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タモリ的心理

タレントのタモリがメディアに登場し始めたのは、1976年ごろだと思う。

それは私の18歳ごろで、まがいなりにも大学受験勉強なるものを、少しはかじり始めているころであった。

初めてタモリを見たのはテレビ「11PM」ではなかったか。 記憶があいまいだが、たしか「4カ国親善マージャン」を披露していたと思う。私の部屋にもポンコツの白黒テレビがあったのだ。

実に愉快であった。 新鮮だった。 特に中国語と韓国語には脱帽した。というのも私も、ラジオの海外放送の中国語のモノマネを、中学のころ学校で友人にしてやったった経験があるからだ。

その、北京放送の口を手で覆って音質を変化させるモノマネは即理解できることだった。 なぜならば、じつは私は小学生・中学生の頃はラジオ少年で、短波の特徴を良く知っていたからである。 因みに、その電波が変化する現象は、専門用語でフェージングという。

その後、タモリは学生時代、ハム(アマチュア無線家)であったことを知り、ハハーンと納得した。そういう私も中学生のとき、ハムの資格を取ったのである。

私は中学の頃は学校の先生のモノマネをして、よく友人を笑わせていた。

というわけで、ますますタモリに親近感がわいた。

そのころ、テレビでは「うわさのチャンネル」なるとんでもない番組が放送されていた。 生中継番組だが、放送中何が起こるかわからない。 危ない番組だった。 

それには和田アキ子、せんだみつお、マギーミネンコ、湯原昌幸、デストロイヤーなどが出演していたが、タモリも途中から出演していた。

あれから30年以上もたってしまったが、今だにこの番組のシーンをビデオテープのように頭に再現することができる。

いつぞや、スタジオにアブドラー・ザ・ブッチャーが乱入して、デストロイヤー共々大混乱したことがある。 

また、大きなムク犬がスタジオにいるのだが、何を思ったか、この犬が、せんだみつおの尻(ケツ)をいきなりガブリと噛みついて、スタジオ、私、おそらく全視聴者も収拾のつかない大爆笑となったこともある。

その中で、タモリも「考えてますよー」のコーナーで、彼の持ち芸を披露してくれた。

モノマネでは野坂昭如や寺山修司などやっていたが、寺山のモノマネは、本人を知らなくとも笑えた。こういう訳の分からないことを喋る文化人を皮肉るモノマネは絶品だった。

タモリは、「若いときはどんどん本を読まなければならない」と弁舌するような文化人は大嫌いだったようだが、これは私も同じ考えだった。 

さだまさしやニューミュージックの歌に抵抗を感じるのも一緒である。

なぜか彼と心理的波長が合っていた私は、彼のやること話すことに、ことごとく同調することができた。

そして、ラジオの「オールナイトニッポン」である。このパーソナリティーとなったときが、タモリの絶頂期であり、もっとも彼の毒が発散された時期といっていい。

とくに「あっと」と思ったのは、NHKラジオの「昼のいこい」のワザトらしさをパロディーで小バカに指摘したことで、同じような考えの人もやっぱりいるのだなと喜んだものだ。

タモリのパロディーをちょっとマネをするとこんな具合である。

「春のかおりがようやく、ただよってくるこのごろ、まだ溶けずに残ってる雪のところどころに、フキノトウが小さな芽をのぞかせているのを、農機具の手入れをそろそろ始めようと作業小屋に行く途中のあぜ道で見かけました。 去年は珍しく手伝ってくれると言った妻と一緒に、この健気なフキノトウの赤ちゃんを見たのですが、今年はその妻も先立ってしまい、私ひとりで立ち止まって見つめるばかりです。 人の命ははかないもので、私も来年は妻のもとに逝くかもしれませんが、来年も10年後も、きっとフキノトウさんは目に鮮やかな緑と香りを漂わせていることと、なくなった妻をおもいながら感じる今日この頃です。 岐阜県、ハナモゲラ群、田森町、字、一義の森田吾作、農林水産通信員からのお便りでした。」

「なーに言ってやがる!!!・・・・・」

このワザトラしい、ソラゾラしい、首筋がかゆくなりそうなオカシサがなんともいえないのだ。

これは丁度、40~50年前の大陸の某大国のニュース映画、あるいは近隣のまだ独裁国家が流すニュースフィルムなどでも、こんな感じのナレーションが聞かれた。

またタモリに再現して、笑わしてもらいたいものだ。

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コメント

タモリさんと波長が合うのですか・・・フムフム。なんとなく分かるような気がします(笑)。最近のタモリさんは上品になりましたけれど、昔はオカシな魅力に溢れていましたねぇ。中国語は笑えましたよ~。ヤモリ?のマネも絶品でしたね。「うわさのチャンネル」懐かしいですね~。マギー・ミネンコいたいた!「愛する人のためなら・・・・♪」(でしたっけ?)という歌をヒットさせましたね。
フキノトウのパロディ・・・・アハハッ、ワザトラしいですぅ。字という番地がいいですねぇ。

投稿: マーちゃん | 2008年3月27日 (木) 23時32分

マーちゃん。ヨルグン、パコネ、チョスミン、ハラセヨ、タコスミダ。
タモリの昔の映像をユーチューブで観ました。
傑作ですね。「今夜は最高」も楽しかったです。
今のタモリは効率よく仕事していますね。だから毒がないです。
毒を出すのは疲れますから。
マギーミネンコはどうしてますか。日本にはいないでしょう。
タモリのイグアナとハエのモノマネ、私もできますよ。
それでは、ウォーシェ、チェンタイ、マーチャン、ツァイチェン。

投稿: スタンリー | 2008年3月28日 (金) 08時22分

私も「今夜は最高」良く見ていました。
名門!筑紫ヶ丘高校ブラスバンド出身。
インテリを演じる馬鹿なのか?馬鹿を演じるインテリなのか?
ブリーフ一枚でイグアナやっていた頃が懐かしいですね~
そういえば24時間テレビの深夜枠で赤塚不二雄と金粉ショーやって顰蹙かっていましたが・・・幼い私は「やったー!!」とTVの前でガッツポーズしたものでした(笑)

投稿: ぴろQ | 2008年3月28日 (金) 22時54分

ピロQさん。おはようございます。
金粉ショーは見ていません。残念。
赤塚のランチキは「わらっていいとも」でもありました。
1日中酒に酔っていましたね。
「今夜は最高」の齋藤と和田のオペラは傑作でした。

投稿: スタンリー | 2008年3月29日 (土) 09時30分

こんばんは。私の記憶ではタモリのデビューは「モンティパイソン」
日本版で最後のコントを担当していたような・・・。定かではありません。
何か他に情報はごさいませんか?

「今夜は最高」での印象的なギャグでは「ブレードランナー」の
パロディ、「グレートダンナー」ですね。(笑)

投稿: BIGSTONE | 2008年4月 1日 (火) 03時55分

BIGSTONEさん。おはようございます。
そうなんです。モンティパイソンらしいですね。ウィクペディアにそう書いてありました。残念ながら私は観ていませんでした。
25年くらい前から「徹子の部屋」に毎年末に呼ばれてハナモゲラをやっていますね。ユーチューブで一部観れます。
「グレートダンナー」は覚えています。傑作でしたね。
ハナモゲラでウドン屋やっていました。
「なにか落として・・・・」もあって笑いました。
この件についてはこちらをご参照ください。
http://ameblo.jp/allbr/theme-10004148574.html

投稿: スタンリー | 2008年4月 1日 (火) 08時20分

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