大地に降ろすかだ。その肝心な大プロジェクトを番組では取り上げず、終わってしまった。

 この問題も、化学エネルギーを使った宇宙船・・・・たとえば「観光丸」のような・・・・で着陸させるには、あの人数ではとても燃料の確保と時間がおっつかない。まさか、惑星着陸まで核爆発ロケットを使うというわけでもあるまい。

 この解決法は宇宙エレベーターしかないと思う。

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 宇宙船コロニーをカウンターウエィトとして利用し、大林組が2050年に実用化した(する)技術を応用すればよい。(機材の軽量化・コンパクト化が望まれる)

 シミュレーションした番組の制作者たちよ。人類のサバイバルは、宇宙船を飛ばすだけでは済まんのですよ。中途半端な計画はいけませんな。

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