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2007年7月

リヒテルの素顔

 NHKBSにて「リヒテル謎のピアニスト」というフランスで制作されたドキュメンタリーが放送された。 リヒテルは気難しいことで有名であり、さらにカメラ嫌いということであったから、彼へのインタビューで進められる映像は貴重であり、ピアノファンにはありがたいことである。 

 彼は1997年に死去しており、鮮明なビデオテープの映像で拝見できる彼の素顔と声は、いまだどこかに生きているかのようである。 インタビュー中の彼は、地味なシャツの普段着で、質素な机にすわり、彼の後ろの壁も単なるベニアの板のような造りである。 凡庸なドュメンタリー演出家だと、こういうカットは、必ずびっしりと蔵書が並んだ本棚をバックにするはずだ。あるいはリヒテルがそうするよう望んだのかもしれない。

 すでに老齢の彼は、俳優でいえば、笠置衆に似ており、声も弱弱しい。 だが記憶力はかくしゃくとしており、時々過去の愉快なエピソードをいたずらっこのような顔で話してくれる。 これを見たら彼へのイメージはだいぶ変わってくるはずだ。 インタビューで見せる彼の素顔は、もう町内の敬老会にいる普通のじいさんである。 

 やはりソ連にいたということもあり、愉快なことばかりではなく、時には当局から尾行されたり、肉親の尋常でない不幸に遭遇しているが、当時のソ連人の芸術家としては、まだラッキーなほうではなかったか。スターリン時代は、ちょっとした発言や、演奏曲目では、へたをすると生きては還れない収容所行きとなりかねない状況だったので、世渡りは案外上手だったのだ。 やはり、芸術家は政治と思想と経済には、すくなくとも表向きには興味のない素振りをしたほうが無難である。 そして彼はそうした。

 映像には時々、彼の演奏フィルムが流れ、大変参考になった。ショパンの練習曲作品10の4の演奏は、私が聴いたものでは、かってないほど一番早いテンポの演奏であった。まるで、シフラの弾くリストの「半音階ギャロップ」に匹敵するモーレツ演奏である。 プロコフィエフのコンチェルトやソナタなども迫力ありました。 ゆっくりしたテンポのシューベルトのソナタも味わいがありましたね。 

 彼の弾くシューベルトには、グールドも感動したと、本人のインタービューがありました。 グールドの普段の態度は、弾いてる時ほど変人ではありませんぞ。

 貴重な映像では、彼の師匠であるゲンリックネイガウスの姿を見せてくれたことであり、彼の演奏シーンとリヒテル家のクリスマスパーティに呼ばれた際の普段着の姿を見ることができました。 

 傑作はリヒテルが映画出演したシーンで、それは「グリンカ」というロシア映画でのリストの役で、結構うまく芝居していましたね。役者ですね。 たぶん彼の30代後半の頃の撮影だと思いますが、若ハゲでしたから、リストのあの「チビまる子」的ヘアスタイルのかつらをかぶり、片足をピアノの椅子の下の奥までつっこみ、リストの派手で超絶的かつカリスマ的演奏を再現していました。 なんたって本当に弾いていますからね。 

 そのリヒテルが死んでもう10年たちました。 番組の中で言っていた彼の言葉で印象に残ったのは 「私はピアノは選ばない。その会場にあるものを使う。ひどいピアノで最高の演奏をしたこともある。」 でした。

 

 

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2001年宇宙の旅 The jupiter mission

ハチャトリアンのクールな弦楽器曲が流れるなか、ディスカバリー号が船首からゆっくり現れてきますね。私がこの映画の中でもっとも好きなシーンです。あの宇宙船の存在感といったら、もう匹敵するものはありません。ゴジラがシェーしている時分の映像ですよ。 この宇宙船の見せ方は、以後のSF映画に大きな影響を与えています。 この映画の予告編では、もうこのシーンを見せてしまっていて、もったいないですね。ヒチコック式に秘密にすればよかったと思います。たぶんキューブリックもこの予告編には反対したのではないか。

 この映画を野次馬的に観にきた入場者は、この部分からダレてきているはずです。 類人猿のとき現れた石柱が、進化した人類の前に再び出てくる。それは分かる。 そしてまた同じように石柱にタッチしたら、ノイズが発生し、いきなり宇宙船が現れる。 これはどういうことだ。 お客の頭の上にクエスチョンマークがでているのが感じられました。

 最終編集でカットされた、この部分のナレーションを抜粋すると。

「 しかしいま、深宇宙を監視する装置が何か奇妙なものを記録した---かすかな、だがまたたきなき乱調のさざなみが太陽系をよぎっている。 これまで観測された自然現象とは全く違う現象だ」

とあり、若干の納得させる要素があります。

 ディスカバリー号を分析してみましょう。 撮影に使用されたミニチュアは二つあり、この登場シーンでは、全長50フィート(約15.3メートル)、船首球形部分は6フィート(約1.8メートル)です。もうひとつは遠景撮影用の15フィート(約4.6メートル)です。 ジャイアントモデルは窓にコクピット内を投影するため、必然的にあのサイズになったとのこと。 撮影はやはり、ロングフォーカスのためカメラの絞りを深くし、1コマ数秒の露光とし、レールに置かれたカメラは、1時間数フィートという割合で動いています。したがって、このシーンの撮影には足掛け二日間ほどかかっているはず。 

 この宇宙船のデザインでは、当初クラークの意見により、原子力エンジンの放熱のため、後部機関部分に大きなフィンが2枚つけられていましたが、翼のように見えるという、キューブリックの指摘により、削除されました。 さらにモデルが完成した段階で、真ん中の骨のような推進剤・貨物モジュールの周りに、船首から、機関部にかけて10本以上のチューブが設置されていましたが、これも最終的に撤去されました。

 原子力エンジンは、すでに50年ほど前に実験でも成功している方式ですが、大気圏内での使用は言語道断であり、宇宙空間のみ有効の推進方法です。ただ推進剤だけは必要であり、ディスカバリー号は「骨」の部分に貯蔵されている設定ですが、木星到着時の制動と帰還時のロケット噴射のためにあの部分の容積で足りるとは疑わしい。 私だったら、外部に大きなタンクを設定します。事実、デザインのスケッチ段階では、推進剤タンクが付いているものがあります。

 指令船モジュールは内部に遠心居住区がありますが、よく指摘されていることは、ポッドのブロック、ハルのブロック、エアロックの構造を考慮すると、外から見た全体の容積の推察では、この遠心ブロックの存在は無理であるということです。 これもオオメニミテネということでしょう。

 さて遠心ブロックを回転させるのはいいが、当然物理的に回転のトルクを打ち消す構造が必要であり、もう一つ逆回転の遠心ブロックがあれば解決するが、なおさらあの大きさと容積では不可能ですね。 どこか別の場所にフライホイールがあるのかもしれません。 映画「2010」ではそのメカが恐らく機能停止しており、宇宙船全体が縦てに回転してしまっていましたが、あの回転方向はちょっとオカシイです。

 ボーマンが遠心ブロックでランニングしていますね。引き続きハチャトリアンの音楽が流れていますが、撮影時はショパンのワルツをかけたそうです。たぶん長調の明るい曲でしょうね。だいぶ雰囲気が変わってしまいます。 さてボーマンは居住区の回転のどちらの方向に走っているのでしょうか。もし同回転だったら、彼の体重は増し、逆だったら軽くなるはずです。映画を改めて観て見ると、どちらにも走っているようにみえます。どうやら方向転換しているようです。 でもあの回転数で1Gが再現できるだろうか。 少々遅いような気がするが。さらにあの回転直径では、足の部分と頭とには重力に差が発生し、頭に血が昇るのではないだろうか。

 重箱スミツツキはこれまでとし、さて、あの走るボーマンを下から仰ぐ撮影はどうやったか。 私は回転中心部分から、固定されたクレーンが下まで伸びており、そこにカメラが設置されているものだと思っておりました。

 違いました。なんと床の真ん中に狭いスリットがあり、薄い頑丈な鉄板をそこから突き出し、カメラを乗せて撮影したのです。よく見ると、たしかにあのシーンの床の中央に黒いスジがあります。 あの隙間の両側には鉄板が通った後すぐ閉じるゴムが接着されているのです。

 「なんということでしょう」。 遠心モジュールは、真ん中から真っ二つに分かれているのです。 ということは、かなり複雑な駆動方式であり、事実、二つの大きな車輪の隙間を保ち、回転速度をシンクロさせるのは、役者の安全にもかかわる大変な撮影だったそうです。

 

参考資料: メイキング・オブ・キューブリック「2001年宇宙の旅」 

          ジェローム・アジェル編 山川コタチ 私訳

         未来映画術「2001年宇宙の旅」 

          ピアース・ビゾニー著 浜野保樹・門馬淳子 訳  

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アメリカの懐かしいアニメ、変なアニメ

 私の子供のころ、テレビで、いろ~んなアメリカのアニメがありました。ちょっと思い出してみます。 ハンナバーベラプロのものは、もうおなじみであり、あえてとりあげません。 

 ハンナとバーベラは昔「トムとジェリー」の傑作を作ったのに、どうして、たいして面白くもない(ファンの方ゴメンネ)アニメを、ああ量産するのか、アニメ会社の経営者に成り下がってしまったのか。(彼らにとっては出世なんでしょうね。) 昔のパワーはどうしたのかと、中学生1年の生意気盛りのころ、嘆いておりました。 いや、でも「ドラねこ大将」など惰性で結構みてましたが。

 で、懐かしいアニメというと「ポパイ」や「ウッドペッカー」ですかね。ポパイは子供心にも、面白いのと、つまんないのと二種類あったと記憶しています。 たぶん面白かったのは、マックスフライシャーが映画用に作成した古い物だと思います。それも後で分かったことです。 声の吹き替えは浦野光さんで、「オーなんてこったい」というセリフでおなじみ。 この人、ロバートミッチャムの吹き替えでも専属でした。

 ウッドペッカーはあのパンチのある音楽と、WBのマークが印象的でしたね。今でもワーナーブラザースのマークを見ると、ウッディを思い出します。

 「ヘッケルとジャッケル」、「マイティマウス」もありましたね。でも私はあまりファンではありませんでした。 必ず観ていたのは、「JQ」でした。 特にエジプトのミイラが歩きだすエピソードが怖くてゾクゾクしました。 それから「禁断の惑星」にでてくるような透明電気怪獣の話なども。 日本で作られたテーマソングを九ちゃんが歌っていましたね。

 さて、へんなアニメです。 ネズミみたいなヤツがレンガを投げるのがありましたね。タイトルが思い出せません。 宇宙もので、超超リミッテドアニメなのに、しゃべる口だけものすごいリアルに動くのがありました。 これも名前ド忘れしました。   

 タイトルの覚えているものでは「マイティハーキュリー」。 なんでアニメでギリシャ神話なのだろうか。たいして面白くなかったですが。

 さらにわかんないもの。 刑事もので、えらくディフォルメされたパトカーが出で来るやつ。最後に「アバヨース」と言っていたような。  エンドクレジットの音楽で「ケケッケ、キュービァ」と歌うヤツ。 落語家の桂米丸だったかがナレーションするオムニバスの番組もありました。これはソ連の「イワンのばか」的フルアニメなどもやっていたように記憶しています。

 猫の「フェリックス」は相当古いですね。 私の3歳ころです。 最後必ず「こりゃー大変だ」というナレーションがありました。

 アニメではないけれどアンダーソン作品の「スーパーカー」もはっきり覚えています。 私の5歳ころです。 このスーパーカーという乗り物は宙を飛べるのはもちろんのこと、水中も潜れるという万能カーで、スーパージェッターの流星号のデザインに影響を与えていますね。私は今でもああいう夢の乗り物に憧れます。       

 同じアンダーソン作品に「ファイヤーボールXL5」というのがあったのですが、全く記憶にありません。 私の地方では放送されていなかったかも。 

 さらに「スティングレイ」も大好きでした。1963年ごろです。 よく銭湯で、オープニングの爆発水柱シーンを、手で湯船の水面を叩き再現していました。 この番組はなぜかコメディアンのトニー谷が面白いナレーションをしていて子供にも受けましたね。 こんなぐあい。 「また出たこのガバゴボ」。 海底魚人のことです。 

 ということで、真夏の夜の夢でした。

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スタートレック リニューアル

スター・トレック・コレクション  NHKBSで旧作TVスタトレが始まりました。 カーク船長のアレです。 画質がすこしいいから、リマスターしてあるのかな、なつかしいな、また観れてありがたいな。 と観ていくうちにすこし変なのに気づきました。 宇宙空間での描写や、エンタープライズ号のミニチュア(CG)の造りや動きが、旧作より明らかに良くなっているのです。 またフェイザー砲の発射や合成も旧作と違います。 つまり作り直してハメ込んであるのです。 ただし、あくまでも旧作のライブ部分と違和感がないよう、極端なCG映像ではなく、ほどほどのSFXにしてあるのです。

 私は旧作の画面のままでもいいんですがね。 賛否の分かれるところですね。

 それと、ノーカット版のようで、旧作で日本語吹き替えの無い部分は、今の声優さんが吹き替えています。 時々、出番の多いスポックの声(久松保夫さん・・・故人?)が変わるので分かりました。

 ただしカーク船長の矢島正明さんは、引き続き担当していました。 すこし老けた声ですが、40年たっていますからね。 たぶんウフーラ中尉も松島みのりさんが担当すると思います。 TV「世界まるみえ」などで、今だ現役ですからね。

 松島みのりさんは、我々の世代では「宇宙家族ロビンソン」のペニー(アンジェラカートライト)や「スーパージェッター」のかおるさん、「ハリスのかぜ」のおちゃら、でおなじみです。 ちょっと勝気な女の子のかわいい声でした。

 ということで、今度の放送では、昔の声優さんと、まだがんばっている声優さんと、今の声優さんの声が三つ聞けるという楽しみもあります。

 あ でもトレッキーの方は既に、このリニューアルスタトレのことはご存知かもしれないですね。

 長寿と繁栄を。 Engage

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Doppelganger 決死圏SOS宇宙船

 アンダーソン作品であり、サンダーバードのスタッフが制作している。原題の別タイトルは「Journey to the Far Side of the Sun」で、ネタバレしてしまっている。 それにしてもなんたる邦題であるか。巨人大鵬卵焼き、カレーハンバーグラーメンではないか。 が、このつけ方もわからなくもない。 ドッペルゲンガーではお客も来そうもない。 

 アンダーソン夫妻はスーパーマリオネーションで大成功をおさめたが、人形による表現から人物実写物に挑戦したいと考え、これがその第一作である。 以後実写物としては、TV「SECRET SERVICE ロンドン指令X」、「UFO 謎の円盤UFO」へと続く。

 暗い内容の映画であり、ラストは哲学的で、なんとなく「2001」に似てなくも無い。 だいたい役者のロイシネスからして「インベーダー」いらい、陰鬱としたキャラクターである。 あの人、お笑いでもやったらどうか。 今はどうか知らないが。

 この映画、決して家族一家で観る娯楽映画ではない。 子供ができないのは、こっそり薬(避妊薬)をのんでいるからだ。というシーンもありSFなんだか、シリアスホームドラマなんだかわからない話なのだ。 これは子供むけのマリオネーションばかりやってきたことへの反発かもしれない。

 ただし、ミニチュア特撮がすばらしい。特撮監督はアンダーソン夫妻の右腕であるデレクメディングス。 さらに「2001」の制作に呼ばれたスタッフが戻ってきて仕事をしているはずだ。その影響大である。 それは後のTV作品「UFO」、「SPACE1999」でもみられる。

 デレクメディングスは「サンダー」いらい、しだいに腕を上げてきており、特に映画「サンダーバード6号」のミサイル基地爆破シーン、そしてこの映画で最高の仕事をしている。まさに世界でも1960年代ピークのミニチュア特撮である。

 特にパイロテクニックがすばらしく、小さなミニチュアで大きな効果を発揮させている。カメラの高速回転や照明も適切で、どのシーンも実写に近い安定感がある。 私が日本の特撮と比較するのは、この部分である。

 またミニチュアセットの生活観ある汚しのテクニック(ウェザリング)も「サンダー」いらい非常にうまい。 ビルディングや道路などの建築物も、本物かのように見える存在感である。 あれはかなり小さいセットなのだ。

 圧巻はロケットの発射塔のセットで、あんなに造りこまれたミニチュアはちょっとない。 その発射塔でNASAのサターンに似たロケットが大爆発するが、おそらく野外で撮影したと思われる、ハイスピードで撮影したそのシーンは大変な迫力である。 現場では一瞬のことであり、タイミングが問題となる困難な撮影である。

 宇宙空間での描写も真空感があり、きわめて「2001」的リアルさだ。そのシーンでのバリーグレイの音楽もすばらしい。

 残念なのは、この作品のDVDがないこと。ビデオテープではあるはずだが、入手は困難であり、中古でもかなり高い。世界のアンダーソンファンがDVD化を望んでおり、発売が期待されるところである。

 

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月影兵庫

 テレビ朝日で「素浪人月影兵庫」がスタートした。 50年つづいた時代劇ドラマはこれで一旦終了するとのこと。 残念ですがごくろうさまでした。 

 撮影はフィルムを使っていて、やはり色合いがいいですね。それから、VTRカメラよりこちらのほうがレンズがいいのではないか。 特に望遠で味がある写真でした。 映画だと、日本でも30年位前からパナビションのカメラですが、テレビ映画でもそうであろうか。 

 やっぱり時代劇はフィルム撮影ですよ。 アメリカだとTV「スタートレック」でもパナビジョンのフィルム撮影ですから。 テレビ朝日さん。いつか時代劇をスタートしても、まちがってもVTR収録はやめてね。

 40年前、半次役の品川隆二さんはナレーション担当で、本編にもカメオ出演していました。なつかしい。 やっぱりいいおじいさんになっていましたね。 ボンカレーのCMに出ていたころはまだ若いお父さんという感じでしたが。

 松方弘樹さんは、お父さんよりは、まだまだ貫禄負けしていますな。 確かにそっくりだけど。 近衛十四郎さんは、日本一殺陣のうまい人だと聞きましたが、「座頭市」に出ているのを観ると、確かに華麗な立ち回りですね。

 40年前のこのドラマでは、兵庫は猫ぎらいで、半次は蜘蛛嫌いだったようですが、ちょっと変えてありますな。 なにもかも昔と同じでなく、ある程度イメチェンを図ったのでしょう。

 私の記憶では、兵庫はアル中でもあったようですが、あれは花山大吉のほうでしょうか。セリフのしゃべり方も、いかにも酒好きのような舌がもつれた感じでしたが、あれは地のしゃべり方か。 「このバカタレが」というのを覚えています。 

 なにせ私の小学生3年頃のことです。 私はたしか午後4時代の再放送で観ていたと思います。 宿題なんかしたるかい。

 必殺シリーズもテレ朝さんでしたでしょうか。 くどいようですが、光と影の時代劇は、絶対フィルム撮影です。 東映撮影所とIMAGICAのみなさん、これからもいい写真みせてね。

 

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身の毛もよだつアシュケナージの演奏

 ウラディミール・アシュケナージは身長・体重とも日本人に負けないくらい小柄であるが、彼の奏でるピアノ音楽においては、フォルテシモは、厚き氷河が崩壊するかのような轟く音であり、早いパッセージのピアニッシモはヒバリの飛翔のごとき軽やかさである。 

 彼の録音において、私が思わずゾー!と鳥肌が立った演奏は、ショパンの練習曲、作品25の三度の和音のレガート曲である。 あらゆるピアニストの中で彼ほど、あのように、滑らかに弾ける人がいるだろうか。しかもピアニッシモで。ノンペダルで。 この演奏の下降部分を聴くたびに、私は意識がフット途切れるかのような恍惚感覚をきたす。 この曲でショパンコンクールの並居る審査員を「あっと」言わせたのも理解できる。

 もう一つはリストの「超絶練習曲」の「鬼火」。 これまたピアニッシモでかなり早いテンポで、あの複雑に編みこまれた綾縄のようなパッセージを軽やかに弾いているのだ。 たいていのピアニストはどうしても力が入ってしまい、フォルテで演奏してしまうのではないだろうか。 

 おそるべきアシュケナージである。 

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2001年宇宙の旅 TMA-1

 フロイド博士の演説。 やはり会議室のテーブル、イスなどのデザインは大阪万博ですね。 コスチュームは少し英国的に感じる。 ま この映画はほとんどイギリスで造られましたので。 

 月の重力は地球の六分の一で、当然物理的な動きは変わってくるはずですが、会議室の人間の動きは完全に1Gですね。 これにはキューブリックも、如何ともできなかったわけで、下手にノロノロした動きでは逆に変なので、そのまま演技させたのでしょう。 オオメニミテネ ということ。

 カットされたシーンがあり、フロイド博士の娘(ブッシュベイビーがほしいといってた落ち着きのない子はキューブリックの娘)が月面基地内の広場で、みんなとお絵かきをしているところにフロイド博士がやってくるというのがあります。

 冷たい真空の月面を、リゲティ作曲の合唱にのってムーンバスが飛んでいきます。 青白い光とクールな女性の声の合唱曲。 なにかペパーミントのような清涼感。

 ところで月面を移動するのに、あのように宙を飛行する方法は有効であろうか。 真空なので、翼による揚力は使えず、水平飛行中でも、常に垂直方向にロケットを噴射しなければならないが、そうなると燃料は5分もつかどうかである。 バスの重量を仮に6トンとすると、ロケット推力は1.5トンもあればよいが、やはり燃料タンクは大きくなるはずで、あの構造では、とても30分や1時間は飛行できない。

 ムーンバスの撮影も露光時間1コマ数秒の正確なコントロールで行われています。窓内の人物の合成はフィルムを巻き戻し、窓以外のミニチュアを黒くし、映像を窓に投影して、同じ動きによる再撮影で焼付けます。

 フロイド博士一行がモノリスと立ち会うシーンは1965年の映画最初の撮影でおこなわれました。 手持ちカメラが使われていますね。 日本では「貧乏ゆすり」と呼ばれる撮影テクニックです。 撮影はキューブリック自身が行いました。小型カメラだと画質が劣化するため、ひとりではとても持てない、65ミリの大型カメラを使い、助手に支えられながら撮影したのです。 あの人は根本的にカメラマンですな。

参考資料: メイキング・オブ・キューブリック「2001年宇宙の旅」 

          ジェローム・アジェル編 山川コタチ 私訳

         未来映画術「2001年宇宙の旅」 

          ピアース・ビゾニー著 浜野保樹・門馬淳子 訳   

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赤線地帯

 溝口健二監督最後の作品である。 赤線という外からみれば華やかに見える世界をカラーでなく、白黒で撮影したのは、何か意味のあるところである。 実際、話の内容は、全く暗いものだ。 しかし、若尾文子扮する女性は、したたかで、前向きである。 また奔放な京マチ子(ミッキー)にも責めるものは何もない。結局、男と戦争と貧困と法律が彼女たちを苦しめている一方、彼女たちも相乗りしているのだ。

 と、書いてしまったが私は良く分からない。売春防止法が昭和33年に施行されるちょっと前の話であるが、この法律の意義も分かるし、この法律を断固阻止したい売春宿の主(新藤英太郎)の言っていることも筋が通っている。その女房(沢村貞子・・・うまい演技!)も「この商売が悪いことなら400年も続くわけがない」と、顔なじみの巡査にグチをぶつける。 その巡査でさえも売春宿の立場や店で働く彼女たちに同情的態度である。 

 だが、店で働く、亭主のいない年増の女性(三益愛子・・・うまい!)に、もう社会人となって働いている息子がいて、母親の仕事に嫌悪感を抱いている。 当然な話である。結局、この母親は息子に見放されたことで、精神に異常をきたしてしまう。 悲劇である。

 また別の女性は売春宿から夜逃げをし、好いてる男性の元へ走るが、結局、つらい労働や主婦家業よりは、宿にいて、気楽に男の相手をしたほうが良いと舞い戻ってくる。 これもまた救われない話である。  

 映画を観ている我々はどうしていいか分からない。 

 結局最後のシーン。借金のため地方から、店に奉公に来た(つまり売られてきた)まだ十代そこそこの子が始めて客を呼ぶところで映画は終わる。 この女の子は自分の運命を悟り、柱に隠れながらも、弱弱しい声で客を呼ぶのだ。

 さあ観ている男性のあなた。 どうしますか。 というわけである。

 やっぱりどうしていいかわからんね。

 溝口監督の脚本というと、依田氏が多く係っているが、この映画は違う。どういう事情でそうなったかは知らない。 依田氏によると溝口監督というのは、個人的感情では、全くケシカラン人間であるということである。 脚本の書き直しでは、相手のプライドなど完全に無視する人であるらしい。 また役者さんのひとりが、役作りのために意を決して歯を1本抜いてくると、「もっと抜いたほうがいいですね」とさらりという人である。

 ちなみに「スターウォーズ」のヨーダは依田氏の名をとったとのことであるが、ほんとうかどうかは定かでない。それだけ溝口作品は海外の映画作家に影響を与えている。

 溝口監督の映画技法では、1カット長回しが有名であるが、この作品はあまり意識できなかった。 思うにモンタージュ技法とか、1カット長回しとか、見ている観客にはどうでもいいことではないか。 心に焼きつくか、そうでないかの問題である。 カメラのマガジン1本(10分位?)を止めずに使いきってそのシーンが有効に作品に反映できれば、それで結構なことだ。

 この映画で役者さんは、シボラレタだろうか。溝口監督は演出をしない人である。 「あなたはプロなんだから言わなくても分かるでしょう」とくるのだ。 それなのに演技にダメ押しをする。何が悪いかも言わない。何も言わずNGを繰り返し、消える前のロウソクが明るく輝くかのように、役者が最後にふりしぼった演技を待ってOKを出すのだ。 撮影現場の鬼である。 溝口監督の映画を観ると、時々俳優の演技に鬼気せまるものが感じられるのはそのせいである。

 しかし、この映画では、それを感じられなかった。 ひょっとして監督自身、これが最後の作品になることを無意識に感じていたのかもしれない。 なにか急いでいたか、疲れていたのか、すぐOKを出したのかもしれない。 実際は知らないが。

 若尾文子さんはこの映画の撮影当時まだ20歳前後だと思うが、もう熟女的に演技をしていて、うまいですね。 いや昔の女優さんというのは、10代でも大人びていました。 それにひきかえ今の映画にも出る女性タレントといったら、30歳前後でもまるでガキンチョですな。 まともに演技の勉強もせず(その時間を与えない)、バラエティー番組なんかでチヤホヤされるからああなるのです。  井筒監督、 鍛えてやってね。

 木暮実千代さんは、どちらかというと男を手玉に取る悪女や高慢な女を演ずることが多いが、この映画では、まったくかわいそうな境遇の女です。 この映画のちょっと前に演じた「宮本武蔵」の吉野太夫とのギャップがすごい。彼女にとっても、イメージ挽回になるいい役柄ではなかったか。

 京マチコさんのセリフ、「八頭身やで」が時代を思わせる。 彼女の身の振る舞いは、もとダンサーであることがチラット伺われる。

 黛敏郎さんの音楽は、もうオバケ屋敷の効果音である。あんなユニークな映画音楽は初めてです。

  

 

 

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Driving Miss Daisy

ドライビングMissデイジー デラックス版 DVD ドライビングMissデイジー デラックス版

販売元:ジェネオン エンタテインメント
発売日:2006/12/22
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 CGや鉄砲のドンパチを使ったハデな映画全盛のこのごろ、 こういう映画を観るとホットする。  森の中を散歩しているような、血圧が下がり気分が落ち着く。 とても、興行収入を稼ぐようなプログラムではないが、アメリカ映画もまだこういうものを作る良心が残っているか。 といっても、ほぼ20年前の作品ではあるが。

 多少リッチで、ユダヤ教徒のおばあちゃんの70代から90代(あるいは100歳超?)までの人生と、その黒人の運転手さんの物語であるが、ドラマチックな展開があるわけではない。 またアメリカ南部が舞台となると、黒人差別問題をからめるのが、物語の常套手段であるが、そんなことは出尽くしたかのように、小さく扱うだけである。 

 ジェシカタンディは当時80歳で、90代のシーンでは老けた特殊メークをしているようだ。 うまい女優さんで、これでアカデミー賞をもらった。 私の記憶ではヒチコックの「鳥」、と、だんなさんと共演の「ニューヨーク東8番街の奇跡」、「コクーン」、に出演している。 若いときの作品を観てみたいものだ。

 モーガンフリーマンはいつから映画にでていたのか知らないが、この映画でアカデミー賞をもらったのではないのですね。 くわしくないので断定できないが、彼のしゃべっている英語はアメリカ南部ナマリではないか。あるいは当時の南部の教育を受けていない黒人のしゃべり方。 

 もしこの映画を日本語吹き替え版にすると、凡庸な翻訳家と演出家は彼のセリフをこんなふうにしてしまうはずだ。 「そうでゴゼーマスご主人様」。

 フリーマンは囚人から大統領までこなし、それがみんなうまいとくるから、ひっぱりだこの俳優さんだ。 遅咲きの役者だが、長生きして活躍してほしいものだ。

 ダンアクロイドは、どうも「ゴーストバスターズ」いらい、お笑い関係のイメージがあるが、好演してますね。しだいに老けていくメークがすごい。 この映画、アカデミー特殊メーク賞も受賞してます。

 アメリカ映画を観ると関心するのだけれども、よくもまあ年代別の自動車がたくさんそろいますね。しかもみんな新車同様。 これは映画会社所有でなく、専門のレンタル会社からのものです。 あ 日本でもそうですか。 

 墓参りのシーン。いいですね。 墓地の丘を下から仰いだ構図が好きです。

 老いというのは、悲しいことですが、この映画のリズム感のある明るい音楽を聞きながら、二人を見ていくと、そうでもないな。 と思ってきます。

 キング牧師の演説をチラット聞けたのは、メッケモノでした。内容忘れたけど。

 ちょっと小津的シーンがありましたね。 主人がいなくなった家の描写。 部屋や廊下、階段を写すだけ。 アメリカ人もワビサビが分かってきましたね。

 大事件が起こるのでもない、アメリカの一家庭の出来事を淡々と描写しているだけで、そのあたり、小津映画に似てなくも無い。

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相撲のシーズン

ブルース・リー IN グリーン・ホーネット 2 / 電光石火 -デジタル・ニューマスター版 ブルース・リー IN グリーン・ホーネット 2 / 電光石火 -デジタル・ニューマスター版

販売元:ハピネット・ピクチャーズ
発売日:2003/11/27
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 テレビで相撲を放送するシーズンというのは、子供の頃憂鬱でした。なぜか放送時間帯になると、うちのオヤジが勤めから早く帰ってきて、テレビ (14インチの東芝製白黒真空管テレヴィジョンセット。偉そうに足がはえてるヤツ) の前に陣取りチャンネルを日本放送協会にするからです。 時間は夕方4時半ごろから。

 夕方4時から6時までの2時間というのは、子供にとってテレビゴールデンアワーです。サンダーバードやスティングレーの再放送。 (サンダーバードは民放に移って30分の放送時間にぶった切ったうえに、しょうもないテーマソングをつけ、おまけにすばらしいエンドクレジットまでカットしやがって、スタンリー少年は当時大変憤慨しました。) 

 そしてアーウィンアレン物SFの再放送。 ちょっとしたアメリカのアニメ、バットマン、ナポレオンソロ、グリーンホーネット、マイティジャックの再放送・・・ 観ずにおれるか、宿題なんかしたるかい。

 子供にとっては貴重な時間が、何回もシコをふんだり、塩をまいたりの無駄な時間で完全に喪失されました。 そして6時からはクソ面白くも無いNHKのニュース。 でもそのあとの「宇宙人ピピ」などには救われましたが。

 NHKの夕方6時5分過ぎの子供向けドラマの放送 (確か土日曜だったはず。普段は「ひょっこりひょうたん島」など) には感謝しております。 NHK名古屋の「五人と一匹」やアメリカの「トムソーヤ」など。(ベッキーはジョディフォスターだったそうで)・・・いまだにテーマ音楽覚えている。

 というわけで子供の頃、相撲はデェーキレーでした。 

 オヤジよ、夜遅いけど、相撲ダイジェストで観ろっツーノ。 

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Forbidden Planet 禁断の惑星

禁断の惑星 DVD 禁断の惑星

販売元:ワーナー・ホーム・ビデオ
発売日:2000/04/21
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 1956年作品であるが、当時アメリカであっても、SF物といえば、低予算で、週末の映画館で、ティーンエイジャー向けに、何本か立てで見せる幼稚なものが主流であった。 また、日本ではなおさら、SFという言葉すら知られていなく、こういう映画は、「空想科学映画」と呼ばれ、まともな大人には「荒唐無稽」物で片付けられていた。 

 しかし、そういう大人にかぎって、「ロケットは、ガスの噴射によって、地球の空気を蹴飛ばして、その反作用で進むのだから、空気の無い宇宙では、前に進めない」という、いまとなっては信じられない、ばかげた勘違いをしていたのだが。

 いや、これはアメリカの新聞社が、月旅行の可能性を論じた、ロケット工学者のゴダートを批判する記事で書いた、本当の話である。

 という、時代にあって、この映画は、今でも大人の鑑賞に堪えられるSF映画史における傑作である。 オープニング、西暦2200年では、人類は、光速を超える宇宙船を開発し、銀河の他の惑星に進出していることを、ナレーションで、さらりと解説している。 安物の映画だと、宇宙船に乗り込んでいる素人の乗客に、博士が、くどくど説明するところである。 

 宇宙船は円盤スタイル。 当時、巷では「フライングソーサー」事件が相次いでいたので、トレンディーだったかもしれない。 日食の描写がすばらしい。 また宇宙空間の星々も、日本の特撮物のようにスタジオ的に見えず、上々である。宇宙船の動きも滑らか。 感心したのは、宇宙からみたアルテア星の表情で、立体的で、大気圏突入時のアップにも耐えられるものである。

 オープニングのタイトルから、電子音楽が使われている。 マルチ録音か、いくつかの音が重なっており、時には不協和音のようで、時々不快であるが、見知らぬ惑星への不安感は盛り上がってくる。 あの当時であるから、音作りは真空管による発振を利用しているはずだが。

 惑星に着陸してから、ロボットの「ロビー」がビークルで走って来るシーン。あのカキワリの間で、スモークを動かすのは、ちょっとお粗末です。まるで人形劇のバックみたい。

 ロビーは知らない人はいない、今でもブリキオモチャでは、大変値の張る人気者だ。 デザインしたロバートキノシタは、プラスチック整形の専門家で、ロビーの頭や、宇宙船の慣性装置の透明カバーの制作は慣れたものでしょう。 TV「ロビンソン」でも、活躍しています。この二つのロボットと宇宙船は良く似ている。 また、ロビーは、この映画の以降、20世紀フォックス、ユニバーサルなどに呼ばれ、大活躍している。 

 このロボット。人には危害を加えない、その命令を受け付けないという、アシモフ的ロジックにより動く。 よく観ると足から電線ひきずってますね。 私はあのしゃべるときの青いネオンの光が大好きです。

 さて、この映画の原作は、シェークスピアの「テンペスト」であるが、外国文学の、それも古典というのは、どうも苦手で、読んだことがない。 ベートーベンが自作の、あるピアノソナタの作曲の動機を問われ、「テンペストを読みたまえ」と言ったエピソードがあり、多少興味もあるので、読んでみるとするか。 ロシア文学のように、人物が舌をかみそうな名前ではないしね。

 出演者のレスリーニールセンは、まじめに演技してますね。いまでは、お歳ですけど、レーザーブラスターを裸の銃に換えてガンバッテいます。 20何年前「カトちゃんケンちゃん」にゲスト出演したけど、「禁断の惑星」のパロディでもやれば面白かったのに。 モービアス博士のウォルターピジョンはやはり舞台役者だけあって、太い芯のある声でしゃべりますね、演技もやっぱり舞台ぽい。 イギリスでは、本当にシェークスピアをやっていたのかもしれない。

 イドの怪物がアニメ(ディズニーから出向したアニメーターによる)によって描写されますが、ちょっと肩透かしだと、非難されるところ。 でもまあ、MGMのライオンの楽屋落ちだと思えばいいですか。

 あるエネルギーによって(詳しく言わないので映画を観てね)分厚いドアが溶けてきますね。 赤くなってくるのは、最初観たとき合成によるものだと思いましたが、本当にボロボロと熱で溶け出すのには驚きました。 また地下ファクトリーのマット画もいいですが、これは当時の標準レベルでしょう。

 この映画は日本公開時、東宝「地球防衛軍」と二本立てだったそうで、このマット合成に、両方とも良く似たシーンがあるのです。偶然の一致でしょうか。

 アルテア星の最後のシーンのずばらしいこと。破片が飛び散るのでなく、超新星のように光輝く。 「2001年」的クールな撮影。

 「禁断の惑星」は人間の心理に、高度に発達した異星人の文明(まるで2001年宇宙の旅のモノリスを地球に送った生命体の一歩手前の存在)をからめた、屈指の映画です。

 映画の邦題を英語の直訳にした配給会社に拍手を送りたい。 「宇宙の~」とか「ロビーの~」なんてタイトルだったらイヤだよ。

この映画で好きなセリフ。 「指揮官に必要なのは、頭脳より大きな声だ」  

 

 

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日本映画のアクションシーンについて ***提言

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 日本映画での銃(拳銃、小銃、サブマシンガン)を使うシーンには、必ず撮影用のモデルガンを使います。 たぶん、お上の指示だと思いますが、止むを得ずそういうことになります。 

 これがいけませんね。 まったくもって、迫力がないのです。なさけなくなります。 銃を発射すると、反動により腕や体がのけぞりますね、 また、周囲の空間は、衝撃波によって、ほこりや砂が飛び散るなどの物理現象がありますね。  

 日本の映画には、これがありません。リアリズムに欠けています。 

 いや少なくとも、50年位前は、映画に本物の銃で、空砲を使った撮影がありました。 「ゴジラ」では、本物の機関銃による撮影がありました。(たぶんブローニングM2マシンガン) ところがいつのころからオモチャの煙硝ピストルに、毛のはえたような「パチン・パチン」鉄砲になってしまったのです。

 そのシーンの情けないこと。 俳優さんは、あるはずの反動を、演技でカバーしますが、かえって観ている観客はシラジラしくなってしまいます。 特に東映のヤクザ映画など。

 そこで、提言。 銃を使うアクションシーンは、お隣、韓国、 あるいは、香港で撮影したらどうですか。 ここでは、すべて、映画の撮影でも、本物の銃に空砲弾を使用して撮影できます。 アメリカでも本物を使いますが、ちょっと交通費がかかりますので。  

 本物は迫力が違います。 観客はちゃんとみているのです。 へたなCGに予算をかけるより、こういうことに、神経を使ってほしいですな。 映画の質がぐっと上がります。   

 

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