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2011年12月

ノウイング

洋画メモ、NO,105、地上波、NTV

2009年、アメリカ、121分

原題- Knowing.

監督- アレックス・ブロヤス、撮影- サイモン・ダカン、音楽- マルコ・ベルトラミ

出演- ニコラス・ケイジ、チャンドラー・カンタベリー、ローズ・バーン

---------------- ネタバレ注意 -------------

 見終わって気分が落ち込んだ。ニコラス・ケイジは始終、眉間にシワをよせて困惑した哀しい顔をしている。彼は数字のメッセージに右往左往させられるが、観ているこちらもニコラスとヘンなおじさんに振り回される。結局、地球の人種を滅ぼすまいとする異星人による「ノアの箱舟」作戦だったか。

 でも、分からんなー。 少女の予知能力は異星人からのパワーによるものだろうか。どういう意図があったのだろうか。 あれを知ったところで災害や事故を防げるものでもあるまいに。

 異星人たちも、前々から回りくどいことをしなくとも、最終日に子供を拉致すればすむことではないか。彼等の未知なる能力をもってすれば容易いことだろうに。

 ニコラスは大学教授というインテリなのに、自分をテロの犯人にさせてしまうようなマヌケな行動をとってしまう。確実に起こる災害・事故なのに、それを防ごうと無駄な奔走をする。・・・つまり、起こるべき未来の事象を変更することは出来るのだろうか、と葛藤し判断・決断するシーンが欠けている。

 最近のアメリカ映画はどうもシナリオがガタガタだと感じる。

 CGはそんなにすごいとは思わなかった。昔の日本映画のミニチュア特撮のように「本モノと思って観てください」という映像。だれでもCGと分かるレベル。

KNOWINGという英語を覚えた。最初、カタカナ邦題では何のことか分からなかった。

 

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座頭市物語

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「またお会いできてうれしゅうございますね。」、

「それではツカマラサセテいただきやす。」

テレビ、BSフジ

1974年、勝プロダクション、フジテレビ、全26話

監督- 三隅研次、田中徳三、安田公義、黒田義之、森一生、勝新太郎・・

音楽- 富田 勲 ・・・この人のオーケストレーションでの録音は、いつも軽いエコーがかかっている。

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 いいね全く、映画の続きを観られて。大映のシリーズと造りはほとんど変わらない。それもそのはず監督さんが映画と全く同じ。

 ただし、勝新が演出したものはちょっとぎこちない。やっぱり田中徳三さんのものは見応えがありカット数も多く、凝っている。

 1974年当時にご健在の俳優さんの姿が見られるのもうれしい。須賀不二男や遠藤辰男(太津朗)のふてぶてしいツラ構えの親分も相変わらずだ。あ、遠藤さんは今もご健在ですが。そういえば藤原釜足さんもいたなー。

 ロケシーンも多いが、古い民家や橋、神社などは見たような景色ばかりで、恐らく映画で使った場所を再利用している。ロケハンの経費節約となっているようだ。

 市の立ち廻り・殺陣は映画となんら変わりなく決まっている。また、叩いたり、つねったり、揺さぶったりの大げさなマッサージは毎回爆笑もので、あれは揉まれている俳優さんやスタッフも笑うのを堪えているのではないか。

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「ド〇〇〇って三度言ってみな、いのちゃネーヨ」

・・・と、いうような映画シリーズであったセリフはテレビコードに引っ掛かって言えない。あくまで市は「目の不自由な」と言う表現になっている。

 いっつあんが一膳メシやオニギリをガッツイテ食べたり、茶店で顔面粉だらけになって団子を食っているシーンも映画シリーズのときから大好きで、見るたびに笑いが絶えない。

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「な坊や、大きくなってもこのオジチャンたちみたいに

    身体障がい者をいじめちゃいけないよ・・」

 ・・・この傑作なセリフはたしか映画シリーズであったように記憶する。

 

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切腹

邦画メモ、NO,70、NHKBS

1962年、松竹、シネスコ、白黒、133分

監督- 小林正樹、撮影- 宮島義勇、音楽- 武満徹

出演- 仲代達矢、石浜朗、岩下志麻、三國連太郎、丹波哲郎、三島雅夫、中谷一郎、稲葉義男・・

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 見応えのある邦画だった。黒澤作品を観ているような重厚感。これが大船調・ホームドラマを連作してきた松竹の映画とは信じがたい。

 デジタルリマスターしてあるのかどうか知らないが、フィルムに傷一つなく、最近の映画のような質感。録音もすばらしく、俳優の声・活舌をもれなく捉えている。なんといってもシネスコのレンズが実にシャープで画面の隅から隅までボケと歪みが一切無い。光のコントラストは望遠レンズを多用した黒澤作品のように極端でもなく見易い。

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↑後ろからの照明で顔の輪郭を明確にする撮影が多用されている。また、真正面からのカットでは正座した仲代の顔から上の背後は日陰でバッサリ線引きされている。首がはねられることを暗示させているのか。

 武満徹の音楽は琵琶の連打により物語性を強調。弦楽器とフルートを用いた楽曲は「2001年宇宙の旅」に用いられたリゲティの「無限の宇宙」のフレーズを連想する。

 橋本忍による脚本は、やはり時々フラッシュバックを使った黒澤作品の匂いがする。一部のスキもない脚本だが、仲代のセリフに追加をいれてもよいと思うシーンがあった。

 津雲が切腹所で身の上話を始めるシーン・・・

 ・・・「ところで斎藤勘解由殿、お詫びをせねばならぬ。先ほど、千々岩求女という人物を知らぬと申したがあれは嘘であった・・・」。

 また、津雲は3人の介錯人の名をどうやって知ったのだろうか。彼等を探るシーンを追加するか、あるいは遺体を届けたときに3人に名乗らせてもよい。

 丹波と仲代の原っぱの決闘では真剣が使われているという。道理で動作が重く、及び腰に感じた訳だ。でも、オッソロシーなー。ここのシーンでは時々、斜めになった構図があるが、私はこういう劇画みたいな撮り方は好みではない。

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↑数えで11歳の少女を演ずる当時21歳の岩下志麻。小さく写るように撮影されているがそれでもチョット無理がある。

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