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寂しさ漂う「天空の城ラピュタ」

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 宮崎駿の演出した作品では「天空の城ラピュタ」がもっともお気に入りで、一番多くの回数を観ている。

 この作品で何が良いかというと、もちろんインディー・ジョーンズ的、バスター・キートン的、活劇シーンも楽しいのだけれど、なんというか、日本人の琴線に触れる「寂しさ」、「わびしさ」というものがあって、それが自分の心に湧いてくるのが良い。

 なにが寂しいのか、まずそれは物語の始まりである鉱山の廃坑が寂しい。

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あの廃れた、朽ち果てた鉱山の工場群が寂しい。しかもそれは住居施設より遥か下界にヒッソリと、錆色をのぞかせている。 林立している煙突や換気口を持つ工場は、かつての隆盛を想像できるが今は管理人も存在せず、ひとっこひとりいない。あの工場群は、汚いものは見たくないと無視され、完全に人々の記憶から消されているようで寂しい。

 谷間の断崖には仮のものだろう、ここにも煙突をそびえた工場がヘバリツイテいる。これがまた寂しい。わざわざ垂直の崖に工場を設置するほど栄えていた鉱山が廃れている訳で、これがまた寂しさを増長する。(宮崎氏は、この垂直に、つっかえ棒で支えられ、ヘバリツイテいる建築構造が好きなようで、パズーの家や「千と千尋・・」の油屋にも発見できる)

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 ロボットも寂しい。蘇った護衛ロボット?が、砲弾を受けつつもひたすらシータのしもべとして仕えようとするシーン。(ロボットが自分を守ろうとしていることに気づいたシータが、ロボットの指を抱え泣くカット。・・・・ ユーチューブの英語のコメントに、なぜここでシータは泣くのか分からないというのがあった。”ゲージン”にこの寂しさ・侘しさ・哀しさが判ってたまるか。)

 天空の城で現れる環境保護ロボット、既に活動を停止した墓守ロボットや、木の根にコケむして土と同化しつつある朽ちたロボットたち。・・・・ ま、ここらへんの寂しさは私がわざわざ記するまでもない。この寂しさに輪をかけるのが久石譲氏のピアノ。

http://www.youtube.com/watch?v=odaJ_ucKths

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その死んでいるロボットたちも、最後の城の崩壊で押しつぶされ五体四散するのもまた寂しい、侘しい。

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 静寂のシーンも寂しい。 竜の巣の嵐の壁を超え、霧が漂う城に軟着陸するグライダー。

日本版オリジナルでは、グライダーのワイヤーが木に引っ掛かるカットと着地カット以外、音が全く存在しない。 これは一人で登山したときに感じる、無風時の静寂である。

 日本人は昔からこういう静けさに親しみ、愛してきたものだが、”ゲージン”にはこれがまた判らないらしい。ディズニーの英語版には、ここで余計な音楽が入っていて静寂を破り、このシーンを台無しにしてしまっている。

 この静寂シーンは、次のパズーたちに接近してくるロボットの足音を引き立てる伏線の役割をしていて、ロボットのどこか壊れているのか「カラン・ポロン」の足音だけが聴こえるという寂しさを際立たせる役目もしているのだ。

 宮崎駿演出作品の中で、唯一、何百人も「ゴミのように」死んでいくのも寂しい。

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・・・・ 日本版DVDの音声設定による英語吹き替えは、Linda・Hoaglund訳によるものでディズニー版より日本語オリジナルに忠実で、私はこちらのほうが気に入っている。余計な音楽も入っていない。 

 ディズニー版のジブリ作品は、海外のファンにもオリジナルを台無しにしていると不評で、かなりブーイングを受けているようだ。最近では「ポニョ」の歌などは酷いものになっている。

 

 

 

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