« ゴジラ対ビオランテ | トップページ | 渚にて »

宇宙からのメッセージ

宇宙からのメッセージ [DVD] DVD 宇宙からのメッセージ [DVD]

販売元:東映ビデオ
発売日:2003/06/21
Amazon.co.jpで詳細を確認する

特撮メモ-2回目、NO,35、DVDレンタル

1978年、東映、ビスタサイズ、105分

監督- 深作欣二、 音楽- 森岡賢一郎、特技監督- 矢島信男

------------------------------------------

この映画のソフトが今まで手に入らなくて再確認ができなかったが、DMMでやっとで取り寄せ観ることができた。実に30年ぶりの再会である。

この映画は、公開時、東京、有楽町の映画館で観た。映画館の前の通りには宣伝用に、頭に角が生えた映画の中の戦士が3、4人いた。

「スターウォーズ」の公開前だったはずだが、少し前に観た東宝「惑星大戦争」の酷さに憤慨していたので、あれよりはマシだろうと、多少の期待をもって映画館に入ったものである。

この映画は現在見ると、お笑い映画に近いものがあり、もし友人たちと観れば、お互いに吹きだすシーンがいっぱいあって、酒など飲みながらおおいに場が盛り上がる作品であるが、そんな、まだ人物が出来ていない当時の私は、途中で激怒してしまったものだ。

お笑いのネタは、科学考証(宇宙遊泳のスタイルは酸素マスクだけというインチキ)、衣装、メーク、演技、人物設定(河内のオッサンがいる)、大道具、・・・ などであるが、ただし、特撮についてはあの当時の日本のミニチュア特撮のレベルであり、所詮、ハリウッドとは次元が違うので、良い悪いと言えないものがある。

特技監督は矢島信男氏であるが、私は、飛行体の操演とパイロシーンの撮影は、当時の東宝のレベルより良いと感じた。ただ、巨大ガバナス要塞・・・(「スターウォーズ」の三角形のスターデストロイヤーを、ただ四角形に変えたデザインのもの)・・・が画面手前に向って迫ってくる映像は、巨大なはずの機体が、微妙に揺れていて、いかにも吊りによる操演であることがミエミエであり、シラケタものである。

当時、まず、私が怒りだしたのは、丹波哲郎がロールスロイスに乗って現れるところで、時代感覚が完全に破壊され、イスから転げ落ちそうになった。

その私の頭のスクリーンが30パーセントのダメージを受けた状態で、さらに強烈な決定打を喰らったのは、志穂美悦子の白い衣装にセンタクバサミがくっ付いていたカットである。

これは今回観た、DVD画面でもはっきりと確認できた。始まって36分49秒、彼女の左肩あたりに、昔なつかしい金物屋で売っているアルミのセンタクバサミが「堂々」と写っている。

これで私の頭は破壊された。100パーセントのダメージを受けつつ、呆けた顔で、ダラダラとスクリーンを見続けたのだが、その後、どこかの造成工事現場で撮影されたシーンのバックに高圧電線と高圧鉄塔が見えた ・・・1時間03分20秒付近?・・・ ところで補助パワーも切れ、私は前の座席の後ろにつんのめってしまった。

この映画、当時の外国のフィルムバイヤーが言うには、「あらゆる部分でスターウォーズに似ているが、すべてのシーンで劣る」。

深作監督言うには、「スターウォーズに竹ヤリで挑んだ」。

|

« ゴジラ対ビオランテ | トップページ | 渚にて »

特撮メモ」カテゴリの記事

コメント

お~、懐かしい映画ですね~。当時は有楽町マリオンがなくって、銀座並木座なんて渋い映画館がありましたっけ・・・。
この映画の記憶はおぼろげですが、船が出てきましたよね?あと、登場人物のコスチュームが奇抜だったような・・・。
そうそう、「スターウォーズ」の出来そこない映画でした(笑)。どうあがいたって「2001年宇宙の旅」のようなものは出来そうもないから、「スターウォーズ」路線をねらったのでしょうけど、竹ヤリでは歯が立たたず、玉砕してしまったかも(汗)。再見する時は、36分49秒と103分20秒に要注意ですね!

投稿: マーちゃん | 2009年7月31日 (金) 23時34分

マーちゃん。おはようございます。
私が観た映画館は、山手線ガードそばの通りに面していました。公開初日だったと思います。昼飯はマックに入った記憶があります。
ホントにメークと衣装は今観るとケッサクですね。ミュージカルの乗りです。あるいは大学の演劇祭。でもヨーロッパでは結構人気があったそうです。たぶんジャッキー・チェンの国がスターウォーズのパロディーを作ったという感覚で観たのでしょうね。ほんとうにお暇なときに、みんなと観れば楽しいでしょう。センタクバサミを確認してください。深作監督はイヤイヤ引き受けたのではないでしょうか。「竹」ヤリは言いえて妙ですね。

投稿: スタンリー | 2009年8月 1日 (土) 09時01分

こんばんは。通りすがりに思わず「我が意」を得た一連の記事をのめり込むように拝見し、勢い余って傍若無人な感想コメントを寄せた者です。少し前になりますので、覚えていらっしゃるかどうか分かりませんが、ともあれ一方的な記事に丁寧な返答を寄せて頂いたにも関わらず碌なお礼の言葉も寄せず、大変失礼致しましたm(_ _)m改めてその節は本当にありがとうございました。

言い訳になりますが、あれから少し時間が中々取れずパソコンからも遠ざかっていました。今日暫くぶりにネットを開き、そちらのHPに訪問させて頂いています。今後は時間に余裕が出来ましたので、再びそちらへお邪魔させて内容の濃い記事を楽しませて頂ければ幸いに思います。

さて、前回のコメントにおいて、「サンダーバード」の丁寧な作り込みをこれまた丁寧な書き込み視点で箇条書きに賞賛なされた記事について、そして私自身の「特撮(特にミニチュア撮影)」に対する意見を中心に纏めていたのですよね。その続き・・・として(長い間空けておいて何ですが^^;)スタンリーさんからの賛同をお受けしてこちらも安堵しました。「反論でも良いから」等と私にはとんでもない話で、多いに同意に深く傾聴するご意見内容にはただ脱帽の他はありません。スタンリーさんの温かい返答によって私の長い間の「疑問」はこれではっきりと“解消”されました。

「好きなもの」「愛着のあるもの」故にどうしても辛口の厳しい批評眼を持って接してしまう。その気持ちも(前回のコメントでも少し触れましたが)本当に私には良く理解できるものです。「趣味」の範疇、それも非現実的な「絵空事」なのだから、何も目くじらを立てる必要はない。もっと気楽に(ポップコーンでも齧りながら)時に冷やかしの視線で楽しめば良い。そういう意見もありますし、別段否定も非難もする積もりはありません。けれども、趣味嗜好の分野だからこそ、手間隙をかけて真剣に本腰を入れて鑑賞したい、頭の中で思い描く「イメージ」のリアリズムに溢れた再現を堪能したい。そう思う人は勿論少なくないでしょう。私もその一人だし、スタンリーさんも同じ気持ちだと思います。

少し格好を付けて言えば受け手の「情熱」とか「愛情」を汲み取り反映した迫真の「映像」が見たいという事でしょうか・・・。作り手の苦労苦心が全くない、と思っている訳ではない。様々な条件制約に頭を悩ませ痛ませ結果不本意な「妥協」の産物に仕上げざるを得なかった実態もあるだろう。それはしかし、喩え「サンダーバード」を手掛けた特撮スタッフにしても同様だと思うんですよね。

予算の上限の幅や周囲の理解の差も確かにあるとしても、作り手の「情熱」「愛情」を込めた手間隙をかけた「作品」を私は心から望み「対価」を惜しみなく払う訳です。

限られた条件の中で如何に「創意工夫」を齎せるか。同じ人間なので映像の「結果」から作り手の意識を感じ取ってしまう。その意識はどうかすると等閑(なおざり)な態度に根ざしているかもしれない。少なくともそのような“空気”を感じ取ってしまう。

映画は言ってみれば“総合芸術”ですから、先ず必要な素養は作り手の「感性、センス」でしょう。しかし独り善がりな感性の先走りだけでもダメで、そこに確かな知識に基づいた「科学的考察力、考証力」を土台にする必要がある訳ですよね。

確かにスタッフは「映画制作者」であって「物理学者」ではない。だからと言って劇中のミニチュア等を用いた虚構の表現を実際の物理法則を全く度外視した「虚構の表現」のままにして良い道理もないんですよね。

スタンリーさんのまた別の趣味でいらっしゃる(私も一応そうなんですが)「ピアノ演奏」を音楽理論を無視し(理解せず)“無茶苦茶”に弾いたものも「作品」としての一表現として認める、または受け容れるファンは誰もいないのと同じ・・・でしょうか。ピカソ(を代表とする)のキュビズムを用いた絵画表現も(恐らく)セザンヌから始まる抽象表現の試行錯誤の結実であって、「その場の感性のノリ」では決してない。

「(物理)理論」の礎があってこそ、「感性(とイメージ)」の幅の拡がりを鮮やかに魅せていくものだと、私は前々からそう思っていました。作り手の「映画」にかける想い、熱意に敬意を払う程にそれは強まっていきます。

今回も色々申し立ててしまいましたが、ご迷惑でなければコメントをまた寄せたいと思います。

尚投稿先は、少し前になりますが関連する内容として敢えてこちらの記事を選ばせて頂きました。こちらの記事のタイトルの映画についても述べたいのですが、長くなりましたので、また次の機会という事でご容赦下さい^^;

それでは失礼します。


ムスティスラフ・ロストロボーヴィッチ指揮、ロンドンフィルハーモニー管弦楽団演奏チャイコフスキー「マンフレッド交響曲・作品58」を聴きながら。

投稿: ワン | 2009年9月11日 (金) 18時23分

ワン様、おひさしぶりです。また長文のコメント、ありがとうございます。
ワン様の「王様の耳はロバの耳」への賛同のお言葉、今まで悪文を書いてきた甲斐があると喜んでいます。子供だったころの私は特撮物の「子供だまし」に反発感をもっていました。また大人たちが、それを「凄い特撮だ」と評価しているのにもアキレタものです。日本の特撮は、おっしゃるとおり物理的演出がなっていないのです。私の他の悪文には、「人の乗っている巨大な宇宙船が猛烈な加速・減速で急発進したり、急停止する」、「ホバリング中の大重量の飛行体が宙に浮いているように見えない」などは、その例の中の一つです。また小さな物体でも、トラックや戦車などでも、発進・停止するときでも、車輪のサスペンションなどが無きに等しく、いきなり「ゴトッ」となる。これらが物理的センスのない日本のミニチュア特撮のやり方と言えるのではないでしょうか。また、私が散々言い尽くしている、スタジオで我々が見学しているようなカメラアングル。これは東宝特撮の悪癖でもあるのですが、平成ガメラの樋口特撮では、これが改善されましたね。
ただし、「サンダーバード」でもおかしな描写があります。4号コンテナの空中投下など。ゴードンは落下のショックで死にますよね。しかし、リアルな音響効果音がそれをカバーしていますね。この効果音でも日本の特撮は大分手を抜いています。
なんだか、とりとめのない文になってしまいました。これからも拙、駄文・悪文をご観察ください。

投稿: スタンリー | 2009年9月11日 (金) 21時10分

こんにちは。日を空けず続けて投稿します(極端ですみません^^;)。

またも丁寧な返信ありがとうございました。スタンリーさんの表現主張は悪文駄文どころか、本当に深く頷くものばかりで、一連の内容にいつも「目から鱗」が落ちています(笑)。先日は偉そうに「物理的な視点が」等と大上段に構えた意見を述べてしまいました。実際には劇中での描写に関して専門的な知識に基づいた批判を展開している訳ではないんですね。

ただ単に「何か・・・変だな。ホンモノに見えないな」という幼く単純な“違和感”に纏わる疑念に過ぎないものです。此方にそれこそ私の「駄文(苦笑)」の書き込み投稿に当たりそのままの無邪気な感慨感想ではあまりに失礼なので敢えて“それらしく”述べてみたという・・・(^^;

それだけにスタンリーさんの確かな視点や交渉、考察力にはただ圧倒されますし、非常に新鮮な心洗われる気持ちで拝見させて頂いている次第ですね。返信での

>「人の乗っている巨大な宇宙船が猛烈な加速・減速で急発進したり、急停止する」、「ホバリング中の大重量の飛行体が宙に浮いているように見えない」

詳細な件も充分以上に私の幼い(子供の)疑念を「大人の観点」で持って解消させるものです。まさに「ああ、そうそう。なるほどここがおかしいのか・・・」痒いところに手が届き溜飲もすっかり下がりました。

風洞実験等精密な検証を何度も加え艱難辛苦の試行錯誤を経、エンジン付きの飛行機を作り上げたライト兄弟も一連の邦画を見れば機体制御もへったくれもない描写に激怒の非難を浴びせるんじゃないか、とか思うんですけどね。そもそも円谷英二本人からして大の「飛行機好き」だったのでは・・・と私はまた頭を捻ったりします。

“実際に飛行する”ラジコンも使用していたようですが、ラジコンは「有人」どころか、ミニチュアのひとつですから、実物とは速度も運行状態も全然異なると思うんですが。「軽さ」(人が乗っているようには到底感じられない)はどうしても否めないのでしょうね。

「重い」有人の重量感溢れる機体が、絶妙なバランスを取りながら適切な速度で飛行する。そういう「超リアル」なミニチュア表現を見たいと常々望んでいます。いえ、CGでも構わないんですが、どちらにしても「作り物」と感じさせないリアリズムを堪能したいんですね。

交通、誘導管制も含めた航空制御技術、事情は記事を拝見したところスタンリーさんは相当な玄人はだしですし、思いついたことを2、3気軽に触れただけの私はお恥ずかしい限りです。でも、その辺もどうなっているのかな・・・と気になったもので敢えて加えてみました。

「特撮(CG)大作」と銘打つものは大抵「何カット」を挿入したとか「(特撮)関連シーン」をふんだんに使ったとか、量的な宣伝を良く目にしますけど、そうではなく例えワンカットでもキラリと光るものを見たいですよね。だらだらと締りの無い場面の展開は寧ろ拷問にすら感じます。

「宇宙からのメッセージ」はうっすらと私は記憶があり(多分テレビの再放送を幼少のみぎりに見たのでしょう)、後のちムックなどで再確認した特撮映像のスチールを見て思わず不毛な嘆息をもらしてしまいました。それは比較的有名なものだと思うんですが、“宇宙に浮かぶ帆船”のスチールだったのです。

これでは「宇宙からのメッセージ」ではなくて「書き割りからの言付け」じゃないの。と少々(いえ大分)辛口のコメントが脳内を過ぎりました(失礼ですが^^;)。

少なくとも私には何万光年も離れた先からの壮大な“メッセージ”性を殆ど何も感じられませんでした。

と、いうオチで今回は失礼します。また長くなりすみません。

指揮者、楽団は同じくチャイコフスキー作曲・幻想序曲「ロミオとジュリエット」を聴きながら。

投稿: ワン | 2009年9月13日 (日) 14時15分

ワン様、再び、ご丁寧なコメントありがとうございます。
ミニチュア特撮の物理的な表現については、セオリーがあるようですね。例えば、縮尺したミニチュアの動きに対しては、ハイスピート撮影のフィルムの速度を何倍にして動かすか等々の。実はこの件については、一番私が気にしているところです。外国の特撮においては、だいたい5倍以上で撮影されています。小さなミニチュアを使う「サンダーバード」のパイロシーンでは10倍近く廻しているでしょう。この速度は、私が一番適切な速度だと認識しています。戦艦大和のミニチュアを5メートルで制作した場合には、この撮影速度が最も実物に見えるものと感じています。ところが、日本の特撮ではこれを、3倍程度で撮影してしまうのですね。その結果、完成品はチョコマカとしたオモチャ的映像になってしまいます。これが極端な場合、1倍。つまり24コマで撮影しています。これはもう、スタジオでオモチャを見ているような映像です。こういう「子供だまし」の映像にどれほど私は憤慨して来たか分かりません。こういう、基本的に物理法則を無視した映像は円谷特撮だけでなく、いや、円谷特撮がそうだったから、こちらもこれでいいだろうという甘えた作品が数々ありました。それは「光速エスパー」、「仮面の忍者赤影」、「空中都市008」等々。これらの、プラモデルを糸で吊って、毎秒24コマの16ミリのアイモ・カメラ、あるいはVTRで撮影された素人的映像は、後の特撮ものへ悪影響を与えたと断言できます。
「ああ、フィルムは多く廻さなくてもいいんだな、子供たちには、この速さでも誤魔化せるんだな、フィルムの予算はこれ位でいいんだな。」というパラダイムです。このハイスピート撮影という基本からして、日本のミニチュア特撮は間違った方向に行ってしまいました。また、とりとめのないことを述べてしまいました。でも、ワン様のコメントは、私のボケた前頭葉を大いに刺激していただけます。感謝・感謝。

投稿: スタンリー | 2009年9月13日 (日) 21時31分

ワン様のクラシックの御どうけいに頭が下がります。私の場合、ロマン派のピアノ曲に偏っています。私もたくさんの作曲家のピアノ音楽以外の曲のボキャブラリーを増やしたいと思いますが、なかなか進みません。特に声楽は苦手で、これだけは楽しさを理解せず、一生を終えるだろうと感じています。(^-^;

投稿: スタンリー | 2009年9月13日 (日) 21時38分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/412224/30776222

この記事へのトラックバック一覧です: 宇宙からのメッセージ:

« ゴジラ対ビオランテ | トップページ | 渚にて »