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2009年12月

ショパンの怒り

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 純粋音楽の作曲に徹したショパンの曲には、彼の祖国・ポーランドがロシアに侵略された怒りと慟哭を楽譜に吐露した作品があり、エチュード・作品10の12番やスケルツォの1番などが主なものだが、それはショパンのこと、リストのようにワザとらしい表題をつけて発表していないのは潔い。

 そのショパンの怒りを私が最も感じるのは、エチュードよりもスケルツォよりもポロネーズよりも、「24の前奏曲」の第24番である。

 この最終曲24番は、曲集の中では、18番と共に楽譜に(fff)のフォルテシッシモが1箇所だけ記入してあるのだが、この大音を出す指示は、前奏曲だけでなく、ショパンの作曲した全曲を探しても、極めてめずらしいことで、ショパンが如何に立腹・憤慨して作曲したかが分かる。

 さてこの曲、聞いていると、前半は、一人のヒーローが民衆に決起を促し、それに民衆が答えて「そうだ、みんなで闘おう」と大いに盛りあがっていくようなシーンを想像する。しかし、そのクライマックスで、三度の和音の半音階下降があり、権力の銃弾によって彼らが叩き潰されたような、救いようのない絶望感へと導く。

 その後オクターブにより、再び立ち上がるのだが、撃たれ絶望し、下降して、最後は地獄へと叩き落とされてしまう。映像化するとそんなところだろうか。

 叩き落されたポーランド民衆への鎮魂の鐘、あるいは地獄から振り下ろされる彼らの怒りの鉄槌は、最後の3つのD音による強烈なフォルテシッシモのバス音。

Dscf0025_medium

さて、この怒りのD音をどのように叩くかがピアニストの腕の見せ所。

  ショパンは左手の中指で叩くよう指示しているが、音を強くするため、あるいは演奏の見栄えを良くするため、左手の親指で引くべきだろう。

Dscf0026_medium  それとも、中指に人差し指を掛け、二本の指の合力で叩くという法もある。この時、ルービンシュタインがやるように腕を高々と上げてから降ろすというのが演奏としても見栄えが良い。

 私にこの曲は弾けないが、弾けるとしたらそのようにするかもしれない。

 ペタ゜ルはショパンの指示によると、5小節前から踏みっぱなしであるが、バスの単音になってからは、一音ごと踏み直すか、ソステヌートペタ゜ルを使って音が他音と濁らないようにしたほうがいいと思う。ポリーニの演奏はそのように聞こえる。

 この曲の録音で私が最も好きなのは、イーヴォ・ポゴレリチの演奏で、最後のピアノの弦が切れそうな三つのバス音の迫力には、いつも感嘆している。また、打ちひしがれたポーランド民衆の悲痛な叫び声が聞こえるようで、いつも感動を禁じえない。

 

 

 

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エイプからKLX125へ

Dscf0023_medium ←冬に来たので車体の色はスノーホワイト。

 本日、2009年12月23日、エイプ100を下取り、カワサキKLX125を納車する。このバイクは12月15日発売で、19日には納車できたのだが、大雪が降ってしまい、本日まで延びてしまった。

 今日の天気は曇り一時雪、気温は4度くらいだろうか、それでも時折太陽が顔を出す。大寒波は去っているので、先日氷点下7度を記録し、終日真冬日だった後では、土肥中としては暖かく感じる。とはいえ、バイク乗りのかっこうは超厚着。

 所ジョージが以前、バイクは夏暑く、冬寒いのでそのシーズンは乗るものじゃない。と語ったことがあるが、まったくその通りで、なにを好き好んでこの真冬にバイクを買うのか、自分でもアキレテしまう。

 しかし、このカワサキKLX125が発表された秋に、バイク雑誌の写真、載っていたスペック、値段を知ったとたん、一目ぼれ。さっそく予約してしまった。もちろんエイプを下取りしての見積もりで交渉。それから一ヶ月とちょっと、待ち遠しかったこと。

 と、同時にエイプを手放す寂しさも感じたが、あえてその間はエイプに乗らなかった。乗ってしまうと未練がましくなる。ということで、本日、バイク屋まで最後のエイプツーリング。ほんの30分であるが、雪の無い道路を選んだので結構、時間がかかってしまった。

 道路には雪は無くとも、雪解け水で濡れていて、相変わらずこのコンディションでのエイプ乗りは、改造してフロントフェンダーを下げていても、車体と自分の背中はドロだらけとなった。しかし、こういうこともこれで最後。 (わざわざバイク屋まで行って納車したのは、家の者に気づかれないようにするためで、いつの間にかバイクが変わっていたという設定にするための作戦である。)

Dscf0019_medium  エイプよオサラバ。これでお前の悪口はもう言うまい。3ヶ月足らずの付き合いだったが、4000キロも走ったのだから恨まないでくれ。ただ、KLX125が優等生すぎるのだ。

 KLX125のファースト・インプレションは、案外デケーナということ。これでも125だから、オフロードバイクとしては小柄で、ヤマハのセローを少し小さくした感じなので、「セローの弟」とか「子セロー」とも言われているようだが、自分としてはホンダゴリラ、エイプとミニバイクを乗り継いできたので大きく感じてしまう。

 跨ると、身長171センチの自分では当然、両足はつま先立ちとはならず、十分地面に着く。それでもアイポイントはずっと高い。

 走り出すとトルク感がある。グッと加速し、直ぐ制限速度に達する。この走りは現在の軽自動車クラスに近い。人間を乗せた重量でパワーウエイト・レシオを計算すると軽自動車にほぼ近いので納得。一方、エイプ100は30年前の軽自動車の走りという感じだった。

 これでも排気ガス規制・騒音規制で、大分、トルク・パワーが落とされているのだが、エイプより約30キロ重量が増えても、4馬力アップとなり、50ccの原付バイク分ほどプラスのパワーとなった。これだけでずいぶんと速く感じる。

 エンジン音は私の好みではないが、しだいに慣れた。

 直進性は良く、時速60キロから80キロでは安定していて、まだ十分余力もある。(馴らし運転中で無茶できないが)ノーマルのエイプでは時速70キロで、もう「ヒーヒー」言っている感じだったが、これならもう車に煽られることはない。

 ただ、コーナーでは曲がらない。おまけに路面が濡れているのと、新品タイヤであるため、寝かすことは出来ず大きく膨らんでしまうが、オフロードタイヤという直径の大きいものは、ジャイロ効果による抵抗が大きく、これがハンドルを曲げにくくしているのだろう。あるいは、今まで車輪の小さいものばかり乗ってきて、あまりにも良く曲がったので、そう感じるのだろうか。

 まあ、これはタイヤも馴れて(バイクのことを「鉄馬」と表現することもあり、「慣らす」より「馴らす」を使いたい)、私も慣れて、ドライの道を走れば印象も変わるかもしれない。

ブレーキはエイプのディスクブレーキよりは効かないが、こんなものではないだろうか。不安感は無い。

 カタログ写真では感じないが、実物を目にすると、メーター廻りやプラスチックの部分は、若干オモチャっぽく見える。しかし、そのメーターの機能は、いたれりつくせり。36万円のエイプ100は速度計と4ケタのオドメーターだけだった。

 バイクを引き起こす金属のバーがリアシートの下に欲しい。シートの下もプラで、右手でしっかりつかむ硬い部分がない。

追記: ギアの入り具合は、新車にありがちなロー、セコギアに入りにくいという事は無く、スムーズにシフトチェンジが出来た。ニュートラルにも入りやすい。ただしシフトフィーリングはあまり良くない。これは馴らしていけば変わっていくだろう。

さらに追記: ハンドルの下から前輪にかけて「シャー・シャー、ザワザワ」という音が聞こえ、初乗りから気になって仕方が無い。時速50キロ以上では風切り音とエンジン音が大きく、気ならないが、時速40キロ以下の低速では、特にこの音が良く聞こえ耳障りである。これは、恐らくスピードメーター用のケーブルがチューブ内で擦れている音だろう。なんとかしたいものだ。(ドライブチェーンとスライダーから発生している音と判明)

 

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私の特撮定義と「トラ!・トラ!・トラ!」

墨氏の愛した特撮、NO,1

 映画の特殊撮影にもいろいろあり、合成やCG処理なども特撮ですが、私の言う「特撮」はミニチュア特撮に限定します。

 その「特撮」には子供のころから確固たる定義が私なりに存在していて、その一大信念は「本モノに見えること」、「実写と見間違えること」です。この大前提を基に、私の愛した特撮シーンを紹介します。まずこの映画。

 20世紀フォックス映画の「トラ!・トラ!・トラ!」の特撮は、1971年当時、中学生1年生だった私に、アメリカ人の真珠湾攻撃に匹敵するようなショックを与えました。

 日本軍の攻撃を受け、パールハーバーに汚れた船底を見せて横たわる艦船。海面で引火し燃える、漏れた油の炎。あの煙と炎は、まさに「実写と見間違える」光景でした。

Dscf0021_medium 巨大野外プールで、青空のホリゾントをバックに5倍以上のハイスピート撮影によるアメリカ艦隊の残骸(ミニチュア)炎上シーン。これを実物大による実写と思っている人が大分居るようです。湾の波の演出も申し分ない。

 圧巻は「戦艦アリゾナ」爆破カット。

Dscf0017_medium この三つの火球、火煙の点火タイミングの素晴らしさ。飛び散る火花の演出と、物理的に見合った燃焼速度による爆発・ハイスピード映像は、カラー撮影された実際の記録フィルムと見間違えるものです。これには完全に「参りました」。もう40年も愛している特撮カットです。

 垂直に長く吹き上がる爆破水柱も見事です。このパイロには細かい水煙の効果を出すため、火薬の上に銀粉が混ぜてあるとのことです。

Dscf0019_medium 至近距離で爆破水柱を受ける艦船。飛行機からの映像を模した俯瞰撮影は円谷特撮の影響大。しかし、私はこちらの映像を高く評価する。

 真珠湾の特撮以外でも素晴らしいものがあります。一部の空母の映像も、実写と見間違えます。

Dscf0013_medium Dscf0015_medium この嵐の中を進む日本海軍空母は、霞んだ空気感の描写もさることながら、海面の白波の演出も、洗剤などの薬品による手の込んだもので、ホンモノらしく見せる努力に脱帽。

私は真珠湾攻撃のミニチュア特撮では、この映画をベスト1にあげます。

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博士の愛した数式

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邦画メモ、NO,53、NHKBS

2005年、アスミック・エース、117分

監督- 小泉尭史、 撮影- 上田正治、北澤弘之、 音楽- 加古隆

出演- 寺尾聰、深津絵里、吉岡秀隆、浅丘ルリ子、井川比佐志、頭師佳孝

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小泉監督の作品を観るのはこれで3本目だが、この作品も含め、すべてホノボノとした安らぎを感じさせるものだった。

映像や構図はフィックスが多く、手持ちカメラ撮影の場面は無かったと記憶している。画面は安定していて、それもほとんど望遠レンズで撮影。

どこかで観たような懐かしい構図が多く、黒澤監督の晩年の作品を思わせるが、これは小泉監督が黒澤組にいたためだろう。今は亡き黒澤監督作品の雰囲気を再び感ずることができてありがたい。

シングルマザーである若い家政婦の過去はまったく語られず、博士と義理の姉との関係もヤンワリと触れられるだけで、お終いまで平行線であるが、これも数学的と言える。

オイラーの式は聞いたことがあるが、友愛数のことは全く知らなかった。勉強になるが、私の世代を教えた中学や高校の教師が、いかにつまらない授業をしていたかが分かる。ルート先生のようなオモシロ数学小話は一切してくれなかった。

その後、博士が亡くなったという結末ではないが、初めからお終いまで、加古隆氏の音楽はレクイエムのように哀しいものだった。

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黒い画集・あるサラリーマンの証言

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邦画メモ、NO,52、NHKBS

1960年、東宝、シネスコサイズ、白黒、95分

監督- 堀川弘通、撮影- 中井朝一、音楽- 池野成

出演- 小林桂樹、中北千枝子、原知佐子、織田政雄、西村晃、菅井きん、江原達治、児玉清、中村伸郎、小池朝雄

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堀川監督は「七人の侍」ではチーフ助監督を務め、黒澤監督から「デコスケ!」と怒鳴られ鍛えられた人だけあって、実に緻密でぬかりのない作品に見えた。

撮影では黒澤監督のように、納得のいくまでネバルので、やはり撮影期間や予算をオーバーしてしまうこと(たしか「あすなろ物語」でのエピソード)があったようで、一時、サッサと撮影をこなしてしまう成瀬監督の助監督につけられ、その要領を学ばされたようである。

この映画では脚本は橋本忍であり、スタッフにも黒澤組がいて、黒澤作品のように妥協のない展開と映像で見ごたえがあった。

毛織物会社の管財課長を勤めるサラリーマンである42歳の小林桂樹の月給は、昭和35年当時、5万7000円、ボーナスが年40万円。今なら年収1000万というところだろうか。同じ時代のサラリーマンを小林桂樹は「江分利満氏の優雅な生活」で演じているが、その時の月給は4万円であったので、大分恵まれている。

そう。この映画はサラリーマン江分利氏の別次元、ダークサイドのお話。

小林桂樹さんのキスシーンを初めて見た。私の好きな俳優さんであるが、いつまでもお元気でいてほしい。

織田政雄という俳優さんも地味だが、セリフのカツゼツもよく、声がよく響き、芝居のうまい俳優さん。

若かりし頃の小池朝雄さんも存在感あり。あのコロンボの声でチンピラを演じている。

追記: 劇中、淡々と流れる、ギターかリュートを使ったバロック調の音楽は、池野氏のオリジナルだろうか。それとも有名作曲家のものだろうか。たいへん印象に残っている。

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首都消失

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特撮メモ、NO,36、DVDレンタル

1987年、大映、配給・東宝、120分

監督- 舛田利雄、音楽- モーリス・ジャール、

特技監督- 中野昭慶

出演- 渡瀬恒彦、名取裕子、山下真司、大滝秀治、夏八木勲、財津一郎、ぼんち・おさむ、石野陽子

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小松左京の原作は新聞に連載されている頃、読んだ記憶がある。原作の元は同じ小松氏の短編「物体O」で、これも読んだ記憶があるが、「日本沈没」のミニ版というものだろうか。

短編小説はハショリが多く、テンポが良くて読みやすいものだが、この映画もスピーディーに展開していて、ダレるところが無かった。ただ、国家の非常時に料亭で、ワインと鮎料理で舌鼓しているシーンがあり、そんな場合かと思った。

こういう映画や小説のプロットでは、物理学者やエンジニアの登場は仕方がないとして、視聴率獲得に血眼のテレビクルー出てきて、現場で中継をするというパターンが多くあり、20年前の映画とはいえども、使い古しの感がする。また、この映画の主な人物も、怪獣映画などでいつも登場する、配偶者に死に別れた子持ちか、離婚問題を抱えていて、これも「またか」というところ。

さすがに最近ではこういうことは無くなったが、円谷英二・特技監督時代から、この映画までも、特技監督の名をクレジットタイトルに大文字でデカデカと紹介している。裏方に徹するスタッフをスター扱いにするのは日本だけではないだろうか。

優れた映像を創作するハリウッド映画でも、特撮スタッフの名は、エンドクレジットで一番お終いの頃、小さく出るだけである。(私の記憶しているところ、特撮や美術スタッフが、大文字でクレジットタイトルに記名されているのは「2001年宇宙の旅」のみ。)

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・ 対潜哨戒機のミニチュア飛行シーンは中野特撮では上々のものだった。夜のシーンであるため、スタジオの照明はモデルに対して実写感を損なっていない。しかし、フラッシュなど強い光が機体の翼などに当たると、やはりモデルに見えてしまうカットがある。

・ 対潜哨戒機の飛行は、プロペラ機に見合った速度に演出してあり、大型モデルを使った雲の中の飛行シーンは円谷特撮より優れていた。

・ 乱気流に揉まれる片翼のアップでは、翼が根元から全体にねじれていて、構造的に変である。実際は翼の先端に向ってしだいに捻りが多くなる。

・ 「セントエルモの光」の青い炎に包まれて、雲の中に沈んでいく哨戒機のロングの映像が素晴らしい。そのハイスピード撮影の回転速度もいい。

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少年の目から見た円谷特撮、その3

円谷英二の特撮、NO,3

「スタジオ然の照明」

Dscf0002_medium このカットは東宝、昭和43年の「連合艦隊司令長官、山本五十六」の一式陸上攻撃機、飛行シーンからだが、ミニチュアモデルの表面に、スタジオの照明の光が反射して、実写感をスポイルさせてしまっている。それに大気感、流れる空気を全く感じることができない。

この映画を観たのは、私が高校生のころであり、しかもテレビ放映のものであるが、現在のテレビより明らかに不鮮明な画面で観たのにもかかわらず、このスタジオ然としたミニチュアの映像には唖然としたのみならず、どうしてこういう撮影をしてしまうのかと、怒りを感じたものだった。

円谷特撮では、この映画以前から(つまり小学生の頃から)、飛行機やロケットのモデルの質感が、どうもプラモデルの材質のように表面がツヤツヤしていて、照明の反射光が目立ち、オモチャ然に見えると感じていたものだが、特に、この一式陸攻のモデルの撮影はひどいと感じた。

どうして、こうなるのだろうか、モデルの材質にもよるだろうが、ミニチュアの細かい操演をする場合、どうしてもスタジオの屋内で行うことになる。そうすると当然、ライトによる照明を使うことになるが、もっと太陽光的演出ができないものだろうか。

このようなマズイ照明の当て方は、円谷氏以降の特撮映画、「首都消失」のミニチュア飛行シーンなどでも頻繁に見られたもので、何ら改善・工夫が成されていなかった。

ミニチュアモデルを使った撮影は、太陽光下で行へば、圧倒的実写感が得られるもので、過去の円谷特撮の例では、「世界大戦争」での東側の爆撃機を下から仰ぎで撮影したオープンの撮影シーンは、実写と見間違える優れた映像だった。

できることなら、こういう撮影は自然な太陽光を使って撮影するべきである。

しかし、スタジオ内で、人工光の照明により圧倒的実写感を演出した映画がある。

「ライトスタッフ」がそうだ。

Dscf0004_medium Dscf0005_medium ロケット機、X-1がB-29から離脱するシーンは、小さなスタジオで人工照明により撮影された。この自然な光とモデルの実機的存在感はもうしぶんない。

この「ライトスタッフ」では、もう一つ、絶対に特撮とは気がつかない優れたカットがある。

Dscf0007_medium このカットがそうで、飛行中のB-29と落下するロケット機の存在感はもう完璧であり、私は完全に実写フィルムを使ったものと思っていたが、ミニチュア特撮である。この霞んだような大気感のすばらしさ。それにカメラを振動させ、あたかも別の撮影機からエアリアル撮影したかのような演出のセンスは見事である。

こういう優れた撮影センスは、日本ではミニチュア特撮よりも、最近のVFX映像でようやく観られるようになった。野口光一氏の映像などが該当する。

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