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ちょいと小津映画「早春」

小津の魔法つかい―ことばの粋とユーモア Book 小津の魔法つかい―ことばの粋とユーモア

著者:中村 明
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小津作品の中でも「早春」はそれほど評価されていないが、面白い作品で、ついつい何度も観てしまう。

何が面白いかというと、以前、竹中直人も指摘していたが、どこか「ヘン」なところが面白い。

竹中氏は国電蒲田のホームで電車が入ってくるシーンでは、電車を待っている大勢の人が一人残らず電車の方に顔を向けているのが「ヘン」だと言っていた。たしかにそうだ。

私が「ヘン」だと感じたのは他にもあり、例えば大の大人がピクニックにグループで行くことで、普通だったら行った先で酒盛りをするとか、焼肉パーティーを計画するところだが、子供じゃあるまいし、予算400円(今なら6000円くらいか)でただただ江ノ島まで遠足に行くことだ。 こんな無邪気な大人をわざわざ描写するのが「ヘン」だ。

またその中のメンバー、田中春男と須賀不二男がどう見ても年齢45.6歳であり、本来だったら部課長クラスのしっかりしたツラをしている人が、どうやら安アパート暮らしの独身のようなスタイルで平社員ヅラをしているのが「ヘン」である。

池部良の送別会を、その安アパートで開くのも何か「ヘン」であり、いくら安月給の仲間とて、居酒屋くらいでやるのが普通だ。

そして、その大の大人みんなで「蛍の光」の合唱。あの須賀さんも歌っている。この場面は「ヘン」を通り越して、ちょっと笑ってしまう。

ところで、小津作品での俳優のセリフ運びが独特なのは有名なことで、笠置衆さんなんかも、娘を嫁にやる役ばかり演っているが、その時はこんな調子の会話だ。

「しあわせになるんだよ」・・・・・「なるんだよ、しあわせに」、と主従逆転の文法で言葉を二度繰り返す。

この言葉の反復は、口下手でも娘の幸福を願う気持ちがよく表されていて、小説などの文学より実にうまい映像表現だと思う。

さて、小津映画の脚本は小津と野田高悟の共同執筆であるが、おそらく野田氏のアイデアによって採用された東京言葉(あるいは山の手言葉というのだろうか)が随所見られる。

そのひとつに「ちょいと」がある。この言葉は「ちょっと」より精神に余裕のある言葉であり、ヤボに感じない言い方である。セッカチな江戸っ子とは違う少しキドリがともなう言葉だと思う。

この「ちょいと」がこの「早春」にはたくさん使われているのだ。おそらく小津作品でも使用頻度はナンバーワンではないだろうか。

そこで、DVDでチェックして「ちょいと」が現れる回数を調べたら27回も登場していた。私もヒマなもんだ。

「ちょいと」だけでなく、高橋貞二のふてくされたときの言葉の語尾「~ンダ」もかなり頻繁に使われ、ちょいとウンザリしないでもない。

「早春」をあらためて観て気づいたことは浦辺粂子さんの芝居がうまいことで、おでん屋のカウンターに寄りかかって喋る演技は粋でオツなものだった。

もう一つ気がついたこと、ニッセイのオバチャン、中北千枝子さんの上半身の下着姿が見られるのはこの映画だけではないだろうか。

黒澤の「素晴らしき日曜日」で彼女は服を脱ごうとしたが、沼崎に止められて見られなかった。

私は映画の解釈はしない主義だが、この「早春」は人生のリセットを描いた作品だと思う。ただし、それは池部・淡島夫婦だけのものではない。

死んだ同僚の母親、淡島の友人の中北、池部の戦友、高橋貞二、キンギョ、笠置衆、ブルーマウンテンの山村聡、その客の東野英治郎・・・・みんな人生をリセットしようとしている人物か、あるいはそれがしたくても出来なかった人物である。

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日本映画」カテゴリの記事

コメント

小津監督の作品は「東京物語」しか観たことがありません。でもね、とっても興味がある監督さんなのですよ。「ヘン」な映画は大好きなので、「早春」は見てみたいです。
こないだBSで、淀川さんが黒澤監督は世界共通の映画の言葉を使っていて、小津さんは日本ならではの映画の言葉を使っていると言ってました。(映画の言葉という表現だったか???)
そんな感じですか?

藤田進さんと笠置衆さんのしゃべり方は似ていますね。スタンリーさんの大河内さんのモノマネ、似ていますよ(笑)。

投稿: マーちゃん | 2008年5月10日 (土) 22時40分

なるほど、あの時代の映画には色んな意味でヘンがある?
私は「ちょいと」が全然気にならない年代?と分かったわ。
落語なら「ちょいと」は煮て食うほど使われてるし、やっぱり私はレトロおばさんと実感です。

投稿: バルおばさん | 2008年5月11日 (日) 00時25分

マーちゃん。ありがとうございます。
「早春」は小津監督作品のなかでは評価されていませんが、おもしろい映画ですよ。岸恵子さんがステキです。この映画のあとフランスの映画監督と結婚したと記憶しています。
モノマネをほめていただき、ありがとうございます。笑
笠さんも九州男子ですから、藤田さん、大河内さんと似てしまいますね。わたしも大河内さんのモノマネをすると、いつのまにか藤田さんや笠さんになっています。

投稿: スタンリー | 2008年5月11日 (日) 08時37分

パルさん。おはようございます。
そうですか「ちょいと」は日常でも使っておられますか。
粋ですねー。関東ですねー。中部地方では、まず使いませんね。小津の「長屋紳士録」ではオバハンが人の家を辞するとき、「おやかましゅう」といって去っていきます。これはさすが、いまでは関東でも使われないでしょう。

投稿: スタンリー | 2008年5月11日 (日) 08時44分

いや、さすがに「ちょいと」は日常では使いません(笑)。
私的に「気にならない年代」という事で…。でも帰り際に
「どうもお騒がせしました」という挨拶は常日頃使ってます。

投稿: バルおばさん | 2008年5月11日 (日) 11時05分

パルさん。こんにちは。
あ 日常では使いませんか。失礼しました。
「ちょいと1杯」というぐあいに使うこともありそうでなさそうで。・・・
「おやかましゅう」は女性が使う言葉かもしれません。
今、使ったら気がふれたと思われるかもしれませんね。

投稿: スタンリー | 2008年5月11日 (日) 14時52分

「ちょいと」は使い方が二つありますね。一つ目はまさに植木等の「ちょいと一杯の積り・・」の「少ない量」的な副詞。もう一つは「ちょいと、そこのスタンリーさーん、遊んでいかなーい」的な「呼び掛け」風だから感嘆詞かな。私なんかきつく言うと可哀想な場合は「ちょいとー、売上これじゃまずいな」って言いますが。
これによって和むのでは。つまり両方使わない言葉ではないですよ。
余談: 「ちょっとちょっと見てー。今度のGT-R カッコイイジャン」にしても量ではなく呼び掛けでしょうね。

投稿: ロンリー・マン | 2008年5月12日 (月) 00時52分

言い忘れました。
「ちょっと一杯」と「ちょいと一杯」の違いは、
前者がリアルと言うか現実性・具体性、後者が曖昧さ(ファジー、アバウト)、気安さ・親近感でしょうか。
因みに当方は関東六十余年。

投稿: ロンリー・マン | 2008年5月12日 (月) 01時08分

ロンリー・マンさん。おはようございます。
「ちょいと」の用法、よくわかりました。
やはり、友人や肉親、親しい人への使い方ですね。
小津映画には、ほんとうによく出てきます。
杉村春子さんが一番、この言葉が似合います。
小津本人も似合いますね。独身だから、うまいものを喰いにちょいと出かけていく人ですから。
ロンリー・マンさんは関東の主、60年余年ですか。
銭湯に行くことを「ちょいと湯にへぇって来る」とは言いませんか。
これは浅草あたりの言葉ですか。
その辺だとコーヒーがコーシーになりますね。

投稿: スタンリー | 2008年5月12日 (月) 08時56分

スタンリーさん、おはようございます。
銭湯の件、浅草のみならず粋な下町の江戸っ子でしょうね。ただもしかしたら最早「演芸」の世界かも。
錦之助の時代劇では姫を「しめ」ってよく言ってましたね。

投稿: ロンリー・マン | 2008年5月12日 (月) 09時07分

ロンリー・マンさん。こんばんは。
黒澤の「どですかでん」では、たしか丹下キヨ子のガバイおばはんが「湯に行ってくるからね」というセリフがありました。
この「湯」という言い方が好きです。
姫がシメですか、錦之助さんもナマリがぬけませんか。
「てぇーへんだ、し(火)が燃えてら」と、落語では円鏡さんが行っていましたね。

投稿: スタンリー | 2008年5月12日 (月) 20時09分

日本人は元来「湯」が好きなんでしょうね。
時代劇や歌舞伎では幡随長兵衛が湯殿で水野に襲われる、若尾文子は入浴中に具合が悪くなる、極め付けはドリフ。一方、欧米はシャワーだけは不思議じゃないからジャネット・リーはシャワー中に襲われる、ケーリー・グランドはスーツを着たままシャワーを浴びる・・。おっとー、小津と関係なくなっちゃたから一時停止。

投稿: ロンリー・マン | 2008年5月12日 (月) 21時12分

ロンリー・マンさん。こんばんは。
溝口の「雨月物語」で京マチ子さんと森雅之の入浴シーン
はよかったですね。
「サイコ」のシャワーシーンの裸という無防備に刃物というのは映画でも初めてではないでしょうか。

投稿: スタンリー | 2008年5月13日 (火) 19時50分

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