ゴリラ・ツーリングメモ、NO,2
2009年6月27日(日)
前回、高山市丹生川町トヤ峠、下り方面・防災ダム建設現場林道にてクマさんに出会い、その後、ご機嫌な気持ちで再びトヤ峠方面にユーターン。
次は高山市内に帰らず、上宝町471号線方面林道を走る。このトヤ峠から下りにさしかかる標高1000メートル近い地域は、左に深い森林、右に深い絶壁を伴う渓谷があり、人をよせつけない自然の雰囲気であるが、その「蓑谷」という名前の地域の林道沿いには、民家が何件かあり、ここを初めて通行する人は、「こんなところに人が住んでいるのか」と驚くところである。私も、なぜここのご先祖たちは、この場所を住居として選んだのか聞いてみたいところである。
この場所から、なんとか生活物資が手に入る最短の町というと、高山市丹生川町・町方であるが、最近出来た便利な大規模林道を利用しても、そこまで急勾配の山坂道を、車で20分走るという場所である。
たぶん、住んでいるのはジイちゃんバアちゃんであろうが、冬季は除雪もままならない場所であり、その間、恐らく息子夫婦の家へ一時疎開するのではないかと勝手に想像する。
さて、その民家が5.6軒ちらばっている林道をトロトロ走っていると、三相の高圧線と電話線がさらに林道から外れて、右方面、地図では東の谷に向って下っていくのを発見する。実は事前にネットの地図で調べていたのだが、「鼠餅」という地名に向って林道があるのだ。地図ではその林道のデットエンドに「大原」という地名が載っていて、神社のマークがある。
と、いうことは、これよりもっと深い密林の中に、なにか生活基盤があるはずだ。実に興味がそそる。いかずにおれりょか、ゴリラのハンドルを林道のダートへ向ける。
その林道は軽自動車がやっと通れる幅。ゴリラはセコギアで15キロ走行。また熊ちゃんが現れないか、イノシシがつっかかってこないか20パーセンのビクビク頭で走行する。この道が実にトリッキーで、きついカーブを下がったり上がったり。それがシツコイ。しかし、行けども行けども電線と電話線は道の端に立っている。
すると、なんと軽トラックが向こうからやって来た。乗っているのは軽装のジイちゃん。ヘルメットをかぶった林業のオジサンではない。やはり何か先にある。
起点の蓑谷の林道から約5キロ、一軒の廃屋を発見する。やっぱりこんな山奥の奥に住んでいる人がいたのだ。結構古くない家、恐らく人が住まなくなって20年くらいのもの。
私は廃屋が好きで、たたずまいを観察しながら、この家の家族たちはどのようにして暮らしていたのかと想像するのが趣味である。 時にはボロボロの家屋に入っていって、畳の下あたりに張り付いている昭和40年ごろの新聞を発見し、記事の内容で時の経過を想い、シミジミとしてしまうものである。こういう廃屋は飛騨市、神岡鉱山跡の道路沿いに多い。
ただし、廃屋には恐怖心もある。過去、この家で死んだ自縛霊が私に取り憑き・・・なんてことは全く気にしないたちで、それよりも、「八つ墓村」の犯人のような狂人、あるいはジェィソンのような怪人が中に潜んでいて、いきなり鉈やチェンソーをふりかざし「ウリャー!!!」と襲い掛かってくることを想像してしまう。そういう怖さがある。こんなことを考える私はやっぱりどこかオカシイのだろうか。映画の観過ぎだろうか。
高圧線と電話線はまだ先に延びている。ワクワクしながらゴリラを進める。道の間は杉木立がうっそうとせまり、少し暗い。多少ジメジメしている。
すると、開けた場所が現れ、なんと立派な家が道の20メートル右上に見えた。家自体は古いのだが、普通に町の郊外で見かける二階建て民家。窓はアルミサッシ。周りは畑。ワンちゃんがこちらを覗いている。高圧線と電話線はその家の少し行った先の廃屋で終わりとなっていた。この一軒だけが人の住んでいる家のようだ。さっきすれ違った軽トラのジイさんが住人なのかもしれない。
やはり、昔は何件かの住民が、隣同士、助け合いながら厳しい自然に打ち勝ち、生活していたのであろう土地があった。
その近辺で、もう腐り果てた鳥居を発見する。地図の神社のマークのものであろう。恐らくご神体は移された空き家の神社だと思う。
ほんとうに、ほんとうに奥の奥。なぜ、ここで住む必要があるのだろうか。別荘でもないようだ。それに電気のメーターを中電の係り員はいちいち計りに来るのだろうか。郵便物もここまで配達するのだろうか。 ラジオの中波は入りにくいだろう。テレビはBSが写るか。冬はどうするんだ。急病になったら・・・。
光でネットをしたいと申し込んだら、ここまで光ファィバーをもってくるのだろうか。興味がつきない。
最近のコメント