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2012年8月

地下鉄に乗って

邦画メモ、NO、80、BS朝日

2006年、松竹、121分

監督- 篠原哲雄、 撮影- 上野彰吾、 音楽- 小林武史

出演- 堤真一、大沢たかお、(みち子)岡本綾、(お時)常盤貴子、田中泯、笹野高史、北条隆博、吉行和子

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 多少SF物だと期待して観たが、ファンタジー物といってもいい作品。白日夢のような展開。

 過去に戻った堤真一が兄の死を避けるべく行動を起こすが、やっぱり歴史は変えられない。ここで観客はよくあるタイムスリップの法則として納得する。

 ところが、堤と一緒に過去に戻った堤の愛人みち子は自ら歴史を変えてしまう。その結果、みち子に関する事象は一切消滅するはずなのに、現代に戻った堤真一は彼女を記憶しているし、彼女のはめていた指輪まで存在しているという矛盾が発生する。これではSFにはならない。

 時代の認識もなんか変だ。1964年におそらく小学校6年生くらいだった堤真一の生まれた年は逆算すると1952年で、映画の舞台が2006年とすると年齢は54歳である。堤真一では若すぎるのである。

 こういう理屈は無視してもらいたいという脚本なのだろう。それで観客も騙された気分で白日夢を見せられることになる。

 この白日夢を操作しているのが、どうやら映画の始まりと終わりごろに地下鉄ホームに現れる堤の担任の先生(田中泯)のようで、メフィスト的人物と思われるが、何か意味深の言葉を発するだけで、決定的でなく曖昧な存在で消える。その後、映画ははっきりと解決せず不完全燃焼の気分で終わる。自分は大沢たかお(アムール)が死に際、どういう言葉を堤に発するかずっと期待して観ていたのだが。・・・

 堤真一の演技は自然で好印象。その反対に大沢たかおは舞台もこなす俳優だけあって芝居がクドイ。特に戦後の焼け跡バラックで堤と大沢(アムール)が出会うシーンでは、彼は舞台演技そのままのアクションで、顔の表情までムダに大げさすぎる。昭和の巨匠、黒澤・溝口・小津たちはこういう演技を嫌った。常盤貴子は芝居が固いのでヒヤヒヤした。

 1964年の風俗はよく作られていて、駄菓子屋など懐かしかった。

 その東京オリンピック間近の街にあるパチンコとスマートボール兼用の遊戯店の景品棚に、大塚のボンカレーが並んでいた。ボンカレーは1968年発売である。美術監督と小道具さんよ、よく調べてよ。

 

 原作者・浅田次郎が喫茶店のシーンでカメオ出演している。ハゲ頭がよく反射している。彼も光頭会に入会できますな。

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姉妹

・・再編集・・

邦画メモ、NO,72、NHKBS

1955年、独立映画、白黒、スタンダード、94分

監督- 家城己代治、 撮影- 小塚誠一、 音楽- 大木正夫

出演- 野添ひとみ、中原ひとみ、河野秋武-(資料によっては信欣三となっているが、撮影の段階で河野氏に交代したのだろう)、川崎弘子、多々良純、望月優子、内藤武敏、加藤嘉、北林谷栄、殿山泰司、織田政雄、(長男を演じている子役は松山栄太郎さんか省二さんではなかろうか)

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 野添ひとみがバスに乗って嫁にいくシーンで驚いた。(えっ?、妹や弟たちは結婚式に出ないの?)・・・ 4人の兄弟たちは普段着のまま、姉と両親、仲人、叔母さん夫婦を乗せた乗り合いバスを停留所で見送る。子沢山で、まだ貧しかった当時の家庭では、一家全員で結婚式・披露宴に臨むということはなかったかもしれない。

 最初から映画を観ていて自分はズーッと笑顔のままだった。中原ひとみの可愛らしさといったらない。形の良いしっかりした眉毛とパッチリ大きな目、きれいな二重瞼、ちょっと不細工な鼻。それに、男性の耳をウズウズさせる不思議な声。ハミガキのCMでしかほとんど彼女を知らなかったのだけれど。

 彼女は当時19歳だという。私は設定年齢どおり14.5歳だとして観ていたので見事ヤラレタ。

追記: ナ・なんと、「38歳の未亡人みたい」と妹に悪口を言われた野添ひとみは中原ひとみより一歳年下であった。

 彼女のバストのふくらみは、映画を観ている最中は撮影のために詰め物を入れているのではないかと想像したが、後で実年齢を知り本モノだと確信した。中原さん、失礼しました。m(__)m

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 彼女は、あの年齢のドタバタしたオテンバ、無作法を実に上手く演じている。

 この映画は本当に好きだ。だいたいあの昭和30年ごろが気に入っているのである。1950年代に青春を送りたかった。

 加藤・北林家や発電所周辺家庭の貧しさというものが好きなのである。貧しい話大好き。

 水力発電所マニアなのである。ダムマニアでもある。当時の水力発電所内の描写が見られてうれしかった。それにしてもあの二人、トランスがブンブン唸っている高圧施設や、歯車・ベルトが傍でゴーゴー廻っている発電所内をスイスイと歩いているが、これは考えられないことだ。

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 あの発電所は映画では延川発電所となっているが、検索した所、ヒットしなかった。私は当初、彼女らの下宿先が信州・松本なので、撮影地は梓川ぞいの大野田という地域の発電所ではないかとグーグルアースで見当してみたが、橋を渡った川向いの町並みや地形が映画では存在しないので、これは間違いであろう。なお、走っている乗り合いバスは山梨交通であるから、やはり山梨県内の発電所と思われる。あの発電所周辺が今はどうなっているか知りたい。

追記:あのバスの発着駅は「おざわ」という駅名であったので、あの周辺かもしれない。

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追記:ロケ地発電所は、1797Hawaiiさんの情報にて早川第一発電所と判明しました。

・・・・所在地:山梨県南巨摩郡早川町榑坪
交通:JR身延線 身延駅で下車。
身延駅より雨畑又は奈良田行きバスに乗車、増野バス停の次の発電所前バス停にて下車、徒歩すぐ。

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↑現在の発電所
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 楽しい描写の中にも社会派・家城監督は格差社会、労使問題、男尊女卑?(男性の浮気は許されて女性の浮気には厳しいという社会)の問題をチクリと刺してくる。見事な構成。

 (こんち)中原ひとみは毎月いくらの小遣いをもらっていただろうか。彼女は1杯40円のお汁粉を2杯食べて、2杯友達におごっている。それに便箋5通とカーネーション2本、新聞の代わりで済む栞を3つ買っていた。当時の40円では中華ソバが食べられたが、今ならラーメン平均600円くらいの価値だろう。すると現在の金額で4000円くらいの小遣いを貰っていたことになる。中学生にしてはちょっと多いように思える。

 

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東京五人男

邦画メモ、NO、79、NHKBS

1945年、東宝、スタンダード、白黒、84分

監督- 斎藤寅次郎、 撮影- 友成達雄、 音楽- 鈴木静一

出演- 古川緑波、横山エンタツ、花菱アチャコ、石田一松、柳谷権太楼、高勢実乗、

飯田ふき江、田中筆子、戸田春子

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 終戦からおよそ3ヶ月後に映画が完成しているので、当然GHQの検閲は受けているだろう。戦時中、日本の憲兵や特高が観たら卒倒しそうなシーンがいっぱい出てくる。

 終戦前は役所の上司に意見具申したり、まして体制へのデモンストレーションなどしようものならすぐに「アカ」とレッテルを張られ問答無用に引っ張られていかれたが、この映画ではそういうシーンはGHQから「どんどんやれやれ」と奨励されているように見える。制作側も承知でGHQにオベンチャラしたのかもしれない。いや、こうしないと映画が通らないか。

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 「あのねオッサン、わしゃかなわんよ」の高勢実乗というコメディアンの実映像を初めて見た。この人の存在は中学生の頃、遠藤周作の「ぐうたらシリーズ」の一文で知った。顔のメークはアメリカ・サイレントムービーのコメディアンそのものだけれど、アクションはニッポン人だなー。ノンビリしている。

 古川緑波の演技も初めて見た。食糧難の時代なのにたいへん肥えた体格の人でこのミスマッチが可笑しいが、この人の良さはこの映画一本だけ見ても分からない。息子とドラムカン風呂に入って「♪お風呂入るときゃ皆はだか」を歌うシーンは確かにホノボノとしたけれど、一緒に風呂に浸かっている子役がノーアクションなので、かえって笑ってしまった。

 わずかなカットだけれど、エンタツ・アチャコの掛け合い漫才が見られる。これも初めて見たなー。みんな私の親父の世代の人たち。昭和はどんどん遠くなっていく。

 感心したのは、終戦から3ヶ月というのに、もう戦時中の隠匿物資や配給品を横流し、私財にしている強欲人物が登場することで、映画中、その描写にかなりの尺を費やしている。当時、ほとんどの市民はそういうヤカラの存在をちゃんと蔭で知っていたことが分かる。

 映画中のギャグシーンは現在の感覚ではそれほど大爆笑するものではなく、斎藤寅次郎流のお笑いなのだろう。役者がけっこうセリフをトチッたり、間が伸びているカットがあるが、リテークするフィルムが無かったか。

 おそらく、円谷英二は戦後初めてのミニチュア特撮の仕事をこの映画で行ったのではないか。東宝から公職追放される前かもしれない。

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↑円谷英二、戦後第一号の特撮か?。列車のスピードが速すぎでちょっとミニチュアっぽい。

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↑緑波親子が大水で流れた小屋の中から、板っきれをオール替わりに漕ぐ特撮カット。

ギャグシーンなのに、小屋が高台から流れ落ちるカットからミニチュアの質・撮影ともにハイレベルで手を抜いていない映像なので、かえって笑いが倍増した。円谷は終戦早々いい仕事をしている。

 

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夏休みのテレビといえば

 これでしょう・・・もっとも40ん年前の話ですが・・・。

「タイムトンネル」です。

↑途中から「ウィル・ロビンソン」のビリー・ムーミイが解説しています。英語のナレーションは同じく「宇宙家族ロビンソン」でロボット・フライデーの声と番組のナレーションを担当したディック・トゥフェルド?。

解説中チラッと見られる、「原潜シービュー号」、L.B・アボットの特撮の素晴らしいこと!!!・・・

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 当時、NHKの放送時間は土曜夜10時10分。これが観れなかったのですなー。夜遅いうえに私のクソ親父が見せてくれなかったので。・・・(ただし、後程、日曜午後6時に再放送されたので、無事、全作観られたのでした。)

 それで、夏休みに親戚の家で従弟と一緒に隠れて観ました。その時観たエピソードが「ネロの亡霊」。怖かったですわ。観た後、田舎のトイレに行けませんでした。

 テーマ音楽はアーウィン・アレンSFシリーズのレギュラーで、後にスピルバーグの懐刀となるジョン・ウィリアムズ。

 この人の「スター・ウォーズ」や「スーパーマン」などのテーマは口ずさみ易いのですが、「原潜シービュー号」、「タイムトンネル」、「宇宙家族ロビンソン」、「巨人の惑星」のテーマというのは口では歌いづらく、メロディー・リズムが実に複雑で独創的、匠な作曲・オーケストレーションでした。

 「タイムトンネル」のテーマなんてトランペットの部分を「♪パラパラ・パッパッパッパッパッパ・パラパラ・パラパラ」なんて強引に歌ってましたっけ。

 ところで、いつから日本人はトンネルって発音するようになったのでしょうかね。原語ではカタカナで書くと「タネル」か「タヌー」が近いんですけどね。幕末・明治初期の人の耳は節穴だったのか?。

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CB1100で涼む

CB1100、NO、22

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 ↑メットはアライのMZシリーズです。フルフェイスと比較すると、顔面正面アゴから不時着したらちょっと心配ですが、視界はぐっと広がって風通しもよく快適です。

 タンクバックには何が入っているかというと・・。

 汚れたメットを拭くタオル、車検証などの書類、健康保険証、スペアキー、水ペットボトル(ピーチ味のヤツうまいね)、救急袋(マキロン、ムヒ、バンドエイド、サロンパス、ビニールテープ、飴玉5つ)、カメラ、無線電話、財布、それにホンダのキャップ・・・です。

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 2012年8月5日、午前9時、ほぼ一か月ぶりにイレブンを走らせた。

 いつもは昼過ぎから走るのだが、飛騨高山も最近の夏は最高気温が午後2時ころから35度、36度と上昇。私の子供のころはせいぜい最高32度くらいだったのですが、近ごろは温暖化で都会並になり、最低気温も23度あたりまで上昇している。

 それで、このクソ暑い午後の炎天下、ジャケット着て股火鉢になんか乗ってられますかという心情。それでも結構みんな乗っているのを見かけますな。半袖スタイルで。

 オリ(飛騨弁で「わたし」)はそんな恰好、怖くてようやりません・・・。

 それで、昼前に走ることを思い立ちました。まあ、この時間なら30度を切っています。

 避暑先はうちのバーサンが「岐阜県の北海道」と言っている高山市六厩(むまい)。標高900メートルの盆地にあります。冬は氷点下20度まで下がる所です。夏の気温はというと、今回は手前の松の木峠の温度計が午前10時ごろで25度を示していました。まず、35度なんてことはありません。近くには別荘がいっぱいあって、残念ながらこの地には(他の地も)自分の所有しているものはないのですが。

 午前中に高原を走るのは快適ですなー。股火鉢から降りてメットを脱ぎグローブを外し、座っているだけでもさわやかな涼風が肌を撫でていきます。

 夏のツーリングはバイク装束に準備する段階でもう汗まみれになるし、走っていてもたいてい夕立にあって雨の中走るのは凹むし、このシーズンあんなもの乗れるかと、しばらく車のほうに浮気して、エアコンの効いた運転席からライダーを気の毒そうに見ていたけれど、やっぱり走ってみるとオートバイって楽しいねー。やめられないね。

追記:↓ 8月10日午前10時イレブンで走ったときの158号線、高山市小鳥峠頂上。

    「ヒャッホー!!! 涼しいぜよー」

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