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2009年9月

Bonnie and Clyde

俺たちに明日はない [DVD] DVD 俺たちに明日はない [DVD]

販売元:ワーナー・ホーム・ビデオ
発売日:2009/09/09
Amazon.co.jpで詳細を確認する

洋画メモ、NO,75、NHKBS

1967年、WB、ビスタサイズ?、112分

監督- アーサー・ペン、制作- ウォーレン・ビーティ、撮影- バーネット・ガフィ、

音楽- チャールズ・ストラウス

出演- フェイ・ダナウェイ、ウォーレン・ビーティ、ジーン・ハックマン、マイケル・J・ポラード、エステル・パーソンズ

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この映画の邦題が、私には大げさで陳腐に聞こえ、また配給会社の、いかにも客が沢山観に来るだろうという魂胆が感じられ、反発したくなるので、あえて原題どおりとした。

日本でつけられた題名の意味は、出演者でもあるプロデューサーのビーティにも知らされただろうが、それに彼はどう反応しただろうか。恐らく笑うか怒るかしたと思いますがね。

この邦題が超有名であるためと、前記のとおり、まるで悪ガキ中学生が取って付けたような題名であることもイヤで、あえて観なかった映画のひとつ。

ラストシーンも超有名で、以後の映画でもオマージュやパクリで使われた。ああいうシーンでは特殊効果マンが大忙しで、車の弾痕には、ボディに穴を開けたあと、コードに繋がった火薬をセットし、また穴を塞いで塗装・ワックス塗りと、大変手間隙がかかるようだ。

また、役者も、体にセットした火薬の破裂によるショックは、結構痛いものらしい。

なんでも、実際は二人で87発の弾丸を浴びたという。映画ではドラムマガジンのトミーガンを3人が発射していたので、つまり合計150発全弾のうち半分以上の弾を喰らったことになる。

ところで、こういうタイプの映画では、説明不足の省略が随分とある。

ボニーは母親が恋しくなり、とある空き地で親戚衆とともに無事、なんなく再会することが出来る。母親の家も警察にマークされているというセリフが前のシーンであったはずだが、ここで私は「オヤッ?」と感じた。

また、あの悪党たちは、いつのまにかトミーガンと手榴弾を手に入れている。銀行強盗だけでなく、ガン・ショップも襲ったというシーケンスを省いてしまっている。これも「オヤッ?」と感じた。

しかし、この映画が作られた時代では、ベトナム反戦活動や、ヒッピー、マリファナなどに影響された若い連中がいて、こういう細かいことなどドーデモ良かったのかもしれない。

2,3発ひっぱたいてやりたいような女性を演じたエステル・パーソンズがアカデミー助演女優賞をもらったが、C.W.モスを演じたマイケル・J・ボラードも良かった。

このブサイク顔の俳優さんも、何かの映画でアカデミー賞候補になっていたはずだ。目の演技など、自然な芝居のうまい人だ。テレビ「スタートレック」で不良少年のリーダーを演っていたのを記憶している。

フェイ・ダナウェイの欲求不満顔の演技もよかった。

撮影はカメラのピントあわせがうまい。

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牛首峠・その2

エイプ100ツーリング・メモ、NO,7

2009年9月21日(月)

Cocolog_oekaki_2009_10_04_20_35

楢峠を過ぎ、幽霊県道34号線を、利賀村に向って高原地帯を10分も走ると、あまり高低差の無い二つ屋峠で、鉄骨の立派なゲートに遭遇、がっちり施錠してあった。しかも両端はパイプで補強し囲ってある。つまり「オートバイも通行まかりならぬ」という訳だ。

これには反骨精神が湧いてくる。身軽なバイクくらい通してもいいではないか。ハイカーだって通るであろう。どうも日本の役所というのは頭が固い。

なにか石の上に板でも乗せて、ジャンプ台を作り、「大脱走」のマックィーンのように飛び越そうか。しかし、板もないし、そんな勇気もない。

良く右側を見ると、竹やぶの所だけ少し開いている。上りになっているが、なんとかローギアで登り、バックで降りれば通れそうだ。強引にやってみると邪魔なパイプの上あたりでエンストしてしまった。この体制ではとてもキックして再スタートできない。そこで、エイプのシートの後ろを持ち、「エイヤッ」とばかり45度ずつ方向転換して通すことが出来た。

エイプの重量が約88キロという軽量だったため出来たことであり、250ccのオフロードバイクではギックリ腰になるだろう。エイプ万歳。

ゲートを過ぎてからは、多少ガレがあるが問題の無い林道。草は生えているものの、四輪でも通行に支障がない。しだいに高度が下がっているのが分かる。

途中、崩れているところがあり、4輪には「ヒヤッ」とする箇所だが、バイクにはノープロブレム。 道の崩れより恐怖感が湧いてくるのは「クマちゃん」との遭遇。先日も、乗鞍岳で多くの方が、クマちゃんとの不自然な遭遇によりケガを負われた。私もカープの向こうでバッタリ遭遇しないか不安で、クラクションを鳴らしまくり走行した。

この水無川の谷に降りていく九十九折の林道は、20年以上も前にゴリラで通った時は、記憶では谷が良く見渡せるガレの多い乾いた道だったはずだが、歳月はうっそうとした林の中の道に変えていた。路面はジメジメしていて、ここしばらく雨も降っていないのに水の流れのある箇所も多い。 エイプはフロントフェンタ゜ーをプチ改造で下げてはいるが、水滴や濡れた小石を跳ね上げた。

この下りの道が最も心細かった。林の中から緒方拳の妖怪「ぬらりひょん」が「ウリャー!」と飛び出してきそうだった。もっとも「ぬらりひょん」はインテリなので話せばわかるのだが。

20分ほどで、下り道は終わり、横に水無川の源流の沢がある辺りを進むと、やがて清流が幅2メートルほど横断する箇所に至る。

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ここを過ぎると水無ダムまで舗装路となり、バイクには快適な道となる。ただし、この横断沢は、この先10箇所以上あり、そのたびに減速させられ、ソロソロと渡るという、まことにウザい存在であった。しかも1箇所、水コケがあるところでは、危うく滑ってコケそうになった。水の中にバイクをコカすというのは、ヘタをするとエンジンを水による急激な冷却で破損させる場合もあり、禁物である。

舗装路になったので、横断沢の所以外は時速40キロから50キロで走行していくと、右に平屋の一軒屋があり、3家族ほど、10人くらいの大人・子供が表でバーベキューをしていた。ここは別荘なんであろう。周辺は別に別荘地でもなく、この家だけで、ちょっと意外な遭遇であった。

この別荘を過ぎると水無神社の前を通る。道の前にりっぱな鳥居があるが、その後ろは長い階段の上に本殿があり、参るのもくたびれるので素通りする。

左の水無ダム湖を見ながら、完璧に舗装された道を10分ほど、ご機嫌な気分で走るとアッケなく水無ダム(利賀ダム)に到着。さて、このダムを渡る道が通行止めになっているか懸念していたのだが、重力ダムの上を通行するゲートは開いていた。他のブログでのレポートを読むと、たいていこのゲートは閉じているのだ。ラッキー。

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もし、このゲートが通行止めであれば、このダムの下流に沿う県道34号線を進み、途中で左折し、牛首林道へ通じる支線の林道を走る予定であった。この林道は大回りになるものの、走ってみたい林道ではあるのだが、次回の楽しみにとっておく。尚、ダムからは34号線はガケ崩れのため通行止めだった。でも、バイクはすりぬけられそう。

ダムを渡ると、再び未舗装路であるが、道幅は広い。日当たりがいい道で、砂ぼこりが酷い。500メートルほど進むとキャンプ場があり、テントが10ハリほど設営されキャンパーがくつろいでいた。駐車場もひどい砂ボコリ。キャンプにふさわしい場所には見えないが、ただ、釣りは楽しめるだろう。

兄弟車、XR100・モタードが停まっていた。隣に停車し、一緒に記念撮影でもすればよかったが、気が小さいのでやりすごす。

キャンプ場を過ぎてからの道はいかにも林道という、車一台やっとの幅の、しかしバイクには楽しい道となる。ガレはそれほど無い。しだいに高度が上がっていくがキツイ登りではない。道の左下は崖であり、ガードレールは無く、油断は禁物。

所々、空いている道の脇にトヨタ・ハリヤーなどのリッパな4駆車が停車しているが、みんな釣り客のものだろう。

キャンプ場から15分で二股に分かれ、左の路面が堅そうな道を選んで進むと大きな沢に出てしまった。この林道は別の山に行く支線と判断。引き返し、二股の右を行くも、ここはキツイ登りであり、しかもかなりのガレ場道。タイヤがバンクしないよう、ゆっくりローギアで進む。こんなところでバンクしたらどうすればいいのだろうか。対処法無し。

さらに、狭い、両側から草が迫ってくる登り道を、時速20キロでセコギア走行。この道でいいのだろうか。少し不安になる。

するとやがて四辻に至った。林道が4本交わっている。「><」状の形態。地図でもこの箇所は記憶していたので、牛首峠に来たと判断する。振り返ると案内が無造作に草葉の陰に置いてある。

Dscf0047_medium 自分はこの案内の右側から登ってきたわけだ。

さて、峠を下る道は2本のうちどちらだろうか。黒澤映画「用心棒」の三十郎のように棒っきれを空中に投げて、どちらか落ちた方向に進もうか。道をよく観察すると、右側の路面がよく踏み固めてある。この道を選んで20メートルほど進むと石碑があった。

Dscf0048_medium イヤー、この記念碑が見たかったのである。とうとう目的達成。他の人のブログレポートで、この石碑をさんざん見ていたが、実物を見られて感無量。前の路面にはマックス・ターンの輪ッカの跡がある。以前、ライダーが嬉しがってやったのだろう。

峠を越えると、白川村の領域になるのだろうか。なにか林道の質が変わっている。道幅は少し広い。草はほとんど無い。多少ガレがあるが、2駆の4輪車でも支障の無い道。ほんとうに一般の林道というスタイル。

時刻は2時半というところで、全線、日当たりがいい。ただ、一箇所、がけ崩れがあり、強引に土盛りを4輪車が通った部分があった。ここは4駆でなければ苦しい。もちろんバイクにもノープロブレム。

高圧鉄線を上に見る辺りだろうか、道脇に、小石と岩で盛られた広場と、かつて民家が存在していたという牛首地区の碑があり、そこで一服。リポビタン・ファインを飲む。こういう離村地区の先祖は大概、平家の落ち武者であると伝えられている。(この碑文はスタンリーフォトに貼り付け)

さらにガレ道を時速20キロで下っていくと、右側、はるか下に青い湖面を発見。庄川のダム湖である。とうとう、白川村まで降りてきた。道脇のススキの穂の間の遥か向こうに、東海北陸道と、白川インターから降りる道が見える。シルバーウィーク故、本線も、国道158号線さえも大渋滞している。

渋滞状況をワキ見しながら進むと、いきなり舗装路となった。林道からターマック(舗装路)になる時のうれしさというのは、車のドライバーよりライダーの方が大きいのではないだろうか。「ホッ」と疲れが吹っ飛ぶ感じで、肩の緊張がほぐれ、気持ちがいい。

この林道の最終出口、白川村には鉄柵のゲートがあり、苦労して通ってきたライダーは一瞬、落胆するだろうが、ご心配なく。鍵は掛かっておらず、開けて通り、また閉めればよい。

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これで牛首峠、踏破終了。時刻は3時。意外とアッケナク目的を達成できた。ひょっして、野垂れ死にする可能性もありと、ショルダーバックにはサバイバル用品を入れていたが、ちょっと大げさな準備だったようだ。しかし、水無ダム・キャンプ場からは一台の動いている車もバイクも野生動物も「ぬらりひょん」とも遭遇しなかった。

白川村では丘に登り、ソフトクリーム300円を食べる。これがマズかった。たんなるシャーベットである。水分補給に自販機で「ウルトラサイダー」を飲む。これは100円であるが、円谷プロの版権を得たならもっと高くていいものだが、安いということは、逆に円谷プロが宣伝料を飲料メーカーに払っているからだろう。私が飲んだ缶のデザインは「セプン」のものだった。いい歳こいて。

Dscf0056_medium この白川村の遠景と同じアングルが東宝「フランケンシュタイン対地底怪獣バラゴン」に登場する。怪獣が出たというので、村人や消防団員たちが合掌造りの間を右往左往している。40年以上も前の映画だが、当時、撮影に協力した村人たちは現在、ご健在だろうか。

帰りの国道360号線、天生峠越えは、登りも下りもゴキゲンのコーナーリングだった。

特に九十九折の下りは、エイプのしっかりしたディスクブレーキと、レスポンスのいいエンジンで、車でのコーナーリング・テクニックである、「ヒール・アンド・トゥ」と同じ要領で操り、車を引き離した。

天生峠の気温は16度くらいだったろうか、厚着した判断が正しかったおかげで、まったく寒くなかった。

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牛首峠・その1

エイプ100・ツーリングメモ、NO,6

2009年9月21日(月)

Cocolog_oekaki_2009_10_04_20_10

数年前より牛首峠を踏破したいと思っていた。

が、ネットで検索してみると、なかなか手ごわい峠らしい。最大の関門は通行止めであるが、たとえ、施錠したゲートがあっても、オートバイなら、道の端からスリ抜けられるものだ。スリムで軽いバイク、エイプならなんとかなるだろう。

また、道路工事などで通行できない可能性もあるが、本日は祝日とあって、それも無いものと予想した。この道路工事というものは、実は苦手で、アチラは汗水垂らして労働をしているのに、コチラは遊びで来ているので、後ろめたい気持ちにさせられるからだ。彼らの視線を受けて脇を無理に通ることも出来ず、アッサリ引き返してしまう。

道路工事に従事している方々は、大変働き者で、土曜日も仕事をしていることがあるので、林道ツーリングは出来るだけ日曜日に行っている。本日は祝日でも月曜日。少し心配だ。

ということで、昼食を早めにとり、午後12時に出発。晴れ時々曇り、気温23度。行楽日和でウォーキングなら半袖でもいいのだが、風を受けるバイク走行には、じっとしている時で暑く感じるほどの厚着にしたほうが良い。

ラクダの股引と爺シャツ、薄いセーター、薄いジャケット(選挙運動のスタッフが来ている色のハデなヤツ)2枚という出で立ち。バイクに跨り、エンジンのキックでは汗がにじみ出る。しかし、このスタイルは後で大正解の判断だったと分かる。

楢峠の入り口、飛騨市河合町、角川までは、いつもの裏道を使う。エイプ100なら国道41号線を車の流に乗って十分走行できるのだが、やはりマナーの悪い4輪車が車間距離を開けずクッツイテくることが多く、腹を立てるのも損なので、国道は避けた。

国道360号線の角川に入り、スタンドで給油。イザという時のために満タンにするも2.2リッターしか入らず。エイプの平均燃費はリッター40キロくらいで、燃料タンク容量は5.5リッター。従って給油の量は車の十分の一という感覚でよい。ガソリン代はワンコインで済むので笑ってしまうが、有人のスタンドでは支払いのとき申し訳なく感じる。

国道360号線から右折して楢峠へと通じる国道471・472号線の入り口で、道路標識の記念撮影。この標識は他のブログでも多く掲載されているが、改めて載せる。

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白いペンキで塗りつぶしてある部分は、おそらく「富山・八尾町」であろう。

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これが俗に言う「酷道」471・472号線のオムスビ標識。

前回、ゴリラでこの峠を登ったときは、最大・時速30キロから、時には15キロという速度で40分ほどかかったものだが、今回は40キロから最低でも35キロで登れた。途中3台の車と1台のオフロードバイクにすれ違う。もう4度目の走行だが、キツイ峠道だ。車では離合が困難な箇所があり、4輪で来るのは御免こうむりたい。

15分ほどで楢峠を過ぎる。100メートルほどで二股に別れ、案内標識がある。

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消されている部分は県道34号線・南砺-60キロ。

この消されている水無川方向の道端には「通行不能」の看板も置いてある。通行不能とは4輪車に対してのことであり、オートバイは無視してよい。自己責任で進む。

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この当たりはちょっとした高原であり、両脇に草ボウボウと茂る快適な林道を10分ほど進む。時速は20キロ前後。やはりコケたくないのでこの速度。結局、ゴリラの林道走行と変わらぬ。

すると通行止めのゲートに遭遇した。鉄製のガッチリしたゲート。数字を合わせる鍵が掛かっている。番号は知る人ぞ知るで、知ってしまえば何処のゲートでも同じらしいが、生憎、私はそちら方面の人とコネが無く、番号を知るスベもない。

この続きは次ぎのレポートで。

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H-ⅡBロケット打ち上げ成功を祝う

ロケットエンジン Book ロケットエンジン

著者:中村 佳朗,鈴木 弘一
販売元:森北出版
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H-ⅡBロケットより分離された、国際宇宙ステーション・補給船、HTV(H-Ⅱ.Transfer.Vehicle)が無事、ISSにドッキングして、ミッションが成功した。

おめでとうございます。

ロケットの打ち上げは、目的の衛星が機能を果たしてこそ成功といえる。

よく、打ち上げをモニターで見守っているJAXA以外の方々を見ていると、カウントダウンがゼロとなり、エンジンに点火、リフトオフして数秒後に「ヤッタ・ヤッタ・バンザーイ」と大喜びをしているが、私はとてもそんな気持ちになれない。

それに私ばかりか、JAXAや三菱重工の携わった人も、そんな彼らにはシラケタ目を送っているのではないだろうか。

ロケットの打ち上げは、始まったばかりであり、これからが勝負。メインエンジンは、例えば450秒間燃焼するとすれば、449秒でターボポンプに不具合が生じ、爆発するかもしれない。燃焼終了の一秒前まで喜んでいられないのだ。

燃焼が終了しても、第二段エンジンに点火するか、いやそれ以前にSRBがうまく分離するか、一段目と二段目がうまく分離するか、衛星のフェアリングがうまく開くか・・・等々、心配ごとが沢山なのである。「バンザイ」などしていられない。

ということで、私は、打ち上げが終了しても、HTVがドッキングするまでは、喜ぶのを控えていた。

ところで、今回のH-ⅡBロケットはメインエンジンを2個くっつけ、日本初のクラスター型とし、さらにSRBを4本として、総推力、約1000トン以上の、ほんとうに大型のロケットとなった。

推力、約1000トン以上とアイマイにしたのは、現在の推力表示がトンからキロ・ニュートンとなって、極めて生活観から離れた、分かりにくい単位になったためだ。

キロ・ニュートンの数字から、トンにするには、1割引けばいいようだが、ピンとこない。それに比較してトンは1キロの1000倍であり、65キロの体重がある私は、0.065トンである。極めて分かりやすい。私を空中に持ち上げるには、約0.07トンの推力のロケットエンジンを背中にしょえばいいわけだ。

話は変わるが、私はガキのころからロケットの打ち上げや、噴射する燃焼ガスを見るのが大好きで、毎回、打ち上げ映像はロケットの下ばかり注視しているが、H-ⅡBロケットでは、SRBが4本あるせいで、その固体燃料の大量の煙りが発射台に充満し、肝心のメインエンジンの美しい、昼間だと、ほぼ透明の燃焼ガスが見えず、残念だった。

これはSRBの本体への配置が、丁度撮影するカメラの方向に向いていて、メインエンジンを隠してしまっているのにも原因がある。また、SRBの炎が明るすぎるも一因だ。

スペース・シャトルもそうだが、この固体燃料ロケットの燃焼というのは、ケムリ・モクモクで、炎も大きく広がってしまい、ロケットファン(少なくとも私)にはあまり評判のいいものではない。

燃焼ガスの見事な眺めは、固体燃料を使わないロケットで見られ、なんといってもアポロを月へ送った、サターン5型・第一段がナンバーワンである。

そのエンジン、F-1は燃料にケロシン(灯油)を使い、総推力は約3500トン。燃焼ガスの噴射速度は秒速3000メートルで、水素を燃料にしたスペース・シャトルのメーンエンジンの秒速4000メートルよりは遅いが、それでもファンジェット・エンジンの噴射エア速度より10倍という速さでガスを発射台に叩きつける。

--- アポロ11号、サターン5型の打ち上げ、超ハイスピード撮影・発射台映像。3分30秒過ぎからの映像が圧巻。

http://www.youtube.com/watch?v=wSv5383Dpvs&feature=related

--- アポロ8号打ち上げ、通常撮影の映像。もっとも状況が分かりやすい。

http://www.youtube.com/watch?v=XKtH0uzg8wU&feature=related

音速の約8倍の速度の燃焼ガスが、発射台のガス抜き穴などにブチ当たると、衝撃波が発生し、ソニックウェーブのベイパー(霧)が飛び散るのが時々見られ、これまたロケットファンを喜ばせる。

衝撃波は上昇中にも発生し、地上に達すると「タン・タン・タン・・・・」という太鼓を叩くような音として耳に聞こえる。この音もロケット打ち上げの醍醐味である。ロケット・エンジニアもこの音が大好きらしい。

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エイプ100、慣らし運転終了

エイプ100、ツーリングメモ、NO,5

2009年、9月13日(日)

土肥中の自宅から、高山市荘川町まで、国道158号線のツーリングを決行。

この道は、車でもゴリラでも何十篇とドライブしているお馴染みの道。この国道の上を東海北陸自動車道が通っていて、たいがいの車はそこを利用するので、近年は極めてすいている国道となり、バイクや車好きの利用する率が高い道となった。

我が友、エイプは慣らし期間の500キロを過ぎ、オイル交換。今までトップギアで時速70キロまでしか出していなかったが、今では最高80キロまで出すようになった。エンジンは快調。

気が付いたことは、このエンジンは、まるでツインカムのように軽快で、まるで電気モーターのように廻ること。アクセル・レスポンスもいい。さすが10000回転も廻ったCB50の血を受け継いだ縦型エンジンだけある。むしろ、もっと小さいゴリラのエンジンのほうが、レスポンスはドン臭い。

まあ、ピストンの大きさは缶ビールの試飲缶くらいの大きさしかなく、つまり慣性力が小さく、物理的にこれくらい廻っても不思議ではないのだが。

途中、小鳥峠は4速ギアで時速60キロをキープできた。ゴリラだと3速で30キロが限界のところだから、大分違う。登り2車線の道なので、この速度なら幅寄せでイジメられることもない。大きな声では言えないが、かって私は、この追い越し車線側を、車で120キロで走ったものだ。70キロ・オーバーである。捕まったら逮捕だろう。ワシはアホじゃった。

荘川町までは、この小鳥峠と、標高1080メートルの松ノ木峠、そして新・軽岡峠(トンネル)がある。これらの峠の下りと水平な道は、大体、時速70キロをキープして走った。これでも制限速度から場所によっては10キロ・20キロオーバーなんである。

しかし、まあ、80パーセントの車は70キロ以上で走っている。こちらも安全上、仕方なくこの速度にならざるをえない。本当は、50キロ・60キロで、景色を見ながら、ノンビリ走行したいものであるが。

荘川町には道の駅があり、ここで一服。荘川インターから出た車が大渋滞していた。上りで事故があったらしい。

Dscf0009_medium 道の駅にて。

右端がエイプ君。隣2台はBMWの大型バイク。

荘川町に行った目的の一つは、町屋と言う地名の場所に、「コニー」という昭和30年代の軽自動車の廃車が道に捨ててあったのを覚えていて、この超レアな車の写真を撮ろうとしたためだ。が、行ってみると既に片付けられていて、あった場所には草っ原しか存在していなかった。20年も前から在るのを知っていたのだが、残念・残念。

さて、エイプ君は、プチ改造を終えた。

その一つがフェンダーの下げ。

これには、「デイトナ」という会社のオフセットキットを約8000円でネット購入し、バイク屋に取り付けてもらったのだが、バイクのフォークとキットのクランプのサイズが一致せず、結局、バイク屋で手作りのワッシャーを噛ませ、なんとか取り付けてもらった。

メーカーに問い合わせると、新型エイプ100・タイプDには合わないとのこと。それだけでなく、左フォークのボルトがフェンダーに干渉してしまう。ここもフェンダーに穴を開けてもらい、なんとか解決した。世話の焼けるキットである。これから購入する方は注意していただきたい。

Dscf0007_mediumオフセットキットで、すったもんだの挙句、ようやく下げたフロントフェンダー。

これで、評判の悪かった水ハネや小石ハネが少しは緩和する。

もう一つは、これも評判の悪い、堅いシートにカスタムカバーを付けること。

これも「ナイトロ・ミニ」という会社のカバーを約8000円でネットで購入し、シートに取り付けたのだが、また、シート下のバッテリーか何かに干渉して、シートが浮き、シートを取り付ける二つのネジ穴が合わなくなってしまった。結局、片側1個のネジだけ何とか取り付け、そのままにしている。

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取り付けたシートカバー。ネジ穴がどうしても合わない。

ネジが一つ外れているのは気なるが、乗り心地は大分改善された。オリジナルのシートのままでは、10分でケツが痛くなったものだが、これでロング・ツーリングできる。今回のツーリングでも、それほど気にならなかった。

結局、なんだかんだで、20000万円近い超過予算を食った。ほんとうに世話の焼けるバイクである。

エイプの走行距離は、1000キロを超えた。もう心おきなくエンジンを廻せる。

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小萱峠

エイプ100、ツーリングメモ、NO,4

2009年9月10日(木)

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飛騨市神岡町の道は、なかなか複雑でトリッキーだが、流葉スキー場下の山田町から、最近出来たトンネルの上の峠(何峠か不明)を越え、しばらくフラフラと上宝町に向けて走っていると、2車線だった舗装路が次第に狭くなり、1車線になって山の中へと上昇する道になった。

たぶん、これは、話に聞いていた高山市上宝町・蔵柱まで通じる林道への入り口と判断し、そのまま上昇していく。

当初、飛騨市神岡町・小萱(こがや)の道は舗装路であったが、途中に「落石・通行禁止」のトラ柵が置いてあり、しかし、2輪には問題ないと予想し、無視しして進むと、やがて道はダートになった。

進んでみると、落石は無く、道端に少し崩れているところにトラ柵が一つ置いてあるだけで、4輪の走行にも問題の無い程度のものだった。

さて、ダート走行はエイプ100では初めての経験となる。やはり、コケたくない。バイクを壊したくない。ケガしたくない。で、スピートは控えてしまい。結局、ゴリラのダート走行と変わらない、セコギアによる時速20キロでの走行となった。ガレはほとんど無く、エイプのサスもしっかりしているので、ノープロプレムで走行。

道は普通4輪車がやっと通れる幅。ガードレール、カーブミラーがしっかり設置してあるが、わだちの両側と中央には草がボウボウと生えている。が、水溜りや穴も無く、走りやすい。

カーブが多く、草を避けつつ、チンタラと走るが、カープの向こうにクマちゃんがいないか不安で、ついクラクションを鳴らしてしまう。それで逃げてくれればよいが。

クマちゃんがいたらどうしようか、こちらにツッカカッテ来られたら、ユーターンして逃げるのだが、エイプはゴリラより回転半径が大きいので、方向転換に往生するだろう。しかし、250CCクラスのオフロードバイクだと、もっとユーターンは時間が掛かる。

それとも、そのままバイクでクマに体当たり、前輪でラリアートを喰らわすしかない。月の輪グマというのは、ヒグマよりずっと小さいので、案外ダメージを与えられるだろう。

やがて15分くらいで、峠に到達。峠には約束どおり、記念碑と祠、案内板がある。

Dscf0064_medium この案内板には、峠から、地図では神社のマークがある「天の岩」という祠へ行くトレッキンクロードの道順が書かれている。なんでも展望台もあり、北アルプスが眺望できるらしいのだが、歩道であり、またトラ柵で通行止めになっているので、エイプで行くのは諦めた。次回の楽しみにとっておく。峠の標高は900メートルくらいと思われる。

峠からの下り道は、相変わらずのダートだが、高山市側となり、道の質が違っていた。ガードレールは無く、その代り道幅は広い。草は全く無く、4輪にも走りやすい。日当たりの良い山側で、暖かい。

やがて、15分ほどで、傾斜がゆるくなり、舗装路となった。蔵柱川の橋を渡り、大坂峠・本郷への本線に合流。

Dscf0066_medium Dscf0065_medium 今回で、また新たな峠を発掘した。「天の岩」トレッキングも楽しみである。この峠は4輪車でも楽々走破できるので、オススメ。神岡-蔵柱間のショートカットにもなる。

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真空地帯

 独立プロ名画特選 真空地帯 独立プロ名画特選 真空地帯
販売元:セブンアンドワイ
セブンアンドワイで詳細を確認する

邦画メモ、NO,50、DVDレンタル

1952年、新星映画、スタンダード、白黒、129分

監督- 山本薩夫、撮影- 前田実、音楽- 團伊久磨

出演- 木村功、利根はる恵、神田隆、加藤嘉、下元勉、西村晃、佐野浅男、岡田英次、金子信雄

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戦後のGHQによる規制が無くなり、戦争物作品が制作できるようになって、それまで表現しようにも出来なかった軍隊への憤懣を、いっきに爆発させて出来たような映画。

戦争から7年しか経っていないので、ほとんどのスタッフ、役者は軍隊の内部状況を経験済みである。したがって描写はとことんリアルであり、すさまじい。

現在の若者が、ろくすっぽ取材・時代考証もしないで造る甘い戦争物映画など、この映画を観たら、ちゃんちゃら可笑しく観ていられない。

ジャニーズ系のジャリタレをひっぱり出してきて、長髪のまま、まともな敬礼も出来ない、軟弱な姿態の兵隊にしたてあげる映画製作者・スタッフはこの映画を観て猛省していただきたい。

陸軍内務班の実態をさらけ出した映画第一号ではないだろうか。後の映画「二等兵物語」、「陸軍残酷物語」、「兵隊やくざ」などは、確実にこの映画の影響にある。

旧日本陸軍、恒例のビンタシーンはすべて実際に殴っている。殴られ、よろけるのも演技ではない。一番多く殴っているのは初年兵係りの一等兵役、佐野浅夫ではないだろうか。主人公、木谷の木村功も、初年兵から3年兵まで20人ほど本気で殴っているシーンがある。この撮影現場の気合には圧倒される。

この本気ビンタ・シーンのある映画は数多あるが、恐らく、一番多いのはこの映画だろう。出演した西村晃のインタビューが特典映像にあるが、撮影現場では、監督・スタッフ、それに殴るほうも殴られるほうも、ものすごい緊張だったという。

陸軍内務班では、上等兵より、4年兵の一等兵がデカイ顔しているという実態はこの映画で分かる。初年兵はたとえ一流大学の出でもボロ雑巾のような扱いを受ける。この描写は後年の「兵隊やくざ」、テレビ「どてらいやつ」でも使われた。

インテリ3年兵の曽田一等兵が虐待を受けた初年兵に優しく諭す。「軍隊というところは人間性を奪うところです」。この言葉がこの映画のすべて。

木村功の演技歴のなかでも渾身の作品。いや出演者全員も、「くそ陸軍め、ザマーミヤガレ」という気迫を感じる。

軍隊の本モノのビンタも、実際は歯が折れるほど酷かったのではないだろうか。そこまでは映画ではやれない。

追記: 映画のミス

軍法会議での憲兵長の岡田英次が喋っているシーンで、背後の壁に、ブームに吊り下げた録音マイクの影がはっきり写っているカットがある。

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鳥屋峠・ツーリング

エイプ100、ツーリングメモ、NO,3

2009年9月5日(土)

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鳥屋峠(とやとうげ)というのは岐阜県高山市・高根町、中之宿から秋神の宮之前に通じる峠。

宮之前のある秋神川に沿っては人家が点在していて、その上流には秋神温泉がある。このあたりは、たしか飛騨の忍者が出た処と聞いている。「赤影」の出身地である。

この峠は権現トンネルが出来る前は、恐らく数百年も前から、中之宿から秋神へと通じるショートカットの峠だったと思われる。しかしトンネルの出来た現在は、あまり意味のない峠になってしまった。

とはいえ、もし、権現トンネルが事故で不通になれば、この峠は迂回路となり、知っていて損はない。

この峠道、めったに車も通らないのに、完璧に舗装されている。初めてゴリラで走破したときは、何でこんな峠道が舗装されているのかと驚いたものである。

ということで、今回はエイプ100の馴らし運転も兼ね、2回目のツーリング。

まず、国道361号線の、小型バイクには恐怖の長い権現トンネルを避けたいので、旧道361号線の久々野ダム、朝日ダム湖ぞいの道を走る。この旧道は廃道であり、2輪のみがなんとか通行できる。4輪車は途中の橋にコンクリート製の車止めがあり、通行は不可能。道の両端から草が茂っているが、バイクには天国の道である。

まず、久々野ダム手前、道路上で、たくさんの岩石の塊に遭遇する。岩石は最大直径30センチ程度のもので、大きいの小さいのゴロゴロと20コほど点在している。こんなものが頭に落っこちてきたら敵わない。足早に素通りすれば大丈夫とアクセルを吹かしたが、接近してみると、この岩石に見えた塊は、なんと猿軍団であった。つまり猿岩石である。

こちらは、お前らより進化したエイプである。ソコノケ・ソコノケ。猿岩石を蹴散らして進む。コヅラ憎い(飛騨弁)キャツラは、時として石をぶつけてくることもあるが、幸いそういうことは無かった。このモンキー軍団は最近では高山市街にも現れたらしい。ゴリラとエイプと退化した猿(私)の縄張りを侵害しては困る。ところでホンダ・モンキーも欲しいものだ。これが手に入れば、モンキー・ゴリラ・エイプのホンダ・エテ公バイク、3兄弟がそろう。

Dscf0043_medium やがてダム湖沿いの道も終え、361号線の鉄橋たもとに合流。道の駅も過ぎて小さなトンネルを越えると民家がある中之宿に到着。ここで右折。案内標識がある。

Dscf0045_medium 完璧に舗装された道を昇っていくと、なんとこんな所にも民家が点在している。標高は恐らく1000メートル以上。

                                               

Dscf0046_medium民家から乗鞍岳の右側がよく見える道をさらに上昇する。道路は完璧に舗装されているが、小枝・葉っぱがいたるところに点在。いかに使われていない道路であるかが分かる。

Dscf0047_medium 鳥屋峠・頂上。標高約1300メートル。猪之鼻牧場への道はゲートがあり通行不能。牧場入り口の反対側にもダートの林道があり、つまり十字路になっている。

                                                                   

Dscf0053_medium 峠を越した下りも、このように最近舗装整備されたような完璧な道路。ただし、最終の地点に近づくと、簡易舗装の部分があり、路面に青ゴケが生えていて、ブレーキングに神経を使う。道の下には沢が流れていて、妖怪「小豆洗い」がいそうだ。もっともこの妖怪は人には害を加えないが。

Dscf0055_medium 峠道、最終地点、橋がかかっているが、こちら側、本線からは極めて見つけにくい場所。標識は目立たない場所にある。右に行けば秋神温泉へと通じる。左は権現トンネル方面。

峠道の全長は、地図では長いように感ずるが、20分程度でクリアできる。

ゴリラの走行では、ほとんどセコギアで時速20キロ、たまにサードギアで30キロという速度で峠を登ったが、今回のエイプ100では、35キロから50キロという速度を維持できた。

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ゴリラ、2万キロ突破

ゴリラ・ツーリングメモ、NO,6

2009年、9月2日(水)

Dscf0031_medium 1980年5月に、東京・上野のバイク屋街で65000円で購入した中古のゴリラ君は、走行距離20000キロを突破した。購入した時のメーターは2000キロだった(たぶんバイク屋で距離を少なくゴマカシてある)ので、私の走行は18000キロである。29年間、途中、甥に譲ろうかと考えたこともあるが、事故を起こしてケガでもされたら後悔するので、結局譲らず持ち続けた。

購入した時分は東京大田区で通学、チョイ乗りに使ったが、その年の夏休みでは、ゴリラで我が実家の土肥中まで帰郷した。 たしか国道19号線・20号線あたりを利用し、大月、甲府、松本、野麦峠、朝日村、高山市へと爆走した。走行距離は350キロ近くあったと思う。

実家に着いたときの燃料タンクには、まだガソリンがタプタプと残っていて、燃料代は500円くらいのものだった。当時、JRを利用すると1万円ほどかかったものである。

このときは東京を朝6時に出発、実家に着いた時間は夜の7時であり、休憩時間を抜けば12時間走り続けたことになる。若かったから出来たことだが、走るのが楽しくて停止するのがイヤだったということもある。

現在もこういう冒険をやってみたい気持ちはあるが、体力が追いつかない。恐らく24時間マラソンのイモトみたいな状況になるだろう。それに今は車がオッカナクて、原付で国道などとても走れない。若い頃は怖いもの知らずだった。

夏休みが終わり、東京に戻るのにもゴリラを使った。結局、卒業して土肥中に戻るのにも使ったので、東京-高山を1往復半したことになる。これは、私の半生で唯一の自慢話、あるいは馬鹿げた話として紹介できることである。

その後、土肥中でも、雨風・風雪のなか通勤に使ったり、休みはツーリングに出かけた。標高2800メートルの乗鞍岳・畳平にも行った。このときはエンジンのガスケットから煙が出てきたものだが、なんとか登りきった。

結局、29年間で、飛騨の峠道はほとんど制覇してしまった。当初はオイルの量をこまめに点検せず、エンジンを焼きつかせたこともある。どうなるかというと、いきなりエンジンから「カン・カン・カン」という甲高い音が発生し、急速にパワーダウンする。

しかし、それで絶命、まったく走らなくなると思うとそうではなく、なんとかトコトコと走れるのがホンダのエンジンのすごいところであり、同じエンジンを使うスーパーカブが、販売台数、数千万というのは、世界で絶大な信頼性を得ているゆえんである。

さて、本日はいつもの散歩コースを走る。先日、エイプ100でも試走した道であるが、私の大好きな道。高山市・丹生川から国府町、飛騨市・古川への山坂道、田園農道。全長38キロのコース。

ゴリラにはゴリラの世界があり、時速20キロから40キロでの走行は、大型バイクの高速走行とは違った楽しさがある。モンゴリ(モンキー・ゴリラ)が世界のライダーに愛されているのは訳がある。

そういえば、ゴリラ君の写真を撮ったことがなかった。調子に乗ってブログに掲載。

Dscf0032_medium 高山市・丹生川町、ひだエアパーク公園にて。全長800メートルの滑走路は、ボンバルディア機なら、何とか緊急着陸できるだろう。

Dscf0036_medium国府町の田園道。こういう道をゴリラで走る気持ちよさは、大型バイクでは分からない。

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エイプ100、インプレッション

エイプ100・ツーリングメモ、NO,2

2009年、9月1日(火)

納車の慣らし運転で、300キロ走ってのエイプ100・タイプDの印象をメモする。

・デザイン

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私はエンジンの見えるネイキッド・タイプのバイクが好きで、エイプはその範疇にはいるが、この下に曲げられ、後ろで跳ね上げるマフラーは、ちょっと悪ガキ改造っぽく嫌だった。XR100モタードのようなタイプがお好みである。しかし、実物を見るとそれほど気にならなくなった。その他は昔のCB50のようにスリムでいい。

・エンジン

Dscf0027_medium この黒い物体がナゾだった。フィンとフィンの間にがっちりはめ込んであり、触ると明らかにゴム。熱で溶けそうで、しかも冷却を妨げるうえにエンジンの美しさをスポイルするので当初外したが、ホンダに問い合わせると振動・騒音を除去するインシュレーターとのこと。高温に耐えられるゴムだという。再び取り付けたが、カッコワルイナー。

慣らし運転ではエンジンの回転をあまり上げられず、5速のトップギアで時速70キロまでしか出していないが、メーターの許容速度を見ると、4速では70キロまで、トップギアの5速では90キロまで出せるようである。

ただし、5速の70キロからの加速はなかなか困難で、特に向かい風がある場合や、僅かな上り坂でも、80キロ以上は無理だと思われる。恐らく90キロの速度は下り坂でのみ可能だろう。根本的に制限速度で走るバイクであり、車の流れに乗って走るのが丁度良い。

しかし、かっての私もそうだが、世間のドライバーの3人に1人は、制限速度50キロの道を70キロ以上で走ろうとする。そういう輩が後ろに迫ってくると、このバイクではチト厳しい。私も国道で幅寄せされイジメられた。パイクの大きさが原付並みであることも煽られる一因だろう。

尚、5速では30キロの低速走行も可能で、そこからの加速も容易い。その時のエンジン音は「ペコ・ペコ・ペコ・・・・」とカワイイ音を立てるが、50キロ以上では頼もしい音となる。60キロ以上ではヘルメットの風きり音のため、エンジン音はほとんど分からない。単気筒エンジンの振動を気にする人もいるが、単コロの楽しさを味わうバイクでもあるので、そういう方は4気筒のCB400にでも乗ってください。50キロを超えれば振動は気にならない。

・装備

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メーター周り。チッコクかわいいメーターだが見難い。オドメーターはなんと4桁しかない。メーターはハンドルに対して僅かな傾きがあり、シッカリと止められていないようで、手でひねると水平になるのだが、走行の振動でまた傾いてしまう。気になるレベルではないが。メーターの照明は青色でいい雰囲気。

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ハンドルは幅広で、縮小ハンドルに改造する人も多いようだか、私は全然気にならなかった。かえって大型バイクを操っているようで気分がいい。

Dscf0029_small大不評の硬いシート。10分でケツが痛くなる。マゾッ気のある人にはいいだろうが、ほとんどのエイプ・ファンは他メーカーのカスタム・シートと交換してしまう。1万円近い出費となる。

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大不評のフロント・フェンダー。こんな高い位置にあるため、水ハネには役立たず。路面が濡れていれば、50メートル走っても、バイクとライダーは水玉模様で覆われる。早速、フェンダーをタイヤまで下げるキットを予約した。8000円の追加出費。

・ブレーキ

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フロント・リアとも、ディスクブレーキの効きは最高のフィーリング。長い九十九折りの下り坂でも不安感が全く無い。ドラムブレーキ仕様のエイプもあるが、値段はアップしても絶対にタイプDをお勧めする。下りのコーナーリングの楽しさといったらない。

・総合インプレッション

排気容量の割りに値段の高いバイクである。そのくせ、永年、言われ続けてきたフェンダーとシートの不評が全く反映されていない。ホンダの良心を疑うがその部分が改良されていれば90点。もう2馬力パワーアップしていれば100点満点。

でもバイク人生を始めるにはモッテコイのバイク。いいサスで乗り心地もよく(シートの堅さを忘れれば)、オフもオンもこなせ、軽く扱いやすい。維持費も安い。セカンドバイクとしてもお勧めする。車のめったに走らない峠道はこのバイクにとって天国。ヒラリ・ヒラリと車体を操って最高の気分である。

追記:燃費はまだ計測していないが、カタログ数値では55キロ/リッター。しかし実際に走行した感じでは40キロというところ。タンクが5.5リッターしか入らない(原付ゴリラは9リッター入るというのに)ので、200キロ走行あたりで給油しなければならない。

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