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2011年1月

「決死圏SOS宇宙船」の特撮、その3

 航空機はVTOLでなければならない。

 アンダーソン作品に登場するヒコーキにはVTOL(垂直離着陸機)が多い。

 それは1961年作品の「スーパーカー」が元祖だろうか。あの飛行体は垂直に上昇し、その後、水平飛行。そして、なんと水中にも潜れたと記憶する。・・・ なんせ私の5歳ごろに放送された作品なので記憶が定かでない。 

 話はそれるが、その後、日本で制作放送されたアニメ「スーパージェッター」の流星号は、デザインも機能もこの「スーパーカー」をパクッていると私は断言したい。

 1964年作品の「サンダーバード」ではもうVTOLのオンパレードで、1号、2号はもとより、ゲストメカでも結構、垂直離着陸の航空機が登場する。

 これは思うに、当時イギリスで、ハリヤーの原型となるホーカーシドレー「ケストレル」が開発中であったことが要因かもしれない。アンダーソン夫妻とデレク・メディングス、そのスタッフが自国で頻繁に試験飛行を目にする、この映像的にも魅力的な三次元を駆使するメカを採用したのは納得のゆくことである。

 なぜVTOLが好んで採用されるかには別の理由も考えられる。それはマリオネーションではミニチュア・メカを上から吊れば簡単に宙に浮かせられるから。なにも長い滑走路を準備して走らせるカットは必要はないのだ。 

 「決死圏SOS宇宙船」では、冒頭からVTOL旅客機が登場する。

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 ↑前輪付近に垂直ジェット噴射ノズルがあり、ちゃんとエアの噴射が描写されている。しかし、機体後部にノズルは無く、推力バランスが不自然。その点にはこだわって欲しかった。

 この旅客機は旅客・カーゴ部分が離脱する。こういうことはアンダーソン作品メカの得意とするところ。

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 このVTOL機のコックピット部分のリフトアップやキャリアカーの発進・停止、コントロール室の上昇・下降などの動きとその加減速の操演が、実際にインバーターモーターか、油圧を使って制御しているかのように実にスムーズで、これはこの作品だけでなく、デレク・メディングスが携わる作品全般で感ずる、優れた物理的センスの一つである。もちろん、スタッフは手グスを引っ張って動かしているのにすぎない。

 これが、もし、ガクガクと途中で引っ掛かるようなギクシャクした動きとなったならば、ミニチュア然となってしまうだろう。これは日本特撮でよく見られる失敗例なのである。アンダーソン作品のスタッフはそれを熟知している。

 とはいえ、その失敗はこの作品でもあった。それは同じくVTOL発進リフティング・ボディ宇宙機の「ドッペルゲンガー」号の発進にあった。垂直上昇し、着陸ギアの格納でギクシャクした動きになってしまっている。惜しい。

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↑アフターバーナーを点火する「ドッペルゲンガー」号。このバーナーを点火する描写には恐らく、高圧の燃焼ガスをモデルの下からチューブで引き込み点火して撮影したのだろう。アンダーソン作品でよく使われるロケットパウダーとは別の初の試み。燃焼の陽炎も見え、推力も感じる実写感タップリのカット。

 この「ドッペルゲンガー」号はリフティング・ボディ機であるにもかかわらず、なんと、やっぱり垂直離陸し、大気圏を上昇して宇宙空間に到達。恐らく高度300キロ以上で待機するオービター宇宙船とドッキング(失敗)してしまう。これは航空宇宙工学としては絶対ありえない航空機・宇宙機である。・・・

 つまり、もし、これが可能ならロケットブースターというものが要らないことになる。これがこの映画の大きなミスである。

 

  

 

 

 

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「決死圏SOS宇宙船」の特撮、その2

 絶妙な爆破タイミング

 「サンダーバード」のTV版、映画版を観た当時から、アンダーソン作品に携わる特撮スタッフのパイロテクニックには舌を巻いていた。爆破映像は日本の特撮の足元にもおよばなかった。

 少年だった当時の私は、日本映画や怪獣物テレビ番組の特撮シーンの爆破よりずっと迫力のある映像にウットリしたものだ。

 デレク・メディング率いるスタッフの、爆発による煙・火炎・破片の迫力ある飛散の映像は、ハリウッド映画の特撮を先取りしている。しかも、それを小さなスタジオで、さらに四畳半ほどのテーブルの上(カメラをローアングルに設置するため)でやってしまっている。 

 ミニチュアモデルの爆破には主に、手でちぎって自由に大きさを選べる粘土状の電気信管式火薬が用いられ、さらに火炎の演出として薄いゴム風船に火薬と適量のガソリンなどを入れてセットされたものが追加される。それらのモデルへのセッティングは職人技が必要とする。その技が、彼らは当時の何処のスタッフよりウマイのだ。

 いかに迫力よく見せるかというその技には、モデルが壊れやすいよう細工をしたり、火薬の取り付け場所の選定・・・ モデルが完全に吹き飛んでしまったり、カメラのレンズを塞いでしまう方向に破片が飛ばないようにしたり、煙が出すぎて見えなくならないようにしたり、またはハイスピード撮影を、実際の物体の物理的大きさに合わせた回転数にしたり(日本特撮の一番ダメな部分)・・・というものが完璧にそろう必要がある。

 さらに、それらの技を総合的にまとめる最も重要なテクニックとして、爆破タイミングの設定がある。

 現場ではハイスピート撮影が行われるので、何発かの爆破では数秒の間に時間差をもって計算されて着火されるのだが、その着火のプログラムは現在では、ミニチュアであろうと原寸大セットであろうとコンピューターに組み込まれたシーケンスにより進行する。

 しかし当時では直接、スタッフが順番に着火ボタンを押した。

 その絶妙な人技による見事な爆破タイミングが「決死圏SOS宇宙船」で観られるのは巨大ロケットと発射台の爆破・崩壊シーン。

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・まず発射台塔屋、左が爆破、壁面が後ろ方向に崩壊。手前に崩れたのではロケット本体を隠してしまう。その後発射台下部より順次点火。↓

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・ロケット本体より火炎を伴った爆破が発生。鉄骨状の破片が手前に飛び散る効果音がちゃんと入れてある。こういうこだわりと気配りは当時の日本特撮にはない。↓

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・倒壊するロケット。地面への激突ではどうなるかを期待させるため、あえて途中で爆破させない。ハイスピード撮影は10倍速を超えると思われる。ロケット本体から誘爆した姿勢制御ロケットの噴射が演出してある。↓

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・ロケット倒壊後、大爆発。大小の破片飛散の演出が素晴らしい。↓

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・燃料への引火を想定する火炎の爆発。すさまじい迫力。↓

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 ハイスピード撮影と爆破タイミングがぴったりと決まった、

 「サンダーバード6号」のミサイル基地爆発シーンとならぶ名爆破シーン。

 この一連のシーンも撮影現場では5秒くらいで終わってしまう一発勝負の仕事。

何度観てもすばらしい。お見事でした。

 

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「決死圏SOS宇宙船」の特撮、その1

http://five-of-nine.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-4835.html

よりつづき・・

 究極のロケット発射描写

 デレク・メディングスは私と同じ、ロケット・ヲタだったらしい。

 それは「サンダーバード」の中のいくつかのエピソードから感じていた。

 彼は、凡庸な特撮監督だったら省いてしまうようなロケット発射準備・・・ ロケットへの燃料注入、作業スタッフの発射台からの退避、発射ガントリーの退避、秒読み、ロケットをつなぐコードの切断、打ち上げロックピンの解除、等々・・・ の描写を、この大人の鑑賞にも堪えられるテレビ番組のなかのいくつかのエピソードで、丁寧に時間とカットを割いて見せてくれたことでも分かる。

 彼にとって、ロケットの打ち上げとはミニチュア特撮の真髄を表現する究極のシチュエーションなのである。

 つまり、ロケット本体を「本モノ」らしく見せる。ロケット発射台を「本モノ」らしく見せる。打ち上げまでのシーケンスを「本モノ」らしく見せる。ロケット噴射と上昇を「本モノ」らしく見せる。それが彼の仕事であり、腕の見せ所であり、楽しみだった。・・・としか思えない。

 彼は、1968年当時、この映画で、まもなく月に到達するであろう、アポロを搭載したサターンロケットとその打ち上げシーケンスをNASAへのリスペクトと憧憬をもって完璧に再現した。

 これは彼の特撮人生の中で最高の仕事だったと言ってよいのではないか。

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↑・ロケット管理塔がゆっくり開くカット。 オープンセットの太陽光でのローアングル撮影とミニチュアの汚しが巨大建造物への圧倒的実写感を与えている。ロケット本体の大きさが2メートルくらいのものとは信じられない。

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↑・ガントリー・ミニチュアの造り込みのディテールがすごい。細かく入り組んだ、それらしく見えるケーブルやパイプが偏執的といってもいいほど再現してある。

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↑・燃料注入パイプの切断。止まってからガチャンと跳ね上がる演出もハイスピート撮影であり、実写感十分。ブースター本体から発する水蒸気の演出も効果満点。

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↑・秒読みゼロ・・・ロケット本体のロックピン解除。これもガチャンと反動で跳ね上げる実写感のある演出。ここまで見せるか・・・。

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↑・ロケット噴射のガス抜き口のカット。水の噴射まで再現されている。「アポロ13」でもこれに近い演出があったが、ただガスが噴出するだけだったと記憶する。ここまで見せるのは本当にヲタ的だ。

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↑・もう実写にしか見えない発射全景。ガス抜き口からの煙の演出の見事なこと。

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↑・第一段ロケット下部ではメインのロケット噴射の火炎とは別に、脇から不規則に噴出する煙が描写してあり、これもターボポンプから噴出するガスを再現したと思われる。この細かい気配りがすごい。

・こちらは本モノのサターン・ロケット打ち上げ

 

 

 

 

 

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敬愛なるベートーベン

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洋画メモ、NO、89、NHKBS

2006年、アメリカ・ハンガリー合作、104分

原題: Copying  Beethoven.

監督- アニエスカ・ホランド、撮影- アシュレイ・ロウ

出演- エド・ハリス、ダイアン・クルーガー、マシュー・グッド、ラルフ・ライアック、ジョー・アンダースン

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 数年前、映画館で観て、また再見。 

 原題を直訳すると、「写譜・ベートーベン」というところか。コピーィングとは作曲家の書いた原稿に朱を入れ、清書して印刷のための原本を作るということで、これがテーマらしい。

 なお、敬愛なる・・という日本語は文法的におかしいと、どこかのサイトに書いてあった。敬愛する・・なら合っているという。なるほど。

 ベートーベンは小男だったらしく、エド・ハリスでは筋骨隆々の大男に見え似合わない感じだが、熱演ではある。 彼のクリッとした目玉があのヘアスタイルと似合っていて、正直で誠実そうに見え、無骨で傍若無人だった芸術家の性格をカバーしている。

 ほとんど変態的・悪役一筋のゲーリー・オールドマンも、以前、別の映画「不滅の恋・ベートーベン」でこの作曲家を演じていて、あの小顔と細身の体つきも似合っていたものだ。

 交響曲9番を作曲している頃は、彼の耳は完全に聴こえていなかったが、映画では話し相手の顔と面と向かっているときは、補聴器なしでスラスラ会話をしている。読唇術をマスターしているという設定なのだろう。ちょっと苦しい演出。

 その9番の初演シーンは、映画のウソと分かっていても感動してジーンときた。ダイナミックなカット割撮影とロウソクを思わせる照明がよろしい。

 撮影といえば、映画の冒頭に戻ると、当時の田園風景での農民・町民のスタイルがかなりリアリズム・・・要するに小汚い顔と格好で演出してあり、実際にあの通りだったと伺えた。その田園風景も美しい撮影。

 自分はベートーベンの音楽は、数曲のピアノソナタと、数曲の交響曲と、数曲のピアノ協奏曲しか知らないが、この映画では交響曲7番の第二楽章が一部シーンに流れていて、そのメロディーが今だ耳に残っている。このシンフォニーの第一楽章のテーマはテレビドラマの「のだめ・・なんとか」でよく知られるようになったが、第二楽章のほうがずっとよろしい。

 映画の制作方法としては、「アマデウス」の影響を感じられる。

 重態でベットに横たわるべートーベンより、口答で音符を書き取るシーン、女性写譜屋の作曲をベートーベンがピアノで弾き、「オナラのようだ」と下品な言葉で小ばかにするシーンなど。

 エンディングは田園の自然描写となるが、これも満天の星空で終わる「不滅の恋・ベートーベン」に似ている。

 あっけなく終わる感じでちょっと物足りない。

 ベートーベンが森や川辺を散策し自然と戯れ、曲想を練っているシーンが好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2011年1月8日

今朝7時半の外気温と室内(シャック)の気温。

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 今冬初めて氷点下10度を下回った。室内も氷点下で、内側の窓ガラスの湿気も凍り付いている。この部屋はリフォームされてなくて、壁には断熱材が入っていない。

 こういう状態で暖房はつけず寝ているので、地球のCO2増加防止に貢献していると負け惜しみを言う。

 アメリカ人の住む家・アパートというのは、24時間、あらゆる部屋・廊下を都市ガス・あるいはセンターから配管されているスチームで暖房している。しかも留守の時でもつけっぱなし。アイツらのエネルギー使用量、CO2排出量はムチャクチャだ。

 しかも、それが世界的に普通だと、アメリカの生活が世界の基準であるとカン違いしているので始末におえない。

 日本の、肌に触れる最小限の空間を、最小限のエネルギーだけで温めるコタツという賢い暖房を見習えっツーノ。

 年末・正月のテレビ番組は相変わらず観るものが無かった。

 さんま・ダウンタウン・ナイナイ・・・・・等々。これらイジメッ子面したタレントが、人の体験談をチャカして笑わすという番組は、今までも面白いと感じたことが無く、今もチャンネルを偶然合わせても5分と観ていない。それをダラダラと長時間番組にするのは制作予算を抑えるためだという。

 と、新年早々グチを言ってしまった。

 今日のこの寒さ。嫌いではないです。

 キリッとした、肌を刺すような寒さ。ちょっと快感ですね。

 午前10時半現在、空はアッパレ日本晴れ。外はまだ氷点下。

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追記: 午後2時、1ヶ月ぶりにKLX125を動かした。

 本体は軒下に置き、バイクカバーをかけておくだけだったので、年末から今日までの寒気でバッテリーはひょっとして弱っていて、エンジンがかからないかもと予想していたが、キーをひねるとヘッドランプは煌々と照り、液晶メーターは勢いよくイグニッションの儀式を見せてくれた。

 セル一発でエンジン始動。スゴイ。さすが日本設計・タイ製。タフだ。

 せっかくなので、ユニクロのウォーニングパンツとアノラック(昭和な言い方)を重ね着するという軽い出で立ちで軽く10キロほどツーリング。プロテクターをつけていないので少し不安。えてして、こういうときに転倒・怪我をするものだ。

 気温は2度くらい。快晴。日当たりのいい道路はドライの状態。途中、圧雪路もあったが、時速10キロ以下で体制を崩さなければ楽勝に走れた。楽しいね。

 帰り際、ガソリンを満タンにしておかなかったので、スタンドに寄り給油した。長期保管の時は満タンにしないと、タンクの内面に水滴がついてサビるという。

 

 

 

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ガキの頃欲しかったものゲット、9R-59D

 自分へのお年玉として、小学4・5・6年生のころに欲しかったものを手に入れた。

それは・・・

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 トリオ(現ケンウッド)、9R-59D。

  ・・・ 受信機。ぶっちゃけた話、真空管ラジオです。

 自分は、ほんのチョットだけラジオ少年でした。この「ラジオ少年」という呼び方は、現在は、もう死語になっていると思う。 

 若い人にとってはイミフの言葉だろうが、ラジオの放送ばかり聴いていた少年ということではなく、下手なハンダ付けで配線図などを頼りに電子部品をくっつけ、何が楽しいのか、そうやって怪しげな簡単な電子回路を作って一人楽しんでいる、極めてヲタ的少年のことを言うのです。

 その電子部品を買うにも、当時のオ小遣い5~600円、落し玉で2000円くらいの予算ではトランジスタを一か二つ使ったくらいのオモチャしか作れなかったものです。

 そのオモチャを組み立てるための配線図・回路図は、当時、「ラジオの製作」や「初歩のラジオ」という、今はもう廃刊になってしまった雑誌の記事によったのですが、その雑誌の広告の一番目立つページに載っていたのが、この9R-59Dという型番の受信機だったのです。

 1968年当時、こいつの価格は組み立てキットで19800円でした。

 当時の親爺の給料は恐らく7~8万円くらいのものではなかったか。息子の趣味にまったく理解を示さなかった親爺に、買ってくれと請うのは絶望的でした。

 これでも当時、ハム(この言葉を分かる人も少なくなってしまった)の交信を受信できる受信機としては廉価版のものだったのです。

 そのハムをやりたいと願っていたラジオ少年にとっては、この9R-59Dとは、アマチュア無線・電話級のライセンスを取得し、開局するまでの道のりで、必要最低限のものだったのです。

 ラジオ少年は、毎晩、寝床の布団にうつぶせになって、ラジオ雑誌の広告欄を見ながら、このムセンキが自分の学習机の上に載っかっていればなー、と夢見て嘆息していたのでありました。

 その、もう40年も前に憧れた物体が、今、机の上にある。

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 ようやく少年の夢が叶いました。

 海外の放送や、無線交信がガンガン聴こえます。感無量です。

 なつかしいなー。当時のラジオ雑誌も引っ張り出して感慨にふけっています。

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・右隣の機械は友人から譲り受けた、同じくトリオ製のアマチュア無線用・通信型受信機。

9R-59Dは存在感があって堂々としているなー。

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2011年、迎春

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            ドッペルゲンガー号からの夜明け 

謹賀新年

 本年も

  よろしく

   お願いもうしあげます。

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 2011年1月1日、朝起きたらこんなんでした。 一晩で20センチ降りましたか。

 積雪は昨日からので30センチほどです。西日本で大雪の災難に遭われた方々にお見舞いもうしあげます。

 今回のように西からやってくる寒気の時は、高山市はあまり雪が降りません。

 昭和56年豪雪の時は一晩で、この5倍積もりました。人の胸の高さまで積もっているんです。

 朝起きて玄関開けたら、 

 ・・・ 「なんじゃコリャー!!!」・・・ でしたね。

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 ピンボケですが、私のシャック(ムセン室)、午前10時の室内温度と外気温です。

今日は暖かい朝です。

 

 

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