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2009年7月

宇宙からのメッセージ

宇宙からのメッセージ [DVD] DVD 宇宙からのメッセージ [DVD]

販売元:東映ビデオ
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特撮メモ-2回目、NO,35、DVDレンタル

1978年、東映、ビスタサイズ、105分

監督- 深作欣二、 音楽- 森岡賢一郎、特技監督- 矢島信男

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この映画のソフトが今まで手に入らなくて再確認ができなかったが、DMMでやっとで取り寄せ観ることができた。実に30年ぶりの再会である。

この映画は、公開時、東京、有楽町の映画館で観た。映画館の前の通りには宣伝用に、頭に角が生えた映画の中の戦士が3、4人いた。

「スターウォーズ」の公開前だったはずだが、少し前に観た東宝「惑星大戦争」の酷さに憤慨していたので、あれよりはマシだろうと、多少の期待をもって映画館に入ったものである。

この映画は現在見ると、お笑い映画に近いものがあり、もし友人たちと観れば、お互いに吹きだすシーンがいっぱいあって、酒など飲みながらおおいに場が盛り上がる作品であるが、そんな、まだ人物が出来ていない当時の私は、途中で激怒してしまったものだ。

お笑いのネタは、科学考証(宇宙遊泳のスタイルは酸素マスクだけというインチキ)、衣装、メーク、演技、人物設定(河内のオッサンがいる)、大道具、・・・ などであるが、ただし、特撮についてはあの当時の日本のミニチュア特撮のレベルであり、所詮、ハリウッドとは次元が違うので、良い悪いと言えないものがある。

特技監督は矢島信男氏であるが、私は、飛行体の操演とパイロシーンの撮影は、当時の東宝のレベルより良いと感じた。ただ、巨大ガバナス要塞・・・(「スターウォーズ」の三角形のスターデストロイヤーを、ただ四角形に変えたデザインのもの)・・・が画面手前に向って迫ってくる映像は、巨大なはずの機体が、微妙に揺れていて、いかにも吊りによる操演であることがミエミエであり、シラケタものである。

当時、まず、私が怒りだしたのは、丹波哲郎がロールスロイスに乗って現れるところで、時代感覚が完全に破壊され、イスから転げ落ちそうになった。

その私の頭のスクリーンが30パーセントのダメージを受けた状態で、さらに強烈な決定打を喰らったのは、志穂美悦子の白い衣装にセンタクバサミがくっ付いていたカットである。

これは今回観た、DVD画面でもはっきりと確認できた。始まって36分49秒、彼女の左肩あたりに、昔なつかしい金物屋で売っているアルミのセンタクバサミが「堂々」と写っている。

これで私の頭は破壊された。100パーセントのダメージを受けつつ、呆けた顔で、ダラダラとスクリーンを見続けたのだが、その後、どこかの造成工事現場で撮影されたシーンのバックに高圧電線と高圧鉄塔が見えた ・・・1時間03分20秒付近?・・・ ところで補助パワーも切れ、私は前の座席の後ろにつんのめってしまった。

この映画、当時の外国のフィルムバイヤーが言うには、「あらゆる部分でスターウォーズに似ているが、すべてのシーンで劣る」。

深作監督言うには、「スターウォーズに竹ヤリで挑んだ」。

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ゴジラ対ビオランテ

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特撮メモ、NO,34、DVDレンタル

1989年、東宝、ビスタサイズ、105分

監督- 大森一樹、撮影- 、音楽- すぎやまこういち、特技監督- 川北紘一

出演- 三田村邦彦、田中好子、小高恵美、峰岸戸徹、高嶋政伸

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自衛隊の特殊兵器、「スーパーX」というものが、ヒコーキファンにはチャンチャラおかしい。

この飛行体は前作から登場していて、後のゴジラシリーズにも出てくるのだが、毎回、こいつが画面に出現するとシラケテしまう。

まず、カブトガニを模したというスタイルが無様だ。垂直離着陸機なので、ホバリングが主体の航空機であり、高速飛行での空力性能は無視してあることは分かる。前作では飛行速度は時速200キロ程度であるとウィキには説明されていた。

ところが、この映画ではマッハ1が巡航速度だという。あんなカッコウでどうやってその速度を制御するのだろうか。補助翼が一つも無いというのに。

ま、映画のウソということで、それは一歩譲ろう。しかし、VTOLとしてのシカケはどうなっているのだろう。 機体の下部にはたしかにジェットを噴射しているエンジン口が6つ設置してあり、アフターバーナーの炎らしきものが見える。つまりリフト用ジェットエンジンが垂直に配置されている訳だ。

ところで、あの飛行体のサイズは垂直方向に11メートルくらいである。ということは6本のバーナーダクトが付いた長いジェットエンジンが機体の中央をほぼ占領していることになる。すると、ミサイル兵器や、有人機になったときの人員はどこの空間に配置されるのだろうか。燃料はどこに搭載されているのだろうか。ホバリングには大量の燃料を消費するのだが。

あるいは、あの噴射口はアフターバーナー燃焼部だけであり、前方部分にコンプレッサーと燃焼室・タービンが設置され、あそこまで高圧ガスを導いているのだろうか。

構造的にはこの二つの方法しかないのだが、いずれにしても可笑しなことは、空気取り入れ口が見当たらないことだ。重量150トンがあの飛行体の目方なのだが、するとリフトエンジンの推力は一基あたり27トンは必要であろう。それには巨大な空気穴が無ければならない。それはいったいどこにあるのだろうか。水平移動用のバーナー付きエンジンがさらに2つ、後部にあるというのに。

ま、空気口は機体の側面のどこかにあるのでしょう。それでどうやって大量のエアを導くのか不明であるが、これも映画のウソということで二歩譲ろう。

私が問いたいのは、メカの説明不足のほかにもう一つある。あのスーパーXの操演に対してである。

あの動かし方がナッテいないのだ。これは前作から感じていることだが、重量のある巨大物体が空中に居るという物理的感覚が一つも感じられないのだ。

例えば、ホバリングしている最中ならば、姿勢制御するために微妙に左右前後に動くだろう。ところが、このスーパーXは微動だにしない。スタジオの上からワイヤーで吊り、じっと停止させたままの撮影。これは単なる手抜きにほかならない。

さらにそのホバリングから横移動する場合に、機体の初期微動の傾き、停止する際の逆傾きが全く演出されていない。つまり、モデルを吊ったまま横にスライドさせているだけ。

この操演センスの無さ。物理感覚の無さはどうだろうか。もう少し航空工学、物理のしくみを取り入れてもらいたいものだ。

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俺は、君のためにこそ死ににいく

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特撮メモ、NO,33、DVDレンタル

2007年、東映、ビスタサイズ、140分

監督- 新城卓、撮影- 上田正治、北澤弘之、音楽- 佐藤直紀

VFX- 野口光一、特撮- 佛田洋、空撮CG- 栃林秀

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今まで観た日本映画の戦争物では、もっとも質の高いVFX映像とミニチュア特撮。

もう、CGを利用した映像も「ローレライ」のようなプレイステーション的レベルを脱した。

なぜ質が高いかというと、戦闘機の飛行姿、物理的動きが、極力正しく、センス良く、表現されているからだ。

当時のレシプロ戦闘機の速度は、巡航時は時速300キロほどである。またドックファイト時でも最大400キロから500キロというところであるが、過去の円谷英二などのミニチュア特撮映像を見ると、小さなミニチュアの飛行機は、まるでジェット戦闘機並みの速度でチョコマカ飛んでいて、やはりオモチャ感が否めなかったものである。

また、近年でも、キムタクや松村邦洋などが出演した映画では、VFXの敵レシプロ戦闘機が、考えられない高速度の低空飛行による機銃掃射をしていて、そのマンガチックな映像にあきれたものだった。

それが、この映画では、飛行姿は実写そのもの、物理的に合った飛行速度で、空気に乗って飛行している感覚と、優雅でリズム感のある映像で演出されていた。それに、隊列を組んだ戦闘機群や、離陸中の「隼」など、バックの実写風景と全く違和感無く溶け込んでいた。

また、被弾炎上し、降下するミニチュア戦闘機(CGのものもある)は、画面を横切る一瞬だけの映像ですませ、オモチャ感を出さないように工夫され成功している。ミニチュアはかなり大きいもので、これも実写感へ一役買っている。あるいは、これもすべてCGだとすれば、完全に脱帽。

もう一つ、特筆すべきは、飛行中や戦闘時、被弾時のカメラのブレがうまく演出されているということ。記録映画の手持ちカメラ撮影のような映像が、実写感を増している。こういうセンスが良い。

実物大レプリカの「隼」の出来も、過去の日本映画の戦闘機レプリカと比較すると、最高の出来だった。東宝の戦闘機レプリカは、プロペラスピナーが歪にブヨブヨと回転していて、ヒコーキファンとしては観るに耐えないシロモノだったが、この映画のレプリカは、スピナーもスムーズに回転し、また、使い込まれた機体のデコボコまで、実に精密に作られていた。

当時、米軍が撮影した記録フィルムも、曳航弾の発光などがCGで追加され利用されていたが、本編の映像と違和感のない処理がなされ、成功している。

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赤い河

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洋画メモ、NO,72、DVDレンタル

1948年、MGM、スタンダード、白黒、133分

監督- ハワード・ホークス、撮影- ラツセル・ハーラン、音楽- ディミトリ・ティオムキン

出演- ジョン・ウェイン、モンゴメリー・クリフト、ジョアン・ドルー、ウォルター・ブレナン、コリーン・グレイ

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「戦艦バウンティ号の叛乱」の西部劇版。

ジョン・ウェインは、バウンティ号の偏執的船長の代わりに、牛、10000頭、1600キロの大移動のリーダーを演じる。ただし、いつもの正義の味方ではない。

雇ったカウボーイが脱走したとなると、執拗に追いかけ捕まえ、相手がガンのホルスターに手を掛ける前に打ち殺してしまう。あるいは自分の即決裁判のみで縛り首にさせようとする。もうムチャクチャな人物。

ところが、心の隅では、養子、モンゴメリー・クリフトに嫁を与え、事業を彼に継がせようと願っている。と、これはネタバレになってしまうが、彼の行動と結果のギャップが激しい。最初から気持ちを打ち明けていたら面倒なことにならなかったはずだが、それは映画。 ヤヤコシイほうが面白いという訳。

牛の大群を連れて行くロケ撮影が素晴らしい。西部劇でこれほどの数の牛が出てくるのを見るのは初めて。

人物のアップ映像はロケのカットとスタジオでのリア・プロジェクション撮影と併用されている。そのつながりは自然だ。本モノの馬に乗って走っているアップ映像もスタジオ撮影だが、大きなローラーの上で馬を走らせているのだろう。

河を渡るシーンは、私の見たところ、カメラの設置位置を検討すると、少なくとも3テークの撮影になっている。あの牛たちを3回も連れ廻さなければならないとは、スタッフの苦労がしのばれる。

ジョアン・ドルーにネイティブの放った矢が当たるカットは衝撃的だ。繰り返し観察したが、矢をガイドするテグスが見えない。何か正確に設置されたボウガンのようなシカケで、本モノの矢を彼女の服の肩ギリギリに当てているようだ。大変危険な撮影。

到着した目的地の街では、住民が牛の大群を大歓迎する。たいへん微笑ましい。牛一頭が20ドルで買われる。どれくらいの価値だろうか。前のシーンでブレナンが「1ドルは俺の日給より多い」と語っているので、1ドルは2万円くらいのものだろう。つまり1頭40万円というところか。最初の地では1頭、2ドルが相場だったようだ。

雇われたカウボーイたちは、100ドルの報酬であることが、妻子を残して牛の暴走で死んだ一人のセリフで分かる。

音楽がすばらしい。作曲のティオムキンは、革命を逃れて移住してきたロシア出身の人だが、音楽はロシアッぽく無い。テーマは耳に残る名曲。

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リオ・ブラボー

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販売元:ワーナー・ホーム・ビデオ
発売日:2008/06/11
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洋画メモ、NO,71、NHKBS

1959年、WB、ビスタサイズ、カラー、141分

監督- ハワード・ホークス、撮影- ラッセル・ハーラン、音楽- ディミトリ・ティオムキン

出演- ジョン・ウェイン、ディーン・マーチン、リッキー・ネルソン、ウォルター・ブレナン、アンジィー・ディキンソン

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ああ、面白かった。映画館を出た後のお客は、みんな幸福な顔をしているという映画。

黒澤明は、映画の出だしの10分間(この時間は記憶がアイマイ。5分、あるいは15分だったかもしれない)で観客を惹きつけなければ良い映画と言えない。と語っていたが、まさにその通りの映画だった。

オープニングの無言劇で、観客は、暇つぶしや、うたた寝をする種類の映画でないことに気づく。映画への期待度がぐっと増し、観客席での姿勢を正すことになる。

いろいろな役者のしぐさ・・・ マーチンのアル中で震える指。それに小道具・・・ 巻きタバコ、タン壷、ショットガン、ライフルなどが伏線として、後までうまく使われている。

形のある道具だけでなく、音楽まで、観客へのサービスを伴いつつ、重要な小道具として使われている。

西部劇おなじみの大平原や牛の大群など一切出てこない。

小さな街の中での出来事なのに、飽きさせない。空間が狭いからこそ、銃声や音楽が聞こえ、逆にストーリーを面白くさせるという工夫がしてある。

なんという考えられたウマイ脚本。

相変わらず、ジョン・ウェインは、無神経でデクノボー的態度ながら、実は思いやりがあるというカッコイイ人物。

ディーン・マーチンは、この頃、実際にアル中だったことがあるので、芝居が自然に見えた。イタリア系であることをウィキで知った。

歯抜けのウォルター・ブレナンという芝居の達者な役者を覚えた。うまい俳優さん。アカデミー助演賞を何度か受賞している。

コロラドを演じたリッキー・ネルソンという人が有名な歌手だとは知らなかった。俳優ではないので、芝居は多少硬い。

私は今まで、リオ・ブラボーとはジョン・ウェインの役名だとばっかり思っていた。

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十二ヶ岳、バチ当たり登山

ゴリラ・ツーリングメモ、NO,5

2009年7月15日(木)

高山市丹生川町に、地元ではハイキング登山で有名な、十二ヶ岳という、標高1300メートルクラスの霊峰?(大概、目立つ山の頂上には神社があるものだ)がある。

この山を登るには、以前は丹生川町・瓜田から、トヤ峠を迂回する、完璧に舗装された2車線の大規模林道途中から右に折れ、旗鉾まで通じる八本原林道に入り、さらにまた、獣道を徒歩で登山しなければならなかった。

・・・・ 十二ヶ岳、案内サイト ・・・・

http://panoramahida.iza-yoi.net/juni.html

しかし、最近、もっと先を行った大規模林道から分岐し、十二ヶ岳頂上まで通じる林道が新たに開設された。この道は厳しいダートだが、四駆の車なら何とか登っていけそうな林道である。

先日、大規模林道をチンタラ走っていたら、偶然、この林道への案内看板を発見したので、ゴリラでチャレンジしてみた。 実は、かねてから、この山をバイクで踏破したいと願っていたのである。

Dscf0071_medium Dscf0070_medium -- 右の林道が入り口 --

林道ダートに入って数百メートルは、昇り道であってもそれほどハードではない。ゴリラはセコギアで、時速15キロ走行。 しかし、しばらく行くと、三叉路があり、右の道が本道であると判断して進むと、いきなり上昇率が高くなってきた。セコギアでは昇りきれない坂もある。止む終えず、ローギアに入れ、時速10キロで、なんとか昇っていく。こんな急坂でも車のタイヤ痕があるが、こぶし大の岩石がゴロゴロしていて、四駆車でなければ絶対無理な坂である。

途中、徒歩の登山者が降りてきたが、私とゴリラをあきれた顔で見て行く。その時は、坂の角度が最も急な箇所を、とうとうバイクを降りてエンジンを動かしつつ、ゴリラと共に歩いて昇っていたからである。

多少緩やかな昇りで、再びゴリラにまたがり、2キロくらい走ると、林道は密林に囲まれ、暗くジメジメした、ぬかるみに近い所を進む。相変わらず上昇率はキツイが、ここまで来て引き下がれない。

昼間なのに、薄暗く、物の怪がいそうな気配。藪から子泣き爺が「ウリャー!!!」、あるいは「オギャー!!!」と襲い掛かり、背中にかぶさり、バイクから引き倒されるのではないかという恐怖に駆られる。

実はこの十二ヶ岳には、妖怪百鬼がいるという伝説がある。

ギアをローに入れ、トライアル走行のようにステップに立ち上がって、後輪がグリップするように重心を後ろに下げつつ、エンジンの回転を最大パワーになるようにアクセルを上げたところ、いきなりギアが抜けてニュートラルに落ちてしまった。

変だ、今までこういう現象は無かった。ゴリラはサードギアから、セコギアにシフトダウンするときは、ニュートラルに落ちてしまうことが時々あり、また、セコギアで走っているときも、ニュートラルに落ちることがあったのだが、ローギアからこういうことになるのは初体験である。

何かミッションにトラブルでも起こったのであろうか。しかし、ゴリラを停止して再びローギアに入れると走り出した。多少、気がかりながらも凸凹だらけ、かつ、急坂をローギアで走ると、また、ニュートラルに落ちて、エンジンが「グオィーン」と空回りし、吼えた。

停止して、今度はギアを入れ直し、アクセルを吹かしても、ゴリラは手ごたえがない。動かない。

「嗚呼、壊れた。とうとう心配していたことが起こってしまった。こうなることがいつか起こるだろうと懸念していたが。」 ・・・ 。

このまま、押して帰ろうか。丹生川・瓜田までは下りなので、乗っかっていけるが、その先は、なんとか修理してもらえそうなガソリンスタンドまで数キロ押して行かねばならない。あるいは携帯でJAFを呼べばいいのだろうか。こんな所まで。・・・ いろいろな手段が頭をよぎる。

25パーセント、パニくった頭で、ゴリラを降りて車体の下を見ると、チェーンが外れているではないか。原因が分かった。普段から多少、緩んでいるなと感じていたが、あまりにもハードな昇りと振動により、外れたのだろう。あるいは道に落ちていた小枝がスプロケットに絡まって外れたのかもしれない。

チェーンが外れた場合は、自転車のチェーンをはめる要領と同様に、ギアに引っ掛け、車輪を少し動かせば、簡単に直る。その通りやったのだが、チェーンを引っ掛ける途中、右手の人差し指をチェーンとギアの間に挟んでしまった。軍手(イボのついたやつ)をしていたが、目から火が出るほどの激痛。

軍手を外すと、幸い、爪がつぶれるほどのダメージでもない。紫色にもなっていない。多少ホッとした。指に関しては、ピアノを30年近く弾いてきて、練習がしばらくご無沙汰ではあっても、怪我だけには注意してきたが、この様子なら医者にかからなくても自然治癒するだろう。下手くそでも弾いていきたい。神に感謝。

ふと、目の前の林道を見ると、10メートルほど先に木製の粗末な鳥居があった。つまり、ほぼ頂上に来ていたのだ。見上げると、林道はその部分で終わり、キツイ階段の歩道が上に向って伸びていた。

ジンジンと痛い人差し指を唾で濡らし、気化熱を利用して冷やしつつ、階段を100メートルほど汗だくで昇ると展望台のある十二ヶ岳頂上に着いた。

望遠鏡も設置してある立派な展望台からは大パノラマが展開。ただし、あいにくの曇り日だったので、北アルプスは見えず、ガッカリ。望遠鏡にもカバーがしてあり使えない。

展望台の横には屋根付きの祠がある。中は相変わらずの記念のイタズラ書きがある。100円の賽銭を入れ拝む。「ここに来れたのも、指の怪我がたいしたこと無かったのも、ゴリラの故障が直ったのも神様のおかげです」。

ゴリラに戻り、帰ろうと軍手をはめると、今度は右手親指付け根当たりに針で刺したような激痛が起こる。慌てて軍手を脱ぎ捨てると、黒い、蟻ほどの虫が落ちた。蜂の仲間の小さな虫が、脱いで置いていた軍手の中に隠れていたのだ。

神さまは、やっぱり、ゴリラで騒がしいエンジン音をたて、ズカズカと神聖な領域に昇って来た私に、まだ怒っているようである。しかし、この痛みは、腫れることもなく、1時間ほどで無くなった。これは100円の賽銭の効果かもしれない。

ゴリラのエンジンをスタートさせ、ギアをつなぐと普段どおり走り出した。今度は下りなので、シートに乗ったまま、ソロリ・ソロリと降りていく。またチェーンが外れないように。

2キロほど林道を下り、本道の大規模林道に下りて、瓜田までご機嫌のコーナリング。右手の人差し指と親指の痛みをともないつつ、自宅まで無事帰還できた。

・・・・ 十二ヶ岳展望、ユーチューブ映像 ・・・・

http://www.youtube.com/watch?v=Lt0dOE9NMBQ

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楢峠から飛騨市・宮川町「うつぼ」へ、その2

ゴリラ・ツーリングメモ、NO,4

2009年7月12日(日)

飛騨市河合町・角川の国道360号線から国道471号線への入り口には、大きな標識があるのだが、なぜか以前、表示されていた富山・八尾町への案内が消されている。つまり通行止めが多いので、この道を頼りにしては困るという意志表示である。これが「開かずの国道」と言われている理由の一つでもある。

ここから楢峠まで約7キロくらいあるだろうか。ゴリラで道の左に清水(すくって飲めるほどのきれいな水)の流れる川を横目で見ながら、車一台通れるほどの道を昇っていく。道路は簡易舗装で、ダートではない。 はじめはゴリラのサードギアで時速30キロ走行で順調に走っていたが、しだいに道は上昇率が高くなり、とうとうセコギアの20キロ走行となる。

この時のエンジンの回転数は、タコメーターが無いので断定できないが、エンジン音からの推測では毎分6000回転くらいだと思う。このスーパーカブ系のエンジンは、恐らくレッドゾーンは8000回転くらいではないだろうか。エンジンはツインカムではないが、ピストンが小さいので、よく廻るエンジンである。 因みにホンダ・CB50のエンジンも、ツインカムではないが、1万回転まで楽々廻せたはずである。

閑話休題。 それにしてもしつこい峠道で、行けども行けどもヘアピンカーブが続く。河合町から天生峠、白川郷へ続く峠道より、タイトなカーブが続く。 途中、すれ違った車は3台、まあ、交通量はこんなもんだろう。こちらは原付バイクなので、譲り合いなどの面倒はない。

しだいに気温が下がってきて、肌寒く感じる。恐らく気温は20度くらい。下の角川では24度あった。沢の流れも気温を下げる原因だろう。バイクに乗るときは、夏でも長袖を着るのが原則で、私も普段から羽織っているが、もう一枚、ウインドブレーカーが欲しい。

ここ数日、大雨が降ったので、道の所々、濡れている。小さな流れもある。 が、20キロのトロトロ走行ではノープロブレム。ゴリラのブロックタイヤはガッチリとグリップして頼もしい走り。 ただ、時々、キツイ昇りではローギアにまで落とすことがあり、この速度では、エンジンのオーバーヒートが心配。宮崎アニメ、「紅の豚」の1シーンを思い出す。「がんばってくれよエンジンちゃん。」。

私が経験したもののうちでも、5本の指に入るほどのシツコイ、タイトコーナーが続く昇りをようやく制覇し、峠にだどりつく、20分ほどかかっただろうか。峠には約束どおり祠がある。めんどうなので賽銭もあげず、素通りする。

峠から100メートルほどで、471号線・472号線の標識があり、ついでに、三叉路に別れる。右方面は富山・八尾町、左は「水無ダム」(水はちゃんとあります)を経由して富山・利賀村へ行く。ただし、そちらは予想通り通行止めの標識あり。まあ、恐らくバイクなら通行できるであろうが、この次ぎの楽しみにとっておく。実はこの先の牛首峠を走破する計画があるのだ。

今回は二谷から万波高原が目的なので、右の林道(国道・酷道?)を下る。

道は下りなので、もうオーバーヒートの心配はない。トップギアかサードギアのエンジンブレーキを併用しながらコーナーリングを楽しむ。峠から1キロくらいのタイトコーナーは簡易舗装であるが、後に完璧な舗装路となる。ただし1車線の幅。これが実にバイクには気持のいい道。時速40キロから50キロで、安定して走れた。かつて無いほどのご機嫌な下りの道。来てよかった。自転車でも最高の気分ではないだろうか。思うに、八尾町までペダルをこがずに進めるかもしれない。

峠から下って3キロばかり進んだろうか。やがて再び三叉路に出くわす。標識では右は上・万波林道とある。この林道が、目標、万波高原に通じる道。とうとう近くまで来た。ダート走行で時速20キロ。少しずつ昇っていくが、ダート走行には心細い感情と、若干の恐怖心が湧いてくる。

つまり、こんな携帯も圏外の山奥で、バイクが故障したらどうしよう。という現実的・不安感と、先日も遭遇した熊チャンにバッタリ会ったらという、恐怖。 あるいは、林道の林から、いきなり烏天狗 ・・・(日本の烏天狗をモデルにしたという映画「プレデター」の宇宙人のような。)・・・が「ウリャー!!!」と飛び出てきて襲うのではないかという妄想が頭をよぎる。

こんな小心者の心理状態も束の間、10分ほどで、あっけなく、高原らしき頂上の林道・三叉路に到着。ここにはチェーンで通行止めのゲートがあるが、こんなものはゴリラには通用せぬ。楽々とくぐって右の開けた土地の林道を進む。すると所々、舗装されている。シメタ。万波高原の道に間違いない。とうとう目標に到達。10年前、車で走破できなかった道を逆コースでリベンジした。

左に、これまたすくって飲めそうな清水の流れる万波川を見ながら走ると、完璧な舗装路となり、牛舎が現れる。しっかりした建造の橋を渡ると道の右側に広い牧場があり、綺麗な牛、10頭くらいが草をはんでいた。

もう、この高冷地野菜畑と牧場がある万波高原・・・標高1000メートルくらいであろうか ・・・から、宮川町までは経験済みのコース。完璧に舗装された、新万波峠を経由して、約10キロの下りは、またバイクのコーナーリングを楽しめるコースでもある。以前、車で逆に走ったときは、行けども行けども、舗装路が昇っていくので、どこまで続くのかとあきれてしまった道でもある。

完璧に舗装された、つづら折の道を下り、15分で飛騨市・宮川町「うつぼ」に到着。ここにはJR高山線の無人駅がある。

JAの店があるのだが、本日は休業。別の店に自動販売機はあるのだが、飲み終わったカンを入れる回収ボックスが置かれていない。水分補給は諦める。いつも思うのだが、自販機の横にはカンの回収ボックスを置ケッチューノ。売りっぱなしは無責任である。

以上で、今回の目的達成。自宅を午後1時に出発、「うつぼ」には3時半に着いた。250ccのオフロードバイクならば、2時間もかからないだろう。しかし、排気量五分の一、50ccの原付ゴリラで走破したという達成感は5倍以上あるかもしれない。

追記: 写真も地図も載っていないツーリングレポートとは、我ながらつまらないものと思う。そろそろデジカメを使い、人並みにブログに写真を取り込みたい。

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楢峠から飛騨市・宮川町「うつぼ」へ、その1

ゴリラ・ツーリングメモ、NO,3

2009年7月12日(日)

検索してみると、飛騨市河合町から富山、「風の盆」で有名な八尾町に通じる国道471号線は「酷道」という呼び方でマニアに有名らしい。ひどい道という比喩であろう。

私は以前、20年ほど前に、この国道を飛騨市河合町から入り、楢峠から左に分岐して、水無川方面林道へ進み、水無ダムを経由して、演劇で有名な利賀村にゴリラでツーリングした経験がある。たしかにこちらの林道は、大きな石ころが散乱し、道の一部が小川になっている箇所もあり、オフロードバイクか、スズキジムニーでなければ進めない道であった。この道は国道472号線というのかどうか記憶がアイマイだが、これぞ「酷道」と呼ぶべき道だった。

また、峠から右の本道471号線を、車で八尾町まてドライブしたこともあるが、この道は、ずっーと完璧に舗装された、下りの快適な道路だった記憶がある。こちらは「酷道」といえるほどでもなかったはずだ。

さて、今回は、その過去の記憶の追想・再確認のため、八尾町方向へのツーリング決行。ただし、楢峠から471号線をしばらく行ったところで右に折れ、二つ屋から林道に入り、万波高原へ向う計画。実はこの逆のルートを10年ほど前に車でチャレンジしたのだが、高原の林道からが、普通乗用車には走破不可能な荒れた道だったため、断念した経験がある。そのリベンジという意味もある

ということで、消化不良だった林道を、車より、いや、オフロードバイクよりフットワークの軽いゴリラで走破しようと思い立った。

まず、私の住んでいる、土肥中、日本一面積の大きい市から、飛騨市河合町までの道のりが第一関門である。国道41号線を利用すれば、車なら30分で道の471号線入り口に到着するのだが、原付ゴリラで国道を走るのは自殺行為に等しい。せいぜい時速45キロが限界のゴリラでは、車の流れに乗ることは不可能である。 後ろからダンプなど迫ってきようものなら生きた心地がしない。

これは車を運転する自分の立場からも、原付バイクという存在が、実にウザイものであるか十分理解していることにもよる。したがって、止む終えず国道を走るときは、できる限り路側帯内か、白線に沿って走るように心がけているが、そのラインが道路脇ギリギリのところは、ほんとうに死ぬほどコワイ。また車が自分を避けて、大きくセンターラインから反対車線にふくらんで追い越していくときは、本当にスマナイと思い、恐縮して、ますますハンドルを握る手が堅くなってしまうもので、実に窮屈だ。

従って第一級国道は避け、裏道を進む。裏道とは「飛騨りんご」などを栽培している高山市国府町から、古川町田園地帯の農道である。この動線は、ほんとうにノンビリしていて、原付バイク専用と言ってよい道である。といっても車も通るので油断は出来ず、常にバックミラーを確認して走る。バックミラーは原付バイクの命といってもいい。

飛騨市古川町から河合町を経由し、富山に抜ける便利な国道があるが、これも避けたいので、古川町・野口、「桃源郷温泉」から河合町・角川へ大廻りのルートを選んだ。この道は私のお気に入りの道で、プロのチームも合宿に使う立派なサッカーグランドを抜けていく2車線の道は、めったに車も通らず、また「湯峰」トンネルを出た後、角川への経路もずっと田舎道の下りなので、実に快適。

角川から国道360号線を上り、楢峠の入り口に到着。ここは7年ほど前、大水害が発生したところであり、林道に沿う谷の防災工事が完璧に成されている場所でもある。

長くなってしまったので、以後、「その2」に続き。

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刑事

 刑事 刑事
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洋画メモ、NO,71、NHKBS

1959年、イタリア、スタンダード、白黒、118分

監督- ピエトロ・ジェルミ

出演- ピエトロ・ジェルミ、クラウディア・カルディナーレ

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出だしの歌が印象にある。どこかで聞いた歌、名曲。

「アモーレ、アモーレ、アモーレ」という始めのメロディーは、黒沢年男が歌った「たまには娼婦のように・・・」のモチーフに似ている。

画質が素晴らしい。最近の映画のよう。50年前のイタリアの風俗に目を奪われる。それは撮影・構図がいいためでもある。

ジェルミの映画を観るのは「鉄道員」から2作目だが、早口のイタリア語がなじめず、映画に集中できなかったので、なんとも批評しがたい。また観直したい。

イタリア映画は基本的にセリフの録音はアフレコであるということを、トリュフォー作品「アメリカの夜」のエピソードで知ったが、この映画は、特にセリフの声がスタジオのマイク録音であることがよく分かる。

それは、多人数の会話シーンが多い映画なのだが、その人の立ち位置の違いによる声の強弱がまったくと言っていいほど無く、みんな一定の平坦な音声に聴こえ、会話に立体感が無いからである。

つまり、何人かの役者さんが部屋の隅にいても、カメラの近くにいても、前を向いても、後ろを向いて喋っても、みんな同じ音圧なんである。

ここに集中できない違和感の一因がある。

私は全シーンがアフレコなのはどうもなじめない。せめて室内では同時録音が好ましいと思う。撮影時に役者やスタッフに、セリフ運びや録音に失敗できないという緊張感が発生するが、そういうことも、いい映画を作る要因になると思う。

あの当時のサングラスがどうも好きじゃないなー。トニー谷がつけていたようなやつ。

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「こんにちは」旅客機

ボーイング747が就航されたのは1970年ごろだったが、アフリカの言葉、たしかスワヒリ語で「こんにちは」を意味する「ジャンボ」というニックネームは、ほんとうかどうか、日本人の新聞記者がつけたという伝説がある。

ネーミングの元となったディズニーの「ダンボ」は観ていないが、その耳をはばたいて空を飛ぶ小象ダンボの母の名が「ジャンボ」で、単純に小象より大きく、でかいジャンボのような飛行機だという意味でつけられたのだろう。

・・・・ と 現在まで思っていたのだが、ウィキで調べるとロンドンのサーカスにJUMBOという名の巨象がいたそうで、その名を「大きい」という意味に使ったのはサーカスの団員だということだ。もう100年ほど前のことある。愛称のルーツが以前にあったわけだ。それにスワヒリ語では「JAMBO」となるようでスペルが違う。これも知らなかった。

ボーイング社ではこのニックネームは気に入らなかったとみえて、ずっと「ジャンボ」名を広報部では使わなかったが、最近は根負けして使うこともあるらしい。

ユーチューブを散歩していたら、IFAW・国際動物福祉基金という、聞いたことがあるような団体の面白いCMを見つけた。

http://www.youtube.com/watch?v=Fm8FJ8la2VU&NR=1

爆笑してしまったが、日本で未放映だとしたら、恐らく、所ジョージとタケシと厚化粧の年増女が司会の番組で、面白CMとして紹介されるだろう。

着陸姿ではなく、耳をはばたいて滑走・離陸する映像のほうがいいと思うが、そうするとディズニーの著作権を侵害するだろうか。あの会社はそういうことに神経質だ。

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トヤ峠・続き・こんなところに民家あり

稲川淳二の超こわい話スペシャル 2「渓谷の廃屋」
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ゴリラ・ツーリングメモ、NO,2

2009年6月27日(日)

前回、高山市丹生川町トヤ峠、下り方面・防災ダム建設現場林道にてクマさんに出会い、その後、ご機嫌な気持ちで再びトヤ峠方面にユーターン。

次は高山市内に帰らず、上宝町471号線方面林道を走る。このトヤ峠から下りにさしかかる標高1000メートル近い地域は、左に深い森林、右に深い絶壁を伴う渓谷があり、人をよせつけない自然の雰囲気であるが、その「蓑谷」という名前の地域の林道沿いには、民家が何件かあり、ここを初めて通行する人は、「こんなところに人が住んでいるのか」と驚くところである。私も、なぜここのご先祖たちは、この場所を住居として選んだのか聞いてみたいところである。

Dscf0067_medium 断崖絶壁下の滝

この場所から、なんとか生活物資が手に入る最短の町というと、高山市丹生川町・町方であるが、最近出来た便利な大規模林道を利用しても、そこまで急勾配の山坂道を、車で20分走るという場所である。

たぶん、住んでいるのはジイちゃんバアちゃんであろうが、冬季は除雪もままならない場所であり、その間、恐らく息子夫婦の家へ一時疎開するのではないかと勝手に想像する。

さて、その民家が5.6軒ちらばっている林道をトロトロ走っていると、三相の高圧線と電話線がさらに林道から外れて、右方面、地図では東の谷に向って下っていくのを発見する。実は事前にネットの地図で調べていたのだが、「鼠餅」という地名に向って林道があるのだ。地図ではその林道のデットエンドに「大原」という地名が載っていて、神社のマークがある。

Dscf0069_medium -- 大原への入り口

と、いうことは、これよりもっと深い密林の中に、なにか生活基盤があるはずだ。実に興味がそそる。いかずにおれりょか、ゴリラのハンドルを林道のダートへ向ける。

その林道は軽自動車がやっと通れる幅。ゴリラはセコギアで15キロ走行。また熊ちゃんが現れないか、イノシシがつっかかってこないか20パーセンのビクビク頭で走行する。この道が実にトリッキーで、きついカーブを下がったり上がったり。それがシツコイ。しかし、行けども行けども電線と電話線は道の端に立っている。

すると、なんと軽トラックが向こうからやって来た。乗っているのは軽装のジイちゃん。ヘルメットをかぶった林業のオジサンではない。やはり何か先にある。

起点の蓑谷の林道から約5キロ、一軒の廃屋を発見する。やっぱりこんな山奥の奥に住んでいる人がいたのだ。結構古くない家、恐らく人が住まなくなって20年くらいのもの。

私は廃屋が好きで、たたずまいを観察しながら、この家の家族たちはどのようにして暮らしていたのかと想像するのが趣味である。 時にはボロボロの家屋に入っていって、畳の下あたりに張り付いている昭和40年ごろの新聞を発見し、記事の内容で時の経過を想い、シミジミとしてしまうものである。こういう廃屋は飛騨市、神岡鉱山跡の道路沿いに多い。

ただし、廃屋には恐怖心もある。過去、この家で死んだ自縛霊が私に取り憑き・・・なんてことは全く気にしないたちで、それよりも、「八つ墓村」の犯人のような狂人、あるいはジェィソンのような怪人が中に潜んでいて、いきなり鉈やチェンソーをふりかざし「ウリャー!!!」と襲い掛かってくることを想像してしまう。そういう怖さがある。こんなことを考える私はやっぱりどこかオカシイのだろうか。映画の観過ぎだろうか。

高圧線と電話線はまだ先に延びている。ワクワクしながらゴリラを進める。道の間は杉木立がうっそうとせまり、少し暗い。多少ジメジメしている。

すると、開けた場所が現れ、なんと立派な家が道の20メートル右上に見えた。家自体は古いのだが、普通に町の郊外で見かける二階建て民家。窓はアルミサッシ。周りは畑。ワンちゃんがこちらを覗いている。高圧線と電話線はその家の少し行った先の廃屋で終わりとなっていた。この一軒だけが人の住んでいる家のようだ。さっきすれ違った軽トラのジイさんが住人なのかもしれない。

やはり、昔は何件かの住民が、隣同士、助け合いながら厳しい自然に打ち勝ち、生活していたのであろう土地があった。

その近辺で、もう腐り果てた鳥居を発見する。地図の神社のマークのものであろう。恐らくご神体は移された空き家の神社だと思う。

ほんとうに、ほんとうに奥の奥。なぜ、ここで住む必要があるのだろうか。別荘でもないようだ。それに電気のメーターを中電の係り員はいちいち計りに来るのだろうか。郵便物もここまで配達するのだろうか。 ラジオの中波は入りにくいだろう。テレビはBSが写るか。冬はどうするんだ。急病になったら・・・。

光でネットをしたいと申し込んだら、ここまで光ファィバーをもってくるのだろうか。興味がつきない。

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シェーン

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洋画メモ、NO,70、NHKBS

1953年、バラマウント、スタンダード、カラー、113分

監督- ジョージ・スティーヴンス、撮影- ロイヤル・グリグス、音楽- ヴィクター・ヤング

出演- アラン・ラッド、ジーン・アーサー、ヴァン・ヘフリン、ブランドン・デ・ワイルド、エミール・メイヤー、ジャック・パランス

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あまりにも有名な映画なので、あえて観なかったものの一つ。大変いい映画だった。出だしから終わりまで実にスマートな脚本。もっと若い頃に観ればよかったと悔やむ。

山本晋也氏は日本の小津か成瀬監督が西部劇を作ったらこんなだったろうと語っていた。私もまったく同じ考え。インディアンや強盗とのドンパチだけに終わらず、家庭内のこと、子供の視線と母親の気持ちと父親の責任も描いている。

以前にこういう西部劇はあったのだろうか。このスタイルは初かどうか知らないが、以後のテレビ番組「名犬ラッシー」や「大草原の小さな家」などはこの映画の影響を受けているかもしれない。

もう一つ、縄張り争いがテーマとなると、この映画の翌年、1954年公開のテックス・エィブリーのアニメ、「西部の大決闘」・・・ http://www.youtube.com/watch?v=4nqPLSwF9ZM ・・・ もこの映画からいただいたのかもしれない。

アラン・ラッドは、いかつい、小汚いガンマンではなく、中肉中背でなで肩のヤサ男。 あまり強そうに見えない男が、殴り合いでファィトし、早撃ちもスゴイ。それに作業服のパンツが腰の上まであり、足が長く見えてカッコイイ。

一方、ジャック・パランスは出番は少ないが、出て来るだけて、犬も尻尾を垂れて逃げ出すという、氷のように凍結してしまいそうな画面を作る。あのツラでは無理もないが、この演出のうまさ。黒澤作品「生きる」で宮口精二が演じたヤクザの親分も、何もしなくとも迫力があったものである。

ジョーイの母親がシェーンに気があるという演出も細かい。それも、ダンナのスターレットにヒヤヒヤするような場面も無く、抑制がとれた脚本。

ジョーイのクロースアップカットが多いが、西部劇で子供の顔が何度もスクリーン一面に出るというのはこの映画が初めてだろう。

西部劇おなじみの酒場での殴りあいは、今まで観たものでは一番迫力があった。あのシーンを撮るだけでも数日間かかったかもしれない。

ライカーがスターレットに昔の苦労話を語るシーンでは、その場面を想像してしまい、ちょっとシンミリとなった。彼の言っていることも分かり、観ている我々も心が揺れてしまう。なんとかならないものだろうかと。こういう観客の心理をくすぐる脚本もうまい。

アメリカが独立した後の話であり、確立された法律が人々になじみはじめていることがよく分かる。 ライカーは以前なら問答無用に入植者を撃ち殺し、もっともらしい理由をデッチアゲていただろう、それを今は殺人罪のウラをかこうと知恵をしぼる。

それにしてもシェリフが100マイル先にしかいない町だとは物騒なことだが、わざといない設定にしたことにより、テーマの絞れた良い脚本となっていると思う。

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洋画メモ、NO,69、NHKBS

1954年、パラマウント、スタンダード、白黒、113分

監督- ビリー・ワイルダー、撮影- チャールズ・ラング・JR、音楽- フレデリック・ホランダー

出演- オードリー・ヘプバーン、ハンフリー・ボガート、ウィリアム・ホールデン、ジョン・ウィリアムズ

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ヘプバーンがまだパリ留学する前であろうと、その後であろうと、カメラがどのアングルで、どのような照明で撮影しようと、すべてのシーン・カットで彼女は可憐であり華麗である。この映画はヘプバーンのプロマイドであるといっても言いすぎではない。

私のような貧乏人にとって、この映画の兄弟・親子たちの生活・地位よりも、彼らリッチマンの運転手になることすら夢の話。

映画の随所にワイルダー監督のシャれた言葉のユーモアやジョークが仕掛けられているが、日本人がこれを演じるにはまったく似合わないものの種類。したがってワイルダー流を日本映画でマネをすると空振りしてシラけることもあると思う。

と、奥歯に物の挟まった書き方をしてしまったが、あまり印象のいい映画ではなかったので。 どうも金持ちがイヤなんである。また、純粋な恋愛の対象とはいえ、その種族にシツコクあこがれるというのもナンダカネー。

ホールデンもボガートも歳を取り過ぎ。 留学後のヘプバーンの年齢は22歳という設定だったが、あの二人はどう見ても45歳と56歳という感じ。どうもヘプバーンの出演映画では、彼女はファザコン気味の役が多い気がする。

ボガートの役は、ほんとうはケーリー・グラントがやるはずだったという。彼のほうが私には短足のボギーより素敵なオジサマという感じがする。もっとも後年、二人は「シャレード」で共演し、お似合いだったものだ。

サブリナの父を演じたジョン・ウィリアムズの芝居が良かった。彼もサブリナの父としては老けすぎのように感じたが、いかにもイギリス出身の冷静沈着なショーファーという雰囲気で良かった。 

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