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2007年8月

RIGHT STUFF ライトスタッフ

ライトスタッフ DVD ライトスタッフ

販売元:ワーナー・ホーム・ビデオ
発売日:2000/04/21
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 大長編の映画であるが、ヒコーキ好き、ロケット好きにはたまらない。

特撮部分もあるが、ロケットの発射映像は実写である。

おなじみの映像ばかりであるが、何度見てもロケットの打ち上げはいいものだ。 

これは「サンダーバード」のジェフトレイシーの言葉。彼は元宇宙飛行士であり、始めて月に降り立った男なのだ。 

ご存知の方も多いが、「サンダーバード」の隊員のファーストネームはこの映画に登場する実在の宇宙飛行士たちからとったものだ。(TB参照)

特に最後のエンドロールでアトラスロケットがチャイコフスキーのバイオリンコンチェルトの曲にのって、どこまでもどこまでも上昇していくところは感動ものだ。

といっても、それは私くらいのものか。お客さんのほとんどは席をたっている。

じつはチャイコのバイコン1番の曲を知ったのはこの映画のおかげ。大変技巧的だけどいい曲ですな。 ただし第2楽章は大変悲しく、つらい曲だ。

さてまたミニチュア特撮のはなし。 航空機の特撮において私がスタンダードにしているのはこの映画のシーンなのだ

それはB-29の飛行と、そこから分離するベルX-1のミニチュア特撮である。

あれはもう完全に実写に見えるではないか。 飛行中のB-29はまるで伴走飛行する僚機からエア撮影したような映像である。

霞んでみえる機体と、高速できれいに回転するプロペラ。 それに大気を感じさせ、時速500キロ(B-29の最大巡航速度)の風圧を受けて飛んでいる様子が実感できる。その写しているカメラも微妙に振動している凝った撮り方。

また分離したX-1とB-29を下から仰ぎ見るカットもミニチュア感がしない。

あの撮影はスタジオ内で撮影されたのだ。ライティングもいいではないか。

観客はアメリカの映画だから、本物のB-29をどこかから借りてきて、実写撮影したものではないか思ったはずだが、以外と小さなミニチュアを使い低予算のローテクで撮影したものである。

アイデアと気配りで、スタジオの中でもあれだけのシーンが撮れるのである。

日本の戦争映画などでは、よく飛行機の特撮が見られるが、まったく・・・・ 

やめときましょう。

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1941 究極のビル群ミニチュア撮影

 この映画はスピルバーグの失敗作として広く認められている。 ギャグはほとんどカラマワリで、シラーとしてしまう。 家が崖から崩れ落ちるシーンもさっぱり笑えない。

 しかし、ミニチュア撮影に目が行ってしまう私としては、捨て置けない映画なのだ。 まず霧にかすむロスの夜のビル群がすばらしい。空気感がある。 道路の汚れ、ビルのコンクリート感もよくできている。なによりも灯かりの細かな気配り。 あれはもう、都市としてのミニチュアセット表現の最高傑作ではないか。

 そのビル群に挟まれた道路を、カメラは動く車のシートに座った位置で撮影する。 微妙なカメラの揺れで車の振動を再現し、それは実写映像そのものである。 ほとんどの人はミニチュアと気づかなかったのではないか。 

 ビル群を制作したのはグレックジーンで「未知との遭遇」のマザーシップを制作した人である。あの細かい気配りには脱帽である。 しかも予算的、時間的に制約があり、一部にダンボールを使用して造ったということだ。ま 怪獣映画のように破壊がないので、それも可能だったわけだが、あれが紙に見えますか。

 私がミニチュア特撮のビル群の出でくるシーンを観る場合、スタンダードとしているのは、この映画である。 だから日本の物で、「ガ級」以前によくある、穴の開いた行燈方式で窓を発光させた、箱を並べたような出来の悪いビル群や、夜のシーンで、ガスッていない、スタジオの空気を感じてしまうような撮影を見ると、怒りすら感じる。 

 「これで本物に見えるか」、 「さぼってんじゃねーよ」。

 この映画がさらに凄いのは、そのビル群の間を飛行機が飛び、クルッと回転(エルロンロール)させてしまうことだ。 そのワイヤーワークの操演テクニックも日本のお家芸を凌駕している。

 ただしこの映画のDVDはレンタルショップにも見当たらない。いやDVD化されていないかもしれない。もう一度確認したいのだが。

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ゴジラ × メガギラス

ゴジラ×メガギラス~G消滅作戦~〈通常版〉 DVD ゴジラ×メガギラス~G消滅作戦~〈通常版〉

販売元:東宝ビデオ
発売日:2002/11/21
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 2000年放映の作品である。 「ガメラ1999」以後の制作である。 相当気合が入っている。 まずミニチュアの造形が良くなった。建物のウェザリングもていねいであり、以前の箱を並べた感じは払拭された。ディテールにも神経を使ってある。(ゴミバコやテレビのアンテナ等) またビル群の夜のシーンでは、窓のあかりなどは、いぜん行燈方式だが、細かいライティングとなり、一部に生活感を感じる描写がある。

 ミニチュアの破壊は、ゴジラの手をかける随所に、細かく火薬をセットし、タイミングよく小爆発させ、その破片の飛び散り方も大げさでなく、自然に見える。

 カメラの高速回転が常に適切で、安定した巨大感を与えている。 過去の円谷特撮では、シーンによりカメラの回転が変化し、炎の燃焼にしても、あるカットでは速かったり、遅くなったり、またまったく通常の速度で回したりと、スケール感を混乱させる撮影をしたものだが、そういう間違いは無くなった。

 カメラのアングルも「神様の目」がすくなくなり、人の立った目の位置が多く、臨場感あふれるシーンが展開する。 これは全く平成ガメラの影響だ。

合成処理も前作より格段に進歩し、特にお台場の海上を進むゴジラと海の境目の部分はビリツキも無く自然である。 それは隊長がゴジラの背に飛び乗り、マーカーを発射するシーンでも発揮されている。

 残念なのは、スタジオ内での撮影が多く、照明ではどうしてもミニチュア感が出てしまうことだ。 やはり平成ガメラのように、屋外の太陽光での自然なライティングが、実写感を出すにはベストなのだが、予算・スケジュール的に問題なのであろう。今後期待したい。 ただし渋谷の水中の光の感じは良かった。 余談だが、渋谷を水攻めにしたのは、ガメラが渋谷を火炎地獄にしたライバル意識による反発か。

 CGでは子トンボ(メガニューラ)の大群がゴジラに襲う場面が、標準的だが、迫力があり、構図的にも見ごたえがあった。 しかし、静止衛星のDTの映像はアニメチックで実物感がない。

 さて、問題は物理的、工学的に説明が不足していることだ。

 まず戦闘機「グリフォン」。 東映系ヒーロー物の飛行体のようで、少々幼児っぽい。 その造りも材質が樹脂系で、飛行体としての剛性感がない。 動きも科学的、物理的に計算されたものでなく、マンガチックだ。 例えば、格納庫から出てタキシングし、一旦停止するが、その場合、ギアのサスペンションが沈み、機体が少しつんのめる演出をするべきだ。 あれでは子供がプラモデルで遊んでいるのと変わらない。これはもうセンスの問題だ。 

 それに加え、航空工学的にまた、あのスーパーXに匹敵する間違いをしている。エンジンが後部翼端に二つしかないことだ。 垂直上昇・ホバリンングにはバランス的に、胴体中央にもエンジンが必要なのではないか。こんなことは小学生にも分かることである。 その二つのジェット噴射の熱の揺らぎもキガンジマでのホバリングでは省略してあった。 ま これは単なるサボリであるが。

 もう一つ言いたいのは、モスラの頃から感じていることだが、何万トン?の飛行怪獣が空中静止しているときの周辺の描写が今回のメガギラスでも、なっていないことである。 スーパーXという飛行物体でもそうであったが、東宝のこれらの飛行体や生物は、宇宙人からもらった反重力装置により宙に浮いているのだろうか。 少なくとも円谷ラドンのころは、風圧で地上の物や人が吹き飛ばされていたはずだが。 撮影がむずかしく、ビジュアル的にも問題だとしても、1カットだけでもそんな描写を入れるべきである。

 さらに、静止衛星というものは、赤道のはるか高度上空にあり、故意に軌道が変えられたとしても、あのように都合よく日本に落下してくるだろうか。説明不足である。

 こんなこともあり、この映画は「ガ級」に今一歩及ばず。次に期待する。

 尚、この映画のエンドクレジットには特技監督という役職が消えている。

 

 

 

 

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吉本新喜劇

吉本新喜劇 ギャグ100連発 2(野望編)-スペシャル版- DVD 吉本新喜劇 ギャグ100連発 2(野望編)-スペシャル版-

販売元:R and C Ltd.
発売日:2003/06/25
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 本日TBS系列のTV番組は「世界陸上」特集で、他のレギュラー番組はほぼ全滅である。 陸上競技の好きな人にはたまらないであろうが、私はこういう長時間編成のものは、たとえ興味があっても見ない。 他局では24時間だの27時間だの日本人の大好きな「ガンバッテ」特集をこの時期放送するが、私はいつも反発したくなる。あんなもの観るもんか。

 あのせいで、いつも楽しみにしているレギュラー番組がつぶれ、一日の予定が崩れ、精神的に不安定となり、不眠状態に陥り、犯罪でも起こしかねない状況となる。 というのは冗談であるが、とにかく、ああいうものはせいぜい6時間程度にしてほしいものだ。

 土曜の昼といえば、私の幼稚園のころからテレビは「吉本新喜劇」である。 土曜日の学校は給食がなく、11時50分ごろには家に帰っている。そこでランドセルなどほっぽりだし、テレビのスイッチをゴツンと入れ、チャブダイの上で、トノサマラーメン(昔あったインスタントラーメン)など食いながら「ホーンワカワッカ、ホーンワカホーンワカ」のテーマ音楽を楽しみに待ったものである。 

 あの当時の喜劇役者は平三平、原哲男(カバ)、白木みのる、後から岡八郎(ヘンシーン、みなしごハッチ)などであった。 「てなもんや」のレギュラー陣である。また大阪で制作された「どてらいヤツ」にも出演していた若手連中がいた。 学校ではよく、平三平の足で投げキッスを「アッアッアッ」とにぎりつぶしたり、足のひざをポンと叩いて跳ね上げるまねをしたものである。

 さて最近の吉本は10年来から同じギャグを繰り返し繰り返し続けており、全くのワンパターンである。 視聴者もあきれかえっていて、投書にもよく書かれるが、それでもやっぱり観てしまうのですね。 安心感というか。

 たいていうどん屋や食堂が舞台で、たいてい4人の若い男女の客がいる。「このケツネおいしかったな」「勘定お願いします」、「はーい」、店員が出てくる。「あ お二人カップルですか」「かわいいですね」もうひとりを指差す「かわいくないですね」「何いうんですか」「すみません正直なもんで」、ブサイクが怒り出す「失礼ね、なんですかこの店」「かげつうどんといいます」「店の名前じゃないわよ」「ちょっと店の主人呼んでくださいよ」・・・・てなぐあいでレギュラー陣が拍手とともに出てくる。

 毎回ワンパターンにあきれながらも、やっぱりこうなるかと、期待の結果に納得しながら、ダラダラと観てしまうのですね。

 レギュラー陣の中、私が好きなのは安尾信之介で、「おじゃましますか?」の疑問符男である。彼は声もデカク、タイミングもうまい。

 みなさん職場や家で、「・・・・か?」をマネしていませんか? 「聞くなっチューノニ」 、「あ いまのはええんや」「ヤヤこしいな」。

 それに彼は、ハッキリ言って「ふふふーふふーふ」。

 「ハッキリ言えチューノニ」。

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ヒコーキへの誤解

 ついでにもう一つ旅客機への間違った認識をときたい。 これも世界の60パーセントの人間が誤解していると思う。

 離陸の後、エンジントラブルが発生すると、もよりの空港に着陸することとなるが、 その前に海上上空で燃料を投棄する。 たぶんお客はエンジンが一つ停まっていることもあり、翼の脇から燃料がドボドボと噴射されるのを見て不安になると思う。 

 しかしこういうことは、既に飛行前のパイロット、ディスパッチャー同士で、ありうる事態として打ち合わせ済みのことであり、エンジントラブルの対処も、どこの海上でどのくらい燃料投棄するかも想定内のことなのでそれほど心配しなくてよい。

 (キムタクが副操縦士役のTVドラマで彼がコクピットに遅刻するというシーンがあったが、上記のように事前に集合、ブリーフィングし、その後キャプテンと合同で機に乗り込むので、あれはありえないことだ。 脚本家よ、よく調べてから書きなさい。

 閑話休題  だからああいう事態はパイロット、客室乗務員にとってはぜんぜんハラハラ・ドキドキする事ではないのだ。

 さてその燃料投棄のことを、残念というか笑止というか、日本の新聞社の記者諸君は、今まで拝見した記事によると、着陸時の火災の危険を避けるためだと思い込んでいるきらいがある。 私の地域でほぼ全域を牛耳っている中部地方の某新聞社では、こういうことがあると必ずそう書く。 

 エンジンはすでに停止して冷たくなっており、燃料供給もカットされているのだ。 それに旅客機は2発エンジンの物なら1発でも十分飛行が可能である。 それがどうして着陸時に火災の危険があるのだろうか。 飛行機は通常どおり降りてくるだけである。 

 燃料投棄する理由は、旅客機の総重量を減らし、最大着陸重量以下にさせるためである。つまり、離陸直後の燃料満載状態では重すぎて、着陸時、ランディングギアを壊す恐れがあるからだ。 

 こういう簡単なことを調べず、思い込みで読者に誤解を与え不安を煽っているのだ。新聞社の文系出身記者の坊やたちは。 

 彼等は、おそらくふだんから「あんな鉄のかたまりが飛ぶわけがない」と、よく小説家や芸能人がしたり顔で言うように、得意になって吹聴しているのだろう。

 なお、空中に投棄された燃料は、海上に雨のようにボタボタ降るのではなく、すぐガス状となって、空気中に浮遊し消えてしまうので、ご心配なく。 ただし大気を汚染することには違いないが。

 

 

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ヒコーキ映画のミス

ダイ・ハード2 DVD ダイ・ハード2

販売元:20世紀フォックスホームエンターテイメントジャパン
発売日:2007/06/16
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 先日、チャイナエア機が炎上した。 間一髪で全員脱出できたのは幸運であるが、最新型737機は最大180人搭乗でき、もう少し人が乗っていれば、最後の方の乗客はヤバイところであった。

 タキシング中に整備員が燃料が大量に漏れていることを発見したというならば、直ちに消防本部に連絡したであろうか、なにか消火隊の到着が遅く感じる。

 またマニアックな話になるが、旅客機の燃料というのは、到着時カラッポというとそうではなく、今回の737型機も約ドラムカン30本残っていた。 これは妥当な数字で、目的の空港が閉鎖されたり、気象条件で着陸不能となった場合、代替空港まで飛行するためのおよそ二時間分の燃料、プラス、その空港上空で30分着陸を待たされた分の燃料、プラス、地上でポットまでモタモタ移動する分が計算され搭載されている。

 747の最新型だと、燃料消費量は平均、1分間にドラムカン約1本で、ポットに到着しても、まだ200本近く残っているというわけだ。 ちなみに全搭載量は約1077本である。飛行中は900本消費すると、15時間の飛行。 だからニューヨークまで飛べるんですな。

 ところで、世界の50パーセントの人はジェット旅客機はガソリンで動いていると勘違いしているのではないか。 ジェットエンジンは雑食性で、たしかにそれでも動かないことはないが、 実際は家庭の灯油に近い。 ただし、霧状になりにくく、灯油よりも爆発的燃焼になりにくい。 だから漏れた燃料にマッチの火を当てても即点火しないし、ましてボン!と燃え広がることはありえないのだ。 

 そこで、映画の「ダイハード2」である。 この映画は空港が舞台で、テロリストたちは、数々の手段で、旅客機の着陸を阻止し、それをユスリの種にする。しかし、その内容はパイロット、空港関係者、航空ファンには笑止千万のものであり、あえて、そのおかしな部分をここですべてとりあげないが、ひとつだけどうしても言いたいのは、終わりのシーンだ。

 燃料漏れをおこした離陸中の747型機に、ウイリスは雪の積もった滑走路上から、漏れた燃料にライターで点火させ、導火線のように火炎を伝わせ旅客機を爆発させるのだ。 こんなバカなことは、天地が逆さになってもありえない

 航空関係者の100パーセントの人と観客の50パーセントの人は吹き出したであろう。 私もそうであったが。  

 ビジュアル的には大変おもしろいが、よしんば燃料がガソリンだとしても、離陸中のジャンボは時速300キロを超えており、あんな真冬の中、火炎が追いつくわけがない。 脚本を書いたやつは、観客をタワケ者扱いにしているとしか思えない。 映画のウソにもこのような大衆の不安を煽る捨て置けないものもある。

 ただし、ジャンボの爆発カットの特撮は、パイロテクニックがすばらしく、しかも旅客機のもろい、ヤワな構造をよく描写してあり、屈指のものである。

 今回は楽しい映画のウソというよりも、ニガニガしい映画のウソでした。

 

 

 

 

 

  

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映画で知る戦争協定

プライベート・ライアン DVD プライベート・ライアン

販売元:パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン
発売日:2006/07/07
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 戦争映画でのセリフに「ジェネーブ協定違反だ」というのが時々出てくる。 私がこの言葉を知ったのはTV「コンバット」からである。

 これは1929年に制定された、俘虜の扱いに関する協定違反だということだ。  映画では「戦場にかける橋」にて、アレックギネスが早川雪舟にむかって「将校の労働は協定によって禁じられている」と反抗する場面で遭遇する。

 雪舟(役名忘れました)はその申し出を拒否するが、日本は1943年にこの協定を条件付で概ね批准しており、それ以後で、条件外ならば、彼は協定違反したということで戦争犯罪人というわけである。  

 つまり、一兵卒と将校は敵軍につかまっても、俘虜としての扱いに差があったわけである。  「コンバット」を観ると、敵,味方関係なく、捕虜になった将校は、たいへん優遇されているシーンが時々ある。 言葉遣い(日本語吹き替えでは独軍将校にも敬語を使っている)、敬礼、食べ物は米軍、独軍ともゲスト扱いだ。

 だから「戦橋」で雪舟はギネス(役名忘れました)のことを日本語で「大佐どの」と呼んでいる。 呼称だけは協定遵守というわけだ。

 このジェネーブ協定は、将校だけでなく兵隊も、もちろん正当に扱うことを明記している。 虐待してはいけないということである。私はそれ以上詳しく調べていないが、「戦橋」では炎天下、長時間ギネスが立たせたままにされるし、「戦メリ」ではボウイを同じく炎天下、土に埋めて虐待している。 しかもどちらも将校である。 これも明らかに協定違反で、命じた者は戦争犯罪人である。 

 日本軍は戦後の東京裁判で、捕虜虐待のヤリ玉に挙げられたが、それは戦時中、「生きて虜囚の辱めをうけず」と、捕虜になるのは恥であり、捕まるなら死を選ぶことをマインドコントロールされていたので、敵軍の捕虜までにも「人に在らず」の態度となり、虐待行動をとったとされたことによる。

 余談だが、戦時中、日本の捕虜収容所の食糧係りが、アメリカ兵のために、食糧難のころ、日本人にもご馳走のゴボウを苦労して採取し与えたところ、木の根を食わせたということで、戦後、捕虜虐待の罪を受けた者がいたそうである。

 戦争協定には1899年制定のハーグ条約というのもある。 その中で、「兵に不必要な苦痛を与える武器を使ってはならない」というのがある。 これが問題である。 武器というのは、みんな痛い目に合うと思いますがね。 

 その痛い武器のなかで有名なのがダムダム弾というやつで、この協定で禁止されている。 この弾は別名ホローポイントというやつで、熊なんかし止めるのに使われる。 なんでも「ルパンⅢ世」に出てくるということだが、ずっと古い夏目漱石の「我輩は猫である」にも出てきますぞ。 

 なぜ痛くて残酷かというと、体内で弾が細かく分裂し、複雑な銃創となるからで、傷の手当も手がつけられないからだそうである。 ちなみに以前、警視庁長官だったかが打たれたが、その時の弾がこいつである。

 このハーグ条約は日露戦争では両軍とも遵守された。 なお条約とは関係ないかもしれないが、日本軍が行ったロシア兵の捕虜の丁重な扱いは各国から賞賛された。そこのところは東宝「日本海大海戦」や「バルトの楽園」でみることができる。 そのころはまだ太平洋戦争の狂気の沙汰はない。

 ハーグ条約の影響か、これも定かでないが、明治38年、日本軍は正式な小銃として、口径6.5ミリの38式歩兵銃を採用している。 他国の軍隊が、7.7ミリの銃なのに、何ゆえ6.5ミリと小径かといえば、7.7ミリは威力がありすぎ残酷であるという理由による。 ま どっちも当たれば痛いし死ぬし、もともと戦争は残酷なもんですがね。 

 現在の各国軍は5.5ミリのちっちゃい弾を使っている。 これも敵が倒れればそれでよしという考え方だが、小型の弾倉に30発入るという利便性による。 第二次大戦中の米軍の自動小銃は7.7ミリ口径だったが、弾は8発しか入らなかった。それを思うと30発打てるというのは断然有利である。

 7.7ミリで30発の弾倉の小銃というと中東ゲリラなどが使っているカラシニコフというやつだが、銃もでかいし、反動がすごく、弾倉もバナナ式のゴツイやつで戦場では扱いかねる銃である。

 尚、日本軍の38式歩兵銃は5発入りの弾倉である。しかも自動でなく、一発ごと弾込め・薬きょう排出の動作をガチャンコとやるタイプ。 これではアメリカに勝てないですわな。

 さて映画「プライベートライアン」でスピルバーグは、リアリズムで武器の威力や戦争条約を思わせる描写をしている。

 まず、ノルマンディー上陸で、ちぎれた自分の腕を捜す兵がいるが、ドイツ軍の小銃、および軽機関銃は7.7ミリ以上の口径弾で、まず、腕に当たるとその先が無くなる。だからああいうことは決してオーバーな表現ではない。 

 トムハンクスやサンダース軍曹の所持しているトミーガンは威力のない拳銃弾を使用しているので、当たって腕が飛ぶということはないであろうが、複数の敵を近距離でなぎたおすのに効果のあるマシンガンである。

 そのトミーガンで、手を上げ、塹壕の中からぞろぞろと降伏してきたドイツ兵を一斉射撃するアメリカ兵がいる。 あれは完全にジェネーブ協定違反であり。撃った本人は戦争犯罪人である。上官に知られたら、たぶん軍法会議物。

 そのドイツ兵も市街戦で、アメリカの歩兵にむけて、20ミリ機関砲らしきものを引っ張り出してきて射撃する。 これも「不必要に苦痛を与える兵器」ということで、ハーグ条約違反といいたいところだか、このへんは当時も曖昧で、ガンの口径は無視されたようである。 

 しかし20ミリというブットイ万年筆みたいな弾を体に食らうと、炸裂弾の場合、この映画のとおり、人間の体は膨らんだ風船がはじけるように、飛び散ってしまい、苦痛の瞬間もないであろう。 あるいは真っ二つになってしまうかだが、この場合は本当に残酷である。

 アメリカ兵もドイツ兵も戦闘になってしまったら、戦争協定も人道主義もクソもないということをスピルバーグは言いたかったのではないか。

 アメリカ軍の戦闘機に搭載されたガンカメラによる、日本での機銃掃射の実写フィルムを観ると、海岸で逃げまとう民間人への銃撃や、汽車が引っ張っている客車、あるいは学校・お寺までの銃撃が行われている。 これは明らかに民間人への殺傷を禁じたハーグ条約違反である。 無差別爆撃や原爆投下もそうであるが条約うんぬんよりそれ以前の人間としてのモラルの問題である。

 アメリカの当時の戦闘機は12.7ミリという大人の人差し指くらいの弾を使用しているが、これは戦闘機やトラックのエンジンなどを破壊する、炸裂弾を含む弾であり、人に当たると、足ならば飛んで無くなっていまう威力がある。 

 アメリカ軍よ、あれを撮影し、銃撃した搭乗員を軍法会議にかけたか。

と 興奮気味にかいてしまったが、米軍の軍法に戦争協定を遵守せよとの法律があるかは不明であり、また「勝てば官軍」で、戦勝国が自国の軍人の違反をいちいち処罰するかも疑わしい。

 

 

 

 

 

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ゴジラ2000 ミレニアム

ゴジラ2000〜ミレニアム〜 DVD ゴジラ2000〜ミレニアム〜

販売元:東宝ビデオ
発売日:2000/12/21
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 1999年制作の映画である。 「ガメラ1999」の公開以後の制作かどうかは不明であるが、 結論から言うと「ガ級」ではない。

 しかし、平成ガメラの影響をうけていることはうかがえる。 ミニチュアセットは過去の東宝作品より質が向上している。 ビルディングのウェザリングも丁寧に施されるようになった。 でもまだまだ箱を並べた感じが否めない。 そう見えてしまうのは、ビルの窓の描写で、過去のまずいやり方をそのまま踏襲している。 

 窓というのは、ブラインドが降りていたり、閉まっていたり、机やパソコンが見えたり、人の労働の場として一番生活感の現れる場所であり、人間の目もそこに向けられるものだ。 それをただ壁に穴を開け、スリガラス(アクリル?)一枚を内側に貼り付け、大きな電球で中から点灯させ、まるで江戸時代の行燈みたいな造りなのでは、「こんなものでいいでしょう。ビルディング一丁あがり」という態度が感じられる。 これは一種のサボリであり観客をみくだしている。 東宝のミニチュア特撮のビルは昔からこの方法である。 

 ビルの窓一つ一つに細工をするのは大変であるが、(ワンカットのみ、シルエットで表現してあった)それが無理でも今ならCGなどで処理できるのではないか。 あの中野・川北特撮から続いてるやり方はもう止めるべきである。

 CG.VFXもレベルが低く、稚拙である。ゴジラの東海村上陸は実写動画映像にハメ込んであるが、境目の処理がまずいうえに、微妙にブレており不自然である。   物理感覚にも首をかしげる。 軍用ヘリといえども、あんなに速い速度で急旋回できるだろうか。ゴジラにミサイルを発射して退避するシーン。 ミサイルの噴射ガスの描写も素人レベルだ。 7年前のCGはあの程度だったろうか。 とにかくこの映画のCGは拙速としか思えない。

 とクソミソに書いてしまったが、好きなシーンもある。冒頭の根室にゴジラが上陸する一連のシーンは「ガ級」に匹敵する。特にトンネルでの描写。 ゴジラ第一作へのオマージュと感じられるカットもあり、私は最初大いに期待した。それだけに後半にはガッカリさせられた。

 それにどうも脚本が良くない。 異星人が侵略するのに、ミレニアムもくそもないであろう。その理由性がわからない。親子の関係もアヤフヤに終わっている。グズグズと話が進み、緊迫感がない。 それを増長させるのが音楽で、伊福部氏のテーマ以外、血沸き肉踊るようなメリハリのある楽曲がなく、ただダラダラと鳴っているだけである。

 たとえ優れた映画監督でもいい脚本でなければいい映画はできないというが、この映画はそれを実証している。

 

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「ウルトラQ」でのミス

DVD ウルトラQ VOL.1 DVD DVD ウルトラQ VOL.1

販売元:ハピネット・ピクチャーズ
発売日:2001/06/25
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 ウルトラQというのは、私の小学校1年生のときの放映であり、もう40年以上も前ということであるが、当時私は親にみせてもらえなかった。 午後7時の放映であり、ニュースを見る時間という訳だ。 オヤジよニュースは9時に観ろっツーノ。

 おかげで学校のクラスでは、昨日のこの番組の話題に入ることができず、随分寂しい思いをした。 というわけでウルトラQは永年の憧れの対象であり、近年DVDで鑑賞できるのは、感無量である。

 私、ウルトラQ好きです。 私は幼少のころから円谷特撮には辛口なのですが、これは気に入っているものの一つです。 白黒画面ですので、ちょっとした不自然な特撮も目立たないというのも理由ですが、後のカイジュウ物のように通常のカメラスピードでのヒーローと怪獣とのプロレスごっこをする撮影部分が無いというのも理由です。 またミニチュアも比較的丁寧に作りこまれていたように思います。 

 それに怪獣が出ないファンタジーもありSF調、トワイライトゾーン調なのがよかったです。 特に「悪魔っこ」なんかゾクゾクしましたね。  それに35ミリフィルムで撮影されたということで、DVDでは、デジタル修正のせいもあり、すごくシャープな映像で観ることができます。

 さて、そのデッカイ怪獣が出ないエピソードに「クモ男爵」があります。 ボンドガールの若林英子さんがゲスト出演しています。 怪獣ほどデッカクないけれど、人間なみにデッカイ蜘蛛がでてきますが、ワイヤーの操演によるそれは、今からみると稚拙な代物ですが、当時では標準的なものといえるでしょう。 あれだけでも当時100万円以上の制作費がかかったのではないか。

 終盤、マンジョウメ君やイッペイ君が不気味な洋館で、素手やナイフで蜘蛛を退治します。

 さてそのカタストロフ場面で、この蜘蛛のいた洋館は、燃えるローソクの蜀台が倒れたことで火災になり、さらになぜか、建物が崩れていきます。 そこでさらに大変なことが起きます。

 その壁や窓が崩壊している画面のなか、恐ろしいことに大きな人の手が心霊写真のように写っているのです。 

 つまりミニチュアセットがタイミングよく壊れるよう、スタッフが素手で壁を押したのが映ってしまったのですね。 

 ウルトラシリーズでは他に、ウルトラマンの背中のチャックからシャツがはみ出ていた。というのがあります。これは私のクラスメートが発見したことで、まだ未確認です。

 

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暖かい、サンソン・フランソワの演奏

 私がフランソワの演奏に触れたのは中学1年ごろであり、1971年のことである。たまたま家にあったEMIのレコードのショバンの名曲を集めたものでだ。 そろそろ生意気になってくる年齢であり、生来のヘソマガリの性格もあり、クラッシックのレコード盤に針を下ろしてみたのだ。 ただし、全くのクラシック1年生ではなく、親父がピアノの教師をやっていた関係で、幼少から、親父の弾くショパンのワルツなどを耳にしていた。

 そのレコードにはおなじみのノクターン、ワルツ、ポロネーズ、エチュード、バラード、スケルツォなどが録音されていたが、そろそろロマンチックなるものに開眼するころであり、やはり一般大衆の好みにならい、ノクターンの2番や5番、「別れの曲」、「幻想即興曲」などにウットリしたものである。 またスケルツォの2番のダイナミックな演奏には興奮したものだが、後になって、フランソワは大変遅いテンポで弾いてることが分かり、自分はなんと他愛の無い人間だとあきれたことがある。

 とはいえ、フランソワの弾くノクターンの2番は、今聞いても絶品である。しかし、この曲は大の大人には、弾くのも聴くのも少々恥ずかしい曲ではある。 ちなみに映画「愛情物語」のテーマといえばお分かりであろう。

 彼は時々、フランソワ節といわれる、くどいテンポルバートを使うが、彼の弾くこの2番もそうだと予想したらどっこい、抑制された絶妙なルバートで、早いデンポでサラリと弾きこなしているのだ。だから彼の演奏を聴くと恥ずかしい感じがしない。

  若いときに聴いた曲や演奏というのは頭に一生残り、それがスタンダードになってしまう。 だからこの曲では、他のピアニストによって、ルバート過多のセンチメンタルで感情をこめた、恥ずかしい演奏を耳にすると、私はフランソワの演奏が定番として頭に刻み込まれているから、とても聴いていられない。

 それから彼の弾くピアノ演奏はなぜか私には大変暖かく感じられる。 特にそう感じるのはエチュードの3番で、日本だけで「別れの曲」と呼ばれているアレの演奏だ。 声の高いお兄さんのヒットした歌で「おじいさんの古時計」という歌がありますね。 あの曲のメロディーが「別れの曲」と似ていることもあり、私にはフランソワの弾くピアノの音で聞くと、 暖炉が燃えている前で、揺り椅子に掛けながら、おじいさんから昔話をきかされているような暖かい気持ちになるのです。

 この曲だけでなく、なぜかバラードの1番も、ワルツも音が暖かい。ショパンだけでなく、ドビュッシューの「雪がふっている」ですら暖かく感じる。

 またフランソワは時々演奏中に悪魔が乗り移ったかのような、天才的デーモニッシュプレイを披露してくれて、しばし興奮させてくれる。 

 特にバラードの1番の4拍子部分、劇的カタストロフィーのクライマックスの演奏は、だれよりも早いテンポで弾きこなしており、まさにショパンが楽譜で指定したpresto con fuoco(とても速く火のように)を忠実に再現している。

 このような演奏は素直に聴衆を熱狂させてくれて、エンタテイナーでもあるだ。 残念ながら私はライブ演奏を聴いていないが、デーモニッシュな演奏の終わりにポロリとミスタッチして、終わった後、恥ずかしそうにおじぎをし、聴衆の笑顔と盛大な拍手でステージを後にするというのだ。

 ただし、まったく残念なことには、レコードのEMIの録音が良くないことであり、彼にとっても不幸なことであった。 

 そのフランソワが1970年に死去していたことを後で知ったときは、ショックで茫然としてしまった。 リパッティといいフランソワといいフランスの天才的ピアニストはなぜか夭折してしまう。

 

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2001年宇宙の旅  HAL

 回転する遠心ブロック(直径11.4メートル)には、当初、卓球台、ピアノ、シャワー室が設定されていましたが、撮影時削除されました。幅3メートルと狭いですが、ピアノキーボードは設置できそうである。

 いろいろなディスプレイのフラットな画面は、バックから映写機により投影している。 これは照明とともに、あの回転部分に大変な熱を発生させるため、撮影時は送風ダクトにより内部を冷却している。

 このフラットディスプレイは時代を予見した、センスのいいアイデアですね。 現在ならプラズマディスプレイなど使えますが、当時ではソニーなどに小型のCRT(ブラウン管)しかなく、それを使わずリアプロジェクションにしたのは、大正解です。 ところが映画「2010」では、CRTを使ってしまっています。直接コンピュータ画像を表示できるとはいえ、曲面のあるブラウン管では時代遅れに見え、周辺のソリッドな感じとマッチしない。 あれはスタッフのサボリであり、せめてフラットブラウン管を使用すべきであった。(当時ソニーが造っていたはず) 私はどうもあの映画のシドミード(レオーノフ号内部)のデザインも好きではない。

 HALはIBMの次のアルファベットにしたとよくいわれますが、真相は偶然の一致だそうです。 IBMは撮影に協力体制でしたが、後に自社のコンピューターの設定であるHALが反乱し、危害を加えると分かると、この映画への協力から全面撤退しています。 そのためIBMというロゴはパンナムシャトルのコクピットのデイスプレイ部分にしかない。 ほかにありましたっけ。

 HALの声を担当しているのはダグラスレインですが、マーチンバルサムも声の候補に上がっていました。 結局演技しずぎるということで、レインとなったようで、そのレインも予定ではカットされたナレーションが担当だったのです。

 カットされたといえば、重要なシークエンスが削除されました。プールがHALに質問するシーンです。次の会話

 プール 「この任務については、何か知らされていないものがある。我々以外の乗員(冬眠している3人)は知っているし、それに君も知っているはずだ。本当のことを知りたい。」

 HAL  「申し訳ないがフランク、その質問については、あなたが知っている以上のことは答えられそうにない」

 で、つまりボーマンもプールもこのミッションになにか秘匿性があることを感じていて、HALにもその重圧があることを匂わせています。

参考資料: メイキング・オブ・キューブリック「2001年宇宙の旅」 

          ジェローム・アジェル編 山川コタチ 私訳

         未来映画術「2001年宇宙の旅」 

          ピアース・ビゾニー著 浜野保樹・門馬淳子 訳 

 

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「ガ級」 ミニチュア特撮 1999ガメラ3

 1999年制作 「ガメラ3」をDVDで初めて観て驚いた。 前2作よりさらに冴えているのだ。CGなどのテクニックは、当然向上しているが、ミニチュア撮影はよりすばらしい内容となっている。 まず渋谷の破壊からして違っている。 実写と見間違えてしまう。 自分が道路に立って破壊の恐怖を目の当たりにしている気分だ。 卓球の愛ちゃんに良く似た女の子(名前忘れましたゴメンネ)の回想シーンのビル破壊やガメラの落下爆発も実写に見える凄い迫力(ひょっとして前作からの流用かもしれないが)。  また CG合成と組み合わせた燃焼の炎の動きが良くなりましたね。 あのくらいのゆっくりした炎が巨大感を出すのです。 過去の日本の特撮は炎の動きが早すぎて、実物のスケール感を損なっていました。

 前作同様、ミニチュアセットがすばらしい。いやさらに気合が入っている。京都駅の造形と破壊様式は日本ミニチュア特撮の頂点と言ってよい。 ミニチュアの制作には13人もの専属スタッフが携わっている。 あなた方の仕事は永遠にフィルムに刻まれます。 脱帽、土下座

 それから、爆発後に飛び散ったり、落下してくる鉄骨などの効果音もちゃんといれてありました。 過去の日本映画では、よくこういうことがサボッテありました。

 合成がまたすばらしい。 自衛隊が森の中でイリスと対峙するシーンは、ライブ撮影との違和感が全くない。 

 その自衛隊の小銃発射は、うれしいことに実際の隊員による本物の空砲射撃で、その衝撃、反動、発射音は迫力があり、ホットとしました。 あれが撮影用のモデルガンを使ったのでは、パチパチとなさけない炎と煙を銃口から出して、映画を台無しにしてしまいます。 おそらく本物の銃を使った映画撮影は近年ではこれが最初ではないか。 自衛隊へのネゴシエーションをよくやりましたね。

 さて私は、今になってこの映画をDVDで観たのであるが、1999年に観るべきであった。 日本のミニチュア特撮映画は、ここしばらくゴジラとガメラであったが、ガメラ1が放映された1995年で、もうこれに匹敵するものは無いであろうと判断し、このての映画の鑑賞を控えていたからだ。 東宝の川北特撮によるゴジラも大体想像つき、観るに及ばないと放っていた。 しかし、ガメラの樋口特撮はさらに進化していたのですね。 観ないで惜しいことをしました。 

 ところでその東宝のゴジラは1999年以降制作されてましたっけ。 あるのでしたら、この1999ガメラ3を日本の標準的なミニチュア特撮の基準として、比較しながら観てみたいと思う。 ガメラの影響をうけて進歩しているだろうか。

 戦艦のクラスを比較するのに「ド級」という言葉がある。これは1905年ごろ建造されたイギリスの戦艦「ドレットノート」のドをとったものだが、そのド号は以前の戦艦の造りや常識をくつがえす、遥かに優れたコンセプトによる戦艦であり、当時驚きの目で迎えられた。 そしてそれ以降の新しいドレットノート型の戦艦を「ド級」といい、以前の陳腐化してしまった戦艦と区別されるようになったのである。 ちなみに戦艦大和は「超ド級」といいますね。漢字では「弩」の字をあてます。

 私は日本のミニチュア特撮史において、この「1999ガメラ3」は、戦艦ドレットノートの出現に匹敵する画期的な作品だと考えます。 そして、もし以後この映画に値するミニチュア特撮映画が現れたら、「ガ級」特撮と宣言し、特別なものとして区別したい。

 1999年以降造られた映画「ゴジラ」がはたして「ガ級」といえるかどうか、そして「ガ級」映画がこれから日本で造られていくか、それともこのガメラ以前の陳腐化した映像を相変わらず作り続けていくのか動向が楽しみである。

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野良犬

野良犬 DVD 野良犬

販売元:東宝ビデオ
発売日:2003/01/21
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 暑くなると観たくなるのが、黒澤監督の「野良犬」で、この映画も夏の暑い盛りの設定だからだ。 暑いときは「八甲田山」でも観るのが手だが、暑いときにカレーウドンを食うと暑気払いになるのと同じで、暑いときは暑そうな映画を観るのが一番である。

 とはいっても、この映画の撮影が、真夏に撮影されたかというと、そうとはいえない。 黒澤監督は夏のシーンを俳優さんにやってもらうには、冬に行ったほうが、いい演技をする。と言っていた。 事実、前前作「酔いどれ天使」では夏のシーンなのに吐く息が白く、冬に撮影したことが、バレてしまっていた。

 「なに、ピストルをスられた」の清水元(うまい)のセリフの後、同じ説明のナレーションで映画が始まるが、大方の意見のとおり、この説明はくどい。 その後のピストルをスラれるバスの中のシーンまでも解説してしまっている。 特にこの場面のナレーションは明らかに不要である。 黒澤監督初めてのサスペンス物で、まだ不器用さがある。

 ピストルの横流し屋に千石規子さんが出演している。この人は、昭和40年ごろから、おばあちゃんの役が定番となっているが、このころは案外かわいい人ですね。 髪に花を挿して(ピストル取引の合図)トマト食っていて、スネた女をうまく演技していました。 取調室で志村喬からタバコをもらい、うまそうに吸う場面が印象的です。

 スリ係りの刑事(川村黎吉)が犯人探しに協力しますが、この俳優さん、うまいですね。まるでアドリブのようにサラリとセリフをしゃべります。全然芝居くさくない。この映画で、私はすっかり彼に魅了されました。森繁久弥さんに、「かなわない」と言わしめた俳優さんです。 小津監督の「戸田家の兄弟」にもちょっと出演していますが、これまた演技とは思えない自然派です。 「三等重役」もいいですね。

 刑事の三船が 当時のヤミ市などを、手がかりを追って放浪するシーンがありますが、当時の流行歌が流れるなか、ちょっと長すぎる気配だけど、無言劇で進む、テンポのいいカットが続きます。これは助監督の本多猪四郎さんが撮ったものです。 黒澤監督と本多監督は同期入社のツーカーの仲で、本多さんは女房役といった間柄ですね。  黒澤監督は、なにかと助監督を怒鳴りつける人でしたが、さすが本多さんにはしなかったでしょう。

 犯人の恋人役のハルミ(淡路恵子)が告白するところは、黒澤監督の定番、滝のような大雨が降ってきます。 抑圧されていた心が解放したあとの、カタルシスですね。 いやこれは評論家の佐藤忠男氏の受け売りです。 とにかくこの監督はよく雨を降らせます。 黒澤の雨は世界の映画監督に影響を与えていますね。 タルコフスキーなど。  淡路恵子さんは映画出演が初めてで、最初イヤでたまらなかったけど、最後の撮影が終わってスタッフや俳優さんと別れるとき、泣いたそうです。 カワイイネ。 

 志村喬と三船が警察のビルの屋上で、捜査の展開を話し合うシーン。撮影監督の中井さんは、曇り空で露出が足らず、撮影中止を宣言しましたが、黒澤監督はGOを指示。ヤケクソで撮ったらうまく写っていたという話です。今度見るとき確認してください。

 黒澤監督の映像では、よくモノが画面に詰まった感じだといわれます。レビューの踊り子たちが、楽屋で暑さで倒れこんでいるところなどがそうですね。以後の映画でも、そういった場面がよくでできます。

 佐藤刑事(志村喬)の家の夏の夜のシーンいいですね。 私の子供のころは、夏休みの親の実家はああいうふうでした。縁側から外を観るとホタルが飛び交っていて、外に出で夜空を仰ぐと、降ってくるような天の川。

 ここで、アプレゲールという言葉がでてくる。戦後派という意味らしいが、この当時の映画にしばしばアプレという短縮形でセリフに出でくるので、覚えておいて損はない。

 ところで、犯人は遊佐という名であるが、英語字幕ではUSAであろうか。ちょっとむこうの人に誤解を与える。それともYUSAか、これもなんか引っかかるね。 私は黒澤の映画を英語字幕で観たいのです。 これはひとえに、彼の映画の録音が良くないというのが一因でもあります。 アメリカからソフトを取り寄せればいいですね。

 村上刑事が遊佐を追い詰め格闘する沼のシーン。私の最も好きなところです。 この場面を始めて観たのは、中学生のころ。テレビで黒澤特集のドキュメンタリーでの中です。 どろだらけで格闘するカットにはちょっとショックを受けました。 朝もやのなか、近くではだれかが、ピアノ(ピアノ学習者にはおなじみ、クーラウのピアノソナタ)を鳴らしている。 なにげない、誰も知らない空間で、ピアノの音だけが流れ、時間は止まってしまったかのようなのに、生きるか死ぬかのカタストロフ。 私はいつもここで涙が出てきました。

 遊佐が手錠をかけられてからの名場面、彼の慟哭は、評論家がたくさん解釈しているので、省略します。

 

 

 

 

 

 

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平成 ガメラ作品

ガメラ監督日記 Book ガメラ監督日記

著者:金子 修介
販売元:小学館
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 平成時代になって制作された大映・徳間映画の「ガメラ」は、2作品観ているが、何れも印象に残り、ミニチュア特撮も、不愉快な思いもせず、上質な映像で、入場料に見合った作品であった。 

 監督は金子修介氏、特撮監督は樋口真嗣氏である。 まずミニチュア特撮は、全面的にカメラアングルが我々人間が地上に立った位置でのものが多く、臨場感がある、 そして圧巻なのは、セットの凄いこと、あんなに作りこまれたミニチュアは日本特撮史上かってない。 例えば日本の町並みは乱雑で、家のモノホシから屋根瓦、あるいは看板から、電柱、そのトランス、電線、信号、電話ボックス、商店街の八百屋、カーブミラー、コンビニ、と、もうカオスに近い状態であるが、よくぞあれほど再現したものである。 ミニチュアセットを作ったスタッフのみなさん。あなた方はいい仕事をしました。脱帽。 

 また、それを指示したのは、樋口監督であろう。あなたの演出は正しい。ビルディングのたたずまいも、箱を並べた感じではなく、ウェザリングも適切で存在感がある。そのビルの屋上などの電光看板も手抜きが無く、発光も自然である。

 その建築物の破壊、倒壊も物理的に実写に近い感じで、迫力がある。よくビルの爆破作業の映像をテレビで見せるが、大変なホコリが発生するものであるが、その描写も演出してあった。

 さらに、ミニチュア撮影は野外で行われたものが多く、太陽光での自然なライティングは実写感を盛り上げていた。 特に日本特撮の歴史的名シーンに数えられるのは、ギャオスが破壊された東京タワーで、太陽の逆光を背に、留まっている場面です。 

 例によって自衛隊が全面協力しているが、ほんの一部を除いて、それらのメカや、その動きがミニチュアを使ったものでなく、実物であるのは、映画をしらけさせず、リアル感を出している。 実際に存在する戦車などが、ミニチュアでカタカタと、砲身を揺らしながら動いていたのでは、興ざめである。

 少々残念なのは、やはり、カメラの高速回転が遅い点で、特に東京タワーの倒壊シーンは動きが速く、迫力に欠けていた。ああいう物はユックリ、ユックリ倒れるものです。

 ガメラのキグルミは表情がよくできていました。 コンビナートでのアニマトロニクスによる表情の変化はゴジラより良い。

 パイロテクニックも上々で、油脂を混ぜた爆発と、粉を混ぜた爆発を組み合わせ、厭きない演出でした。

 私は、平成ガメラのミニチュア特撮は、日本映画史上、最も優れたものと認めている。 

 そして、多分、公に言えなかったであろう、彼らスタッフの意思を代弁して私が言うと、 「東宝の特撮だけはマネしたくない。」 である。 いや東宝の特撮監督には申し訳ないが、彼ら大映系のスタッフは、東宝のミニチュア特撮を反面教師としているように私は感じる。 それはすでに昔の「大魔神」からでも感じることができる。 

 平成ガメラ作品は、円谷特撮にしばられてきた日本の特撮の考え方を翻す、最もエポックメイキングな存在であったと私は思っている。 また、私がやりたかったことを、かわりに実行してくれて、じつに爽快であったと同時に、少々悔しい思いもある。

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七人の侍 のミス

 世界の映画ファンには、ちょっとした映画の中のミスを指摘して楽しんでいる人々がいます。 特にメリケンの連中なんか大好きですね。 そもそもアチラの方々は国民性か、老若男女、巨匠監督から、大物俳優まで、OUT.TAKE(NG)を観たり、ミスを発見するのが大好き。 そういう私も大好き。

 ということで、これからちょくちょく映画の中のミスを書いていきます。 まじめな日本人の一部の方はマユをひそめることでしょうが。 ユルシテネ 。

 世界の黒澤、世界の「七人の侍」でのシーンです。

 木賃宿で、侍たちに食わせる米を炊こうとして、利吉が火をおこしています。

与平が、使い込まれた黒い板床で、白く輝く米粒を一粒一粒拾う、名カットがあるシーンです。

 与平の様子がおかしい。 与平 「米、ぬすまれた」  ・・・私、この左ト全のモノマネうまいです。・・・ 利吉 「あれほど言ったのに」 、 与平 「おら、甕抱いて寝ただよ」 、 利吉 「米はどうした」 、 与平 「もう一握りしか残ってねえ」

 さてここです。 利吉は甕の中をのぞいているだけで、中に手をっ込んでいません。 ところが、次のカットで与平に米を投げつけているのです。(与平の顔に米粒が降ってくるカットのみ) 

 時間経過の描写が無く、つまりカットが(つながっていない)のです。 たぶんリズムを良くする為、甕の中の米をつかんで投げるカットは編集で切ったかもしれません。 黒澤監督もたぶん観客は気づかないだろうと思ったのでしょう。 私もこの映画の十数回目の鑑賞で、ようやく発見したことです。

 

 

 

 

 

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昔の日本映画の会話

 昭和20年代の映画を観ると、時々会話の展開に驚くことがある。 それは、しばし、肉親の間であっても、非常にばか丁寧な言葉を使っているからだ。そういうセリフが多いのは、日常のさりげない営みを表現したドラマである。

 例えば、成瀬巳喜男監督の映画。 「山の音」 川端康成原作  水木洋子脚本での 嫁と義父の会話。

嫁(原節子) : 「お父様 お帰りなさいませ」

          「何をご覧になすってますの」

 この映画では原節子が夫(上原謙)に対しての会話でもこの調子である。

同じ成瀬監督の「めし」 では実家に帰った娘が父親から説教を受ける場面

          「お父さま なぜ怒ってらっしゃるの」

          「お父さまが お怒りになるのこわい」

 さて、昔の人は一般家族でも、こういうしゃべり方をしていたのであろうか。 日本映画全般には疎くて、特定の監督のものしか知らないが、小津監督と、成瀬監督のものに、こういうしゃべり方が多いような気がする。 このしゃべり方を、山の手言葉というのかどうかは知らないが、裕福な家庭というイメージである。 事実「山の音」の一家の長(山村聡)は銀行の幹部で経済的にめぐまれているらしい。夕食にイセエビとサザエが出るくらいだ。 

 しかし 「めし」では長屋住まいの安月給のサラリーマンの夫婦(やっぱり上原謙、原節子)であっても、妻の夫へのセリフはこうである。

    「あなた食事をするときぐらい、新聞をお止めになったらどう」、とくる

現在だったら

    「あんた、食事しながら新聞やめて」 が普通ではないか。

 女性だけだと思ったら、息子が親に向かっても、こんな具合である。これがあの当時の一般家庭の言葉使いだとすれば、現在、いや私の子供の頃から、日本の家庭というのは、随分がさつになったものである。 少なくとも私の家庭では、恥ずかしくてあんな会話はできない。 昭和の昔、あれは現実だったのでしょうか。 それとも原節子出演のイメージを保つためなのか。

 さらに、あのころの映画では、「おビール」、「お紅茶」という言い方も良く聞く。 キャバレーなどの話ではなく、家庭内でのことだ。 それなら、オムスビやお茶漬けやオシンコはなんと言うのだ。 

 ま、それは冗談だが、巨匠の作品には、和室のセットでも、高級な骨董や調度品を配置して、上品さをかもしだしているが、「巨人の星」の一家のような貧乏育ちの私としては、言葉といい、清楚な画面といい、どうしてもひがみっぽくなってしまう。 また、ああいう家庭の存在が信じられない。

 あなた、お家族に向かって、ああいうお言葉を、おはなしになりますか。

 

 

  

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とんでもない兵器

 映画「2001」のディスカバリー号には原子力ロケットエンジンが搭載されていますが、原子力はジェットエンジンでも利用できるのです。

 ただし、飛行中の放射能の問題が解決したとしても、もしそれを搭載した飛行機が墜落したらたいへんです。

 というわけで、これも原子力ロケットエンジンが実用化中止となったのと同じ運命により、開発も50年位前に中止になりました。

 ところが、その後、 原子力を無人のミサイルに使おうという企画がアメリカで発足したのです。つまり、ミサイルならば人が乗っていないので、安全であるし、落っこちても、敵地内だから放射能も味方には影響ないという発想です。

 そのミサイルはラムジェットという単純な構造を採用しているのですが、それは前から入ってきた空気をそのまま原子炉で加熱し排気するという仕組みです。

 つまり大気に対して原子炉はむき出しになっていて、放射能に汚染された空気を撒き散らしながら飛行するのです。

 そもそも原子力を使う目的というのは、飛行時間が飛躍的に延びるという理由です。

 つまり、化石燃料だと、現在の巡航ミサイルでも、せいぜい数時間しか飛行できませんが、核燃料だと、数日間から、数週間、飛行し続けることが可能だからです。 

 ところでラムジェットエンジンが効率的に機能する飛行速度は、マッハ3以上です。大変な速度です。 

 この速度を達成するには空気抵抗の少ない、高度20キロメートル以上でなければ、通常のジェットのヒコーキでは無理です。 

 さらに、旅客機のコンコルドでもそうですが、その高度でも、地上にはソニックウェーブがやって来て、ガラスが割れたり、大きな破裂音が聞こえます。それだけ超音速は地上に影響を与えてしまいます。

 で、 この原子力ラムジェットエンジン搭載のミサイルは現在の巡航ミサイル「トマホーク」と同様に、地上数百メートルの上空を、なんと、無理やりそのマッハ3の速度で飛行するのです。 それも何日間も。

 当時のアメリカの仮想敵国はソ連です。 

 つまり、このミサイルはアメリカ本土から発射し、ロシア領土内のあらゆる数百メートルの上空を、放射能を撒き散らしながら、かつソニックウェーブで地上の建物・器物を破壊し、人間の鼓膜を破り、被爆させ、何日間も、散々ダメージを与えた挙句、クレムリンで水爆を破裂させるのです。

 なんという兵器でしょうか。 しかもこの原子力ラムジェットエンジンは高圧風洞による地上実験でも成功したということです。 

 こんなもの考えた連中は「しょうがない」ではすまされません。 まさにdoctor strange love ですね。

  参考資料: 雑誌 「Jウィング」 イカロス出版

 

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「怪奇大作戦」の再放送

DVD 怪奇大作戦 Vol.1 DVD DVD 怪奇大作戦 Vol.1

販売元:ビクターエンタテインメント
発売日:2003/12/19
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 NHKBSにて、もう30何年か前に放送されたこの番組の再放送が何本かあり、懐かしく拝見した。 子供のころ(小学校4.5年生)は、この番組、怖かったですね。 でも改めて、純真な心が喪失した中年おやじが観ると、バカバカしいところが多々あります。

 気になったのは、サイエンス・リサーチ・~というメンバーなのに、話の内容はチットモ科学的説明がないことで、その方はほとんど省略したまま番組が終わってしまうことです。 これは思うに、おそらく脚本家が文科系であったためではないか。まあたいていあの人たちは文系であるが。 

 たとえば人工的に真空状況を発生して、カマイタチを起こす方法やテレビを使って遠隔地から殺人する仕込みを、逃げないでちゃんと説明してください。 いったいどうやったらブラウン管から殺人光線が出るのですか。 制作には都筑卓司氏や石原藤夫氏などの科学顧問を置くべきです。

 とはいえ、監督・俳優陣や撮影スタッフに凝り性がいるようで、映像は大人の鑑賞に堪えられます。 岸田森さんはやっぱり芝居うまいですね。

 特に実相寺監督が演出した「京都買います」は、見ごたえありました。 あの人、撮影に凄い手間とテクニック使いますね。 演出も即興のように見えるのに、しつこい感じ。 

 どのエピソードだったか忘れてしまったが、これもたしか実相寺監督演出の一話に、お寺が炎上するミニチュア特撮がありました。 これが日本特撮史上、稀有の名場面でした。 これぞ特撮です。 番組の終わりに、実際に存在するこの寺の炎上をテレビで見た檀家の人が、寺がどうなったのか大いに心配したエピソードを紹介していました。

 私は、少年のころから、日本のミニチュア特撮というのは、「これは見てのとおり模型ですけど、本物と思ってみてくださいね」という見せ方だと思っています。この評価は今でも変わりありません。 ところが、アメリカの映画ではミニチュア特撮と感じない、特撮とは気づかない見せ方が多いのです。 あちらのSFXマンは観客が特撮と気づかないことに、誇りを感じて映像作りをしているのです。

 私が日本の特撮に対して、どうしても辛口になるのはこの点です。

 ところが、このお寺の炎上シーンはまるで実写そのもので、合成も目立たず、ハリウッドのSFXマンにも大いに自慢できる映像となっています。 ぜひともDVDで再確認したいですね。

 

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