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ゼロ戦について

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著者:坂井 三郎
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 「トラ・トラ・トラ」から調子に乗ってゼロ戦の話へ。

本当は「零式艦上戦闘機」という。 なぜ零かというと軍に採用された昭和15年は天皇の歴史が始まって2600年にあたるので、末尾の数字0をとって零式となった。 アメリカ軍は1940年の末尾0だと勘違いしていたようだ。

だから2601年だったら1式になったはずであるが、それは陸軍の「隼」戦闘機になった。

海軍のパイロットは、オフィシャルでは「零式戦闘機」と呼んでいたはずだが、現場では「ゼロ戦」と呼んでいたようである。 

話はそれるが、戦時中、日本は敵の言葉である英語を禁じたが、それをかたくなに守ったのは陸軍だけで、日本海軍は、もともと英国海軍じたてでもあることから、現場ではドンドン英語を使った。それは、陸軍への反発もある。 昔から陸軍と海軍は仲が悪く、反対のことをしたがるのである。

アメリカ軍は日本海軍の戦闘機に女性の名前をつけて識別していたが、ゼロ戦だけは「ZEKE」ズィークと呼んだ。だが映画や記録フィルムでは単に「ZERO」と発音していることが多い。 ZEKEは私の辞書にのっていないが、「あの野郎」という捨てゼリフのような言葉でないかと思う。どなたかご存知か。

映画「1941」ではジョン・ベルーシが丁寧に「MITSUBISHI・ZERO」と言っていた。 しかし、三菱がすべて設計・製造を請け負っていたのではなく、エンジンは中島飛行機(今の富士重工)製である。 

今の自動車に例えれば、ランサーエボリューションにインプレッサSTIのエンジンを乗っけたようなものである。 

そのゼロ戦の数値的諸性能については、本がたくさん出ており、ここで私がクドクドと言う事も無いので省略。

ただ、真珠湾攻撃より以前の日中戦争の頃から、すくなくともミッドウェイ海戦までは圧倒的に強かった。

その当時のエピソードで面白いのを紹介しよう。

日中戦争時、ゼロ戦は中国軍が使ったソ連の戦闘機をバタバタと撃墜した。その様子に驚いたアメリカ軍の顧問は、本国にむけて、日本軍の新型戦闘機の詳細を写真付きで報告し、ハワイ、フイリッピン方面の指揮官に警告した。

ところが、全く無視されたのである。 アメリカ本土の軍首脳たちは、もしそれが本当ならば、アメリカ軍の戦闘機より性能が良いことになり、劣等民族である黄色人種の日本人が、そんな引き込み足の高性能の飛行機を造れる筈がないという理由で、一蹴したのである。 

さらに真珠湾攻撃では、実際にゼロ戦の攻撃を受け、その事実を受け止めることとなるが、それでもなお、 一部の将校は、日本人は体格も貧弱で、いつもメガネを掛けていて視力が弱く、まともに戦闘機の編隊飛行ができない、だからきっとドイツ軍が編隊の先頭にいて指揮しているに違いない。と のたまわっていたのだ。 さらにパイロットの中にドイツ人を見たという者まで現れた。彼らこそメガネが必要である。

マッカーサーは当時フィリッピンの司令官であったが、飛行場や航空機をゼロにコテンパンにやられた。 彼は日本の空母が近海にいるはずだと考え、索敵を命じたが、とうとう発見できなかった。 

それもそのはずである。ゼロは台湾から発進し、戦闘した挙句、また台湾に帰っていたのだ。往復約1600キロ。 当時の欧州の戦闘機の航続距離はせいぜい500キロ程度であったが、ゼロは3000キロ以上飛行できたのだ。

「アイシャル リターン」はゼロのパイロットのセリフといいたい。 マッカーサーは戦後になっても、空母がいたはずだと信じて疑わなかった。

ゼロの燃費性能はたとえるならトヨタプリウスというところだ。 15時間も飛べるのである。巡航速度を220キロ前後にするとリッターあたり5キロ近くの燃費で飛行できるのだ。(初期型)

これはスカイラインGTRが時速200キロで走行するときの燃費より良い。 排気容量28000cc、950馬力のエンジンの飛行機がである。 しかし、この高性能は逆にパイロットを困らせた。疲労と生理現象にである。

我慢できず、もらしたパイロットはだいぶいた。 また、場合によっては12時間の飛行任務から帰還し、わずかの休養の後、ヒロポンを注射してまた出撃させられた。

緒戦になると、ゼロにとって、アメリカのF4Fグラマンなどヘビに睨まれたネズミであった。 

敵前逃亡というのは軍法会議物であるが、当時のアメリカ軍の飛行ルールのひとつに、「積乱雲とゼロに遭遇したら逃げろ」、というのがあった。 

ゼロの名は戦中・戦後もアメリカ国内でも浸透し、神秘的意味合い、なにかを消滅させる意味で使われることがあった。

たとえば女の子をナンパしてうまくいけば、「彼女をゼロみたいにモノにした」というぐあい。 アメリカの80歳以上のジイサンなら知っているはずである。

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コメント

「トラ・トラ・トラ!」にお邪魔しようと訪ねてきたら
凄く面白記事がぁ~
>パイロットの中にドイツ人を見たという者・・・まぁ、失礼な!
>積乱雲とゼロに遭遇したら逃げろ・・・にっこり
ゼロ戦は足が長く速かったのですよね♪

投稿: マーちゃん | 2007年12月11日 (火) 21時01分

マーちゃん。おいでやす。
テレビがつまんないので、パソコンに向かっちゃいますね。
ゼロ戦は美しい飛行機ですね。
いまだ外国でもファンが多いそうです。
アメリカの戦闘機ではP-51ムスタングが最強の飛行機です。
こいつにはゼロもかないません。

投稿: スタンリー | 2007年12月11日 (火) 21時54分

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