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兄とその妹

邦画メモ、NO,71、NHKBS

1939年、松竹、101分、白黒、スタンダード

監督- 島津保次郎、撮影-生方敏夫、音楽- 早乙女光

出演- 佐分利信、桑野通子、三宅邦子、河村黎吉、坂本武、上原謙、笠置衆、菅井一郎

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 佐分利信一家の朝食には驚いた。解説の山本監督に言われてしまったが、紅茶にトーストを食っている。そしてエッグスタンドのゆで卵。妻の三宅邦子はその卵を割るのに、お上品にスプーンを使って殻を砕いている。昭和14年の東京の中流家庭はこんなものだったか。

 超土肥中に居た私の母は、子供のころ、その母につれられてトーキー映画を観たと言っていたが、祖母も母も丁度この映画くらいを観た年代である。 もし、この映画を当時観ていたら、ああいう朝飯のスタイルに何を感じただろうか。

 桑野通子の演技が自然で新鮮な感じを受けた。前回観た「んさうたがり有」では、清水監督の演出法にもよるが、彼女の演技にブッキラボーな固さを感じたものだった。

 それにしても彼女のモガ・スタイル、仕草のカッコイイこと。

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↑こういう女性の足を組んだカットが、戦前の映画にあったとは夢にも思わなかった。これがもう4.5年もたつと、モンペを履かざるをえなくなる時勢となる。

 彼女はまだ23歳だというのに、耳で日本語本文を聞き取りながら、同時に英文に翻訳タイプをしてしまうという才女だ。だからか、兄の佐分利信は重役からの条件のいい縁談を彼女が断っても、まったく心配した様子がない。また、縁談がご破算になると、自分の出世にも影響があるというのに、信念をもって妹の好きにさせる。

 結局、桑野通子は、多少好意を抱いたオックスフォード大出のハンサム、上原謙を振ってしまったのだが、別の映画のタイトルではないけれど、「なにが彼女をそうさせたか」・・・は映画を観てください。

 佐分利信の勤務している会社の雰囲気も、当時の学生たちの夢の就職先として、羨望の的ではなかっただろうか。立派なビルヂングとオフィス、モダンな社員食堂(会社近所のレストランか?)。当時、私の親爺は21歳で、音楽にうつつをぬかしていたが、この映画を観てどうオモタか。・・・

 解説の山本監督は、昭和14年当時の笠邸宅の玄関にインターフォンがあることに驚いていたが、私は何とも思わなかった。

 それより、佐分利家の食卓のご飯を入れたオヒツが、保温するためか、断熱材らしきケースに収められていることを発見して、なにかうれしかった。ああいうものを初めて見たが、あれを使うとどの位の時間、暖かいご飯が食べられるのだろうか。エコが叫ばれる現代、オヒツとともに、あれが復活してもいいのではないか。

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           ↑オヒツ保温器?

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コメント

こんにちは。

この映画は全てがモダンですよねー。特に桑野通子さんのファッション、仕草、考え方・・・全てにおいてカッコ良いですね。古風な三宅邦子さんとの対比が面白かったです。

オヒツを入れているケース、あれは当時の最先端だったのでしょうかねぇ。

朝食の時、音楽をかけて食べているのもモダンでした。
そうそう、佐分さんの朝の洗顔のために沸かした湯が、コップにも注がれていて、その上に歯ブラシがあって・・・大事にされているなぁと思いました。

投稿: マーちゃん | 2012年1月23日 (月) 11時47分

マーちゃん。こんにちは。
モダンですよねー。当時の松竹のタイトル・ロゴなども大正ロマンを継承しているように感じます。

兄と妹といつも口喧嘩していても、お互い思いやりがあります。

佐分利さんは商科を出たと言っていますから一橋大出でしょうか、奥さんもマナーを熟知していて育ちがよさそうですから女子大卒、まして桑野さんは英文科卒、みんなインテリだなー。
それに比べてワシは育ちが悪いなー。

投稿: アラン・墨 | 2012年1月23日 (月) 17時25分

こんばんは。

お怪我もすっかり快復されたとのこと、こちらも改めて安堵しました。


先日の2001年で抱いた私の疑問に対し、丁寧に答えて頂きどうもありがとうございました。なるほど「冒頭の宇宙旅客船」のシーンで一定の断り、があった訳ですね。私もこれでスッキリしましたが、同時に思うに当時の撮影技術の限界、もキューブリック(そしてクラークも)よく承知してはいたのでしょうね。「断り書き」を加えたのもある意味での妥協の意味合いも含めていたのかもしれません(相当な完璧主義者であったキューブリックは内心では不満を払拭出来ずにいたのでしょうけど)。

撮影された実際の現場はそもそも紛れもない「地球(上のある国のスタジオ)」ですので、1G、重力があって当然の話で、逆に遠心重力室の表現こそ「虚構」の産物に過ぎないものですよね。けれども劇中での夫々の虚実の纏わる印象は正反対に感じてしまう(前者が嘘くさく、後者に説得力がある)。先の私の違和感、が一例と言えますね。つまりキューブリックの想像力の仕立て上げたフィクションの世界があまりにもリアルに迫っていた。

改めて氏の類稀な才能に感服する次第です。


「兄とその妹」は残念ながら未見ですが、文章表現からとてもモダンな雰囲気が伝わってきました。戦前の作品だからと言って、規制にがんじがらめ、という訳でもなかったようですね。寧ろ奔放で開放感さえある。言わば今で言う「トレンディードラマ(映画ですからムービーでしょうけど)」に相当するのでしょうか。

老若男女、人々の営みは古今東西そう変わるものでもないな、と今回の記事を読み進めつつふと思いました。

投稿: ワン | 2012年1月27日 (金) 21時57分

ワンさん。こんにちは。
キューブリックは2001には科学的におかしなシーンはいくつもあると語っていたようですが、物理的に可笑しなその決定打は、私が別のコーナーで指摘しているエリアスの月面着陸シーンです。
ワンさんご指摘のディスカバリー船内の違和感のあるシーンは、仰るとおり撮影や予算、スケジュールの都合でやむ終えず妥協したものかもしれません。
彼はひょっとしたら「アポロ13」の飛行機によるほんとうの無重力撮影をやりたかったかもしれませんね。

「兄とその妹」は太平洋戦争が始まっていたら完全にアウトの映画だと思います。検閲官が、アメリカ人みたいな朝食とアメリカ女性のように贅沢な服を着て足を組んで何事か・・・と叫ぶでしょう。
でも平和ならトレンディードラマのように流行ったかもしれません。

投稿: アラン・墨 | 2012年1月28日 (土) 17時09分

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